これからアメリカは力を萎えさせてゆくか    加瀬英明
昨夏以来、オバマ大統領の支持率が地に堕ちて、30%台で低迷している。

昨年8月に、オバマ大統領がシリアへ軍事制裁を加えると発表したが、どの世論調査も国外の紛争に介入してはならないという回答が、圧倒的だったのに臆して、撤回したところを、こともあろうにプチン大統領によって救われたのが、躓(つまず)きの発端となった。

オバマ大統領は9月10日にテレビの全米放送に出演して、「アメリカは、もはや世界の警察官ではない」と、2回も繰り返して、弁明した。

■軍事力が削減される

そのかたわら、アメリカは巨大な財政赤字に苦しんでいるために、国防予算に大鉈(おおなた)を振っている。

今年に入って、オバマ政権はプチン大統領がウクライナのクリミアを傍若無人に切り取った時も、効果があるような制裁措置をとろうとしなかった。

オバマ大統領は中東において、かつてない混乱が拡がっているのにもかかわらず、イラクに対する小規模な空爆を決定しただけで、腰がすっかり引けている。

もっとも、アメリカ国民が国外の紛争に介入することに懲りているのは、オバマ大統領だけのせいではない。

■ブッシュ大統領の手張り

前任者のブッシュ大統領が勢いを駆って、アフガニスタンとイラクに侵攻して、成果があったどころか、この2つの国だけとっても、手のつけようがない混乱がひろがっている。

日本でも、世界においても、アメリカが超大国であるのをやめて、孤立主義の殻にこもりつつあると、見る人々が多い。頂点を過ぎてもアメリカの存在感はまだ強国である

だが、アメリカが頂点を過ぎた国となって、これから力を衰えさせてゆくとみるのは、早まっている。


オバマ政権はまだ任期を2年あまり残している。このあいだ、オバマ大統領がリーダーシップを取り戻すことはありえない。しかし、今後、アメリカが世界の指導国家の座を降りると見るのは、早計だ。アメリカという国の習癖(しゅうへき)を過去に遡って、知らなければならない。

私は、“アメリカ屋”である。ずっと、アメリカの脈を計ってきた。これまで、アメリカは衰退するという危機感に、周期的にとらわれてきた。

私は1957年10月に20歳だったが、アメリカに留学していた。

■人類最初の有人衛星の衝撃

この月に、フルシチョフ首相のソ連がアメリカに先き駆けて、人類最初の有人衛星『スプトニク』を打ち上げて、地球軌道にのせた。

アメリカは『スプトニク』の打ち上げによって、衝撃を受けた。当時、アメリカはアイゼンハワー政権のもとにあった。

『スプトニク』の打ち上げがもたらしたショックは、「ミサイル・ギャップ」として知られる。アメリカは強い危機感によって、襲われた。

このままゆけば、ソ連が20年あまりのうちに、科学技術だけでなく、あらゆる面でアメリカを追い越すことになると、まことしやかに論じられた。

■1960年の大統領選挙とケネディの登場

1960年に、大統領選挙が戦われた。ニクソン副大統領と、民主党のジョン・ケネディ上院議員が争った。

ケネディ候補は52歳で、颯爽としていた。ソ連のほうが理科系の学生が多いことから、宇宙開発から先端軍事技術、国民生活の質にいたるまで、じきにアメリカを凌駕することになるという恐怖感を煽り立てて、アイゼンハワー政権の失政を激しく非難した。

ニクソン候補はアメリカがそれまで人工衛星を、20以上も地球軌道に乗せたのに対して、ソ連は3回しかなく、有人衛星を打ち上げたからといって、アメリカの優位が揺らぐことはないと、反論した。ソ連はアメリカにあらゆる面で大きく立ち遅れているから、20年以内にアメリカを凌駕(りょうが)することなどありえないと、言い返した。

選挙結果は、デマゴーグのケネディが僅差だったが、勝った。だが、ソ連は経済が振わず、その時から31年後に崩壊した。

私は1991年のクリスマスの日に、クレムリン宮殿のうえに翻っていた、赤地に鎌(かま)と槌(つち)をあしらったソ連国旗が、最後に降揚されたのをテレビで見たのを、よく憶えている。

今日、このままゆけば、中国が20年以内に、アメリカを経済力と軍事力において上回ることになると説く者が多いのと、似ている。

ケネディ大統領が暗殺されると、ジョンソンが後を継いだ。1968年に、ニクソンがハンフリー副大統領と、大統領選挙を争った。

ニクソン候補はアメリカが衰退しつつあり、「このままゆけば、向こう15年以内に、西ヨーロッパ、日本、ソ連、中国の4ヶ国が目覚しい経済発展を続けて、アメリカと並び、アメリカはナンバー・ワンの座を失う」「いま、アメリカは国力の絶頂期にあるが、古代ギリシアや、ローマと同じ轍を踏むことになろう」と訴えて、危機感をさかんに煽った。

ニクソン政権は、ケネディ大統領が始めたことから、「ケネディの戦争(ケネディズ・ウォア)」と呼ばれ、ジョンソン政権のもとで拡大して泥沼化した、ベトナム戦争の後始末をするのに苦しんだ。


ニクソン大統領は「もはや、アメリカは世界の警察官ではない」と述べて、ソ連と対決してきた姿勢を捨てて、ソ連との間に「平和共存(デタント)」新戦略を打ち出した。

私は福田赳夫政権が昭和47(1972)年に発足すると、首相特別顧問としてアメリカとの折衝に当たったが、カーター政権が相手だった。

カーター大統領は、朝鮮半島から在韓米軍を撤退することを公約していたが、私の役目の1つが、在韓米軍の撤退を撤回するように、手練手管を盡して、説得することだった。

カーター政権が発足した時には、アメリカ国民はベトナム戦争が大失敗に終わったことがもたらした深い傷が、まだ癒えていなかった。

アメリカはカーター政権のもとで、内に籠った。そのうえ、アメリカはイスラム産油諸国が1970年代に2回にわたって起した石油危機によって、経済が混乱したことによって、国民が自信を失っていた。


■レーガン大統領はアメリカを甦らせた

だが、カーター政権のあとに、レーガン政権が登場すると、アメリカはまるで不死鳥(フェニックス)のように、甦った。アメリカは自信を回復した。

そして、ブッシュ(子)政権のもとで、天空の頂点まで舞い上がった。

これまで、アメリカは振り子のように、果敢に外へ向かう時期と、羹(あつもの)に懲りて、内へ籠ろうとする時期が、交互してきた。

アメリカはいま、アフガニスタンとイラクで受けた傷を、舐めている。アメリカはローラーコースターか、忙しく拡げたり、縮めたりするアコーディオンに似ている。

いまから20年、いや30年後を考えてみよう。アメリカを科学技術で追い越す国が、あるだろうか。中国にそのような力は、まったくない。EUや、日本が、アメリカと並ぶことも、考えられない。

■アメリカの優位性は継続する

現在、アメリカは経済規模で中国の2倍、中国につぐ日本の3倍に、当たっている。

中国は現体制が20年後に、まだ続いているものか、保障がない。圧制によって体制を維持している国は、政治的な激震に見舞われると、経済が揺らぐ脆弱さを内包している。

そのうえ、中国では巨大な人口の高齢化が急速に進んでゆくが、アメリカは移民によって経済規模が増大するとともに、高齢化の速度が緩やかなものにとどまる。


アメリカはほどなく安価なシェールガスと、シェールオイルによって、世界最大の産油国となって、エネルギーの自給自足を達成することになる。

今後、アメリカが畏縮してゆくことになると、きめつけるのは、まだ早い。

杜父魚文庫
| 加瀬英明 | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







ようやく誤報を認めた朝日新聞がなすべきこと     加瀬英明
朝日新聞が8月に、1面と16、17面を全ページ使って、これまで32年にわたって、朝鮮半島出身の慰安婦について「強制連行」したと、誤報を行ったと認めて撤回した。

それでも、「報道の一部が誤まっていた」と弁明している。往生際が悪かった。

15年前に、自社のカメラマンが沖縄の海に潜って、珊瑚に傷をつけ、スクープとして「サンゴ汚したのは誰だ」という見出しをつけて、紙面に大きく載せたことがあった。

この時は、社長が責任をとって、辞任した。朝日新聞珊瑚記事捏造事件として、知られる。


慰安婦を強制連行したという報道は、河野官房長官談話をもたらし、日韓関係を不必要に悪化させ、日本の汚名を世界にひろめた。

たしかに、朝日新聞社の罪は重い。ジャーナリズムは、報道に正確を期さなければならない。

多くの識者がいきりたって、朝日新聞の社長が引責辞任すべきだとか、朝日新聞を廃刊すべきだとか、非難している。だが、今回、朝日新聞は珍しくよいことをしてくれたと思って、評価した。

謝罪したり、社長が引責辞任するよりも、これまで日本を大きく誤らせてきた報道を、つぎつぎと検証して、撤回していってほしい。

金日成主席の北朝鮮が「労働者の天国」だと煽り立てて、1959年から84年にかけて、9万3千人以上の在日朝鮮人と日本人妻が、地獄へ渡った。このうち6千7百人あまりが、日本人妻とその子どもたちだった。

1958年の警職法改正や、1960年の安保条約改定に当たって、「戦争を招く」と世論をミスリードした。

1970年代には、日中国交正常化を煽り立てた。

72年5月に田中首相が訪中して、国交正常化が行われた時の社説を、再録しよう。

「日中正常化は、わが国にとって、新しい外交・防衛政策の起点とならねばならない。日米安保条約によって勢力均衡の上に不安定な安全保障を求める立場から、日中間に不可侵条約を結び、さらにその環をソ連にもひろげる。

あるいはアジア・極東地域に恒久的な中立地帯を設定する。そうした外交選択が可能となったのである」

まさに、憤飯物である。朝日新聞は毛沢東の中国をこれでもか、これでもかと礼讃して、「日中友好」ムードを盛りあげた。そのために、日本の進路を大きく誤らせた。

このような一連の報道によって、日本を骨抜きにして、日本の安全保障を大きく損ねてきた。


そういえば、朝日新聞は「A級戦犯」という言葉を、好んで使用してきた。

先月、私は福岡に講演に招かれた時に、中洲の古い料亭『老松』に案内されたが、玄関に緒方竹虎の揮毫が飾られていた。

緒方は福岡出身で、朝日新聞主筆、副社長を歴任したが、終戦とともに占領軍によって、「A級戦犯容疑者」として逮捕されている。朝日新聞は岸信介首相が、「A級戦犯容疑者」だったことは書くが、ご都合主義だから、緒方についていっさい触れることはない。

今回の慰安婦報道を撤回したことについて、社長が辞める必要はない。

社長が陣頭に立って、日本を弱体化してきた、これまでの報道を検証して、撤回することを期待したい。

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| 加瀬英明 | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







「中国の夢」の実現にこだわり続ける習近平     加瀬英明
アメリカでヒラリー・クリントン夫人の回想録が、よく売れている。

このなかで、国務長官時代にASEAN(東南アジア連合)会議に出席した時に、中国の横柄な態度に呆(あき)れたと、回想している。

この席上で、中国の楊潔篪外相が領土問題が取り上げられた時に、アジアの代表を見まわして、「中国は大国である」と傲然として、いい放ったという。

習近平主席は、2013年に最高権力者の座についた時に、全人代における就任演説で、「中華民族5千年余の文明に立ち返って、国造りに当たる」と述べ、閉幕式において「中華民族の偉大な復興という、中国の夢(チュングオモン)を実現しよう」と、訴えた。

それ以来、「悠久の中華文明」「中華文明の偉大な復興」「軍事闘争の準備を最重視する」「強国夢(チャングオモン)と強軍夢(チャンチュンモン)の実現に奮闘しよう」「海洋(ハイヤン)強国(チャングオ)」と、繰り返し演説してきた。

今日の中国も2千年以上にわたって、興亡を繰り返してきた歴代の中華帝国と、中国が世界一の文明であると思い上っていることが、まったく変わっていない。中華思想とか、華夷秩序と呼ばれるが、この“天下イズム”は、秦の始皇帝の兵馬俑や、歴代の皇帝が、地下の墓場から甦ったようなものだ。

習近平主席の頭は、中華思想によってすっかり爛(ただ)れている。このような中国と、いったい、どのように向き合えばよいのだろうか?

5月に、私の中国論の集大成として、『中国人、韓国人にはなぜ「心」がないのか』(KKベストセラーズ新書)を出版したが、中国人の価値観と行動様式を理解する鍵として、中華料理、王朝がしばしば交替する易姓革命、儒教、漢字を取りあげている。

中国人にとっては、食こそが、何よりも重大事だ。「民は食をもって天と為(な)す」というが、中国人は即物的であり、享楽的で、現世利益がすべてだ。精神性が欠けた文化だ。

中国文明は、政治がすべてである。政治のためには、すべてが正当化される。だから、私たちが知っているような公徳心も、愛国心も存在しない。


儒教は日本で誤解されているが、統治思想である。日本にくると、有益な精神修養哲学となったが、専制政治を行う手段である。

儒教では、孝が何よりも大切な徳目とされている。孔子の『公羊伝(くようでん)』は、父親や、身内が悪事を行った場合には、外に対して口にしてはならず、隠蔽(いんぺい)しなければならないと、教えている。

ある村で、息子が「父が羊を盗んだ」といって、告発した。孔子は「身内の不祥事を、外に絶対に洩らしてはならない。隠すのが、人の道だ」と、説いている。

儒教には公(おおやけ)の概念が、欠落している。中国で公というと、皇帝と朝廷のことであって、日本のように国全体を指していない。だから、不都合なことをひた隠しにするのは、徳に適うことなのだ。

天安門事件をひた隠すのも、新幹線が重大事故を起こした時に、大きな穴を掘って埋めたのも、儒教の教えに従ったものだった。

漢字は、秦の始皇帝が命令を全国に下すために統一したもので、政治のための文字だ。日本にくると、仮名を混ぜることによって、毒をすっかり抜くことができた。

中国人は力しか、理解しない。何よりも、中国の文化を知らなければならない。
  
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| 加瀬英明 | 17:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







21世紀は「インドの世紀」となるか   加瀬英明
ナレンドラ・モディ・インド新首相が7月に訪日することで、両国が折衝していたが、インド議会の都合によって、8月に延期された。

5月に、12億5千万人のインドで総選挙が行われ、63歳になるモディ氏が率いる、インド人民党(BJP)が圧勝した。

BJPは、543議席の下院の282議席を制した。2009年から政権を握っていた国民会議は、206から414議席まで減らして、惨敗した。

■インドの政治変革

インドが1947年に独立してから、最大の政治異変である。

それまで、モディ氏はアラビア海に面する郷里のグジャラート州首相をつとめて、州の経済を大きく発展させた。

モディ新首相は就任演説のなかで、「21世紀を、“インドの世紀”にする」と、公約した。モディ政権の登場は、日本とアジアに明るい展望をひらくものである。

インドと中国は30年前まで、ともに国民1人当たりの所得が300米ドルで、轡(くつわ)を並べていた。

ところが、その後、中国が目覚しい経済発展をとげて、6700ドルを超したのに対して、インドはその4分の1にとどまっている。

インドの経済成長率は、10年前に10%に達していた。このところ、インドは4.5〜5%に落ち込み、9%を超える高いインフレが進んで、庶民生活を圧迫している。

■モディ首相の決断

モディ首相は財政を建て直し、大きく遅れたインフラを整備するかたわら、錯綜した行政機構を合理化して、大胆な改革を断行しなければならない。

モディ新内閣をみると、国民会議の前内閣が79人の閣僚を抱えていたのを、45人まで減らしている。それでも、なかに鉄道相、道路交通相、民間航空相、農業、加工食品、食品流通の6人の閣僚がいる。

私は80年代からインドにボランティアとして足繁く通って、政府に厚遇されるようになった。

■インドとの絆の由来

私は終戦の年に国民学校(小学)3年生だったが、幼な心に日本がアジアを興すために戦っていると教えられ、長じてからも、明治以来の国民の願いだった、興亜の大業の夢を継ぐことに、情熱を燃やしてきた。

80年代では、日本で学ぶインド人留学生が、100人に足りなかった。私は有志とともに、ネール大学の協力をえて、ニューデリーに高校生に日本語を無料で教える学校を開設して、成績のよい生徒を、日本の4年制大学に全額負担して留学させて、卒業させた。

日本はインドが冷戦下でソ連と結んでいたことから、インドと疎遠になり、インド市場に大きく出遅れていた。

■日印親善協会の目指すもの

私は日印親善協会(JIGA・Japan India Goodwill Association)を立ち上げて、会長をつとめたが、インド側で対応して、ラビ・レイ元下院議長を会長とするJIGA INDIAをつくってくれた。

私は1997年に、ニューデリーで催された、インド独立50周年記念式典に参加した。多くの催事が行われた。

■一国の独立とは何か

ラビ・レイ元下院議長が、「日本が日露戦争に勝ったことによって、インド国民が勇気づけられて、独立運動に立ち上がった」と挨拶した。法曹界の重鎮であるレイキ博士が、インパール作戦に触れて、「太陽が輝き、月光が大地をうるおし、満天に星が瞬く限り、インド国民は日本国民への恩義を忘れない」と訴えた。やはりJIGAのメンバーである。

イギリスの著名な歴史家ホプスバウ教授が、20世紀を振り返った大著『過激な世紀』のなかで、インドの独立がガンジー、ネールによる独立運動ではなく、日本軍とインド国民軍が協同して、インドへ侵攻したインパール作戦によってもたらされたと、述べている。

■訪印団200人の心意気

2006年に、山田宏杉並区長(現衆議院議員)が団長となって、100人以上の地方議員が、訪印した。さらに一行に、100人あまりの有志が加わった。私も誘われて、顧問として同行した。

ニューデリーに到着したところ、山田団長から「大統領と会見できないものか」と、求められた。私が官邸に連絡したところ、「喜んでお会いする」が、セキュリティのために10人までにしてほしいとのことから、籤(くじ)引きをしてもらった。

■インドと兄弟国になろう

アブドゥル・カラム大統領と1時間にわたって歓談したうえで、官邸の美しい庭を自ら案内してくれた。大統領は、高名なミサイル科学者である。壮麗な大統領官邸は、かつてイギリス統治時代の総督府だった。

私はこの前のBJP政権のフェルナンデス国防相と、同志だった。インドはフェルナンデス国防相のもとで、1998年に核武装した。

核武装した直後に、私はフェルナンデス国防相を国防省の執務室に訪ねた。

国防省も、かってのイギリス総督府のなかにある。広い執務室の壁に、以前からガンジー翁の肖像が1枚だけ飾られていたが、もう1枚、広島の原爆記念ドームの大きなカラー写真が加えられていた。

フェルナンデス国防相が、私に「どうして、この写真がここにあるのか、分かるかね?」と、悪戯っぽくたずねるので、「核兵器を持っていないと、核攻撃を誘うことになるからでしよう」と、答えると、深く頷いた。

フェルナンデス国防相から招かれて、参謀総長以下の軍幹部に講演して、中国に触れたことがあった。

中国はインド北東部のアルナチャルプラデシュ州の大きな部分を奪って、占領しているが、全部が中国固有の領土だと主張している。

私は中国が当時、日本の尖閣諸島を含めて、同時に5つの国に対して、不当な領土要求を行っていたが、中国の指導部は権力闘争によって、意志を統一することができず、思考が尊大な華夷思想、あるいは中華思想によって、頭がすっかり蝕まれているために、戦略的思考ができないと、述べた。

そのうえ、軍が上から下まで腐敗しきっているから、全面戦争を戦う能力がなく、国内の事情によって追い詰められて暴走して、軍事的な冒険に乗り出さないかぎり、恐れることはないと、指摘した。

今日、中国は、日本、インド、インドネシア、ブルネイ、マレーシア、ベトナム、フィリピンの7つの国から、同時に領土を略取しようとして、孤立するようになっている。だが、7ヶ国の人口を合計すると、20億人を超えている。経済力も、中国を上回る。

これらのアジア諸国に加えて、オーストラリア、ニュージーランドも、中国の傍若無人な海洋進出を、強く警戒するようになっている。アメリカも、ようやく目を覚ました。

■モディ首相の最初の訪問国ブータン

5月にシンガポールで催された、「シャングリラ対話」と呼ばれたアジア安保会議では、安倍首相とヘーゲル国防長官が口を揃え、日米両国が連携して、中国が地域を不安定化させており、力によって変更しようとしていることを、強く非難した。

これに、ASEAN(東南アジア連合)諸国も、同調した。中国はアジアにおいて、孤立せざるをえなかった。

安倍首相の“地球儀を俯瞰する外交”に、拍手を送りたい。ひと口でいって、中国の指導部は愚かなのだ。

ブータンも中国と国境紛争を、かかえている。モディ首相はブータンを重視し、就任後最初の訪問国として、ブータンを訪れている。

■モディノミックスの可動

モディ首相が7月に訪日を予定していた直前に、ブータンのトブゲィ首相が来日した。

モディ首相はナショナリストだ。いま、インドでのマスメディアによって「インドのアベ」と呼ばれ、「モディノミックス」という新語が登場している。

安倍外交を発展させて、日印関係を深化することが求められる。

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| 加瀬英明 | 20:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







アメリカは力を衰えさせない     加瀬英明
オバマ大統領は、支持率が昨夏に急落して以来、よろめいている。

8月に、シリアのアサド政権が毒ガスを使ったといって非難して、「制裁攻撃を加える」と発表したが、どの世論調査も「国外の紛争に介入する」ことに反対したのに怯(ひる)んで、立ち往生したところを、ロシアのプチン大統領に縋って救われたために、50%以上あった支持率が40%まで落ちた。

その後、議会が連邦債務上限を引きあげることを拒んだために、政府機関の一部が閉鎖されるという失点についで、オバマ政権の目玉だったオバマケア――国民皆健康保険制度を蓋明けしたところ、重大な欠陥があったために、延期を強いられて、またよろめいた。

この春に、プチン大統領がウクライナからクリミアを捥(も)ぎ盗ったが、オバマ大統領は手を拱くばかりだった。そのために内外で、弱い大統領だとみられるようになった。

今年に入って、ヘーゲル国防長官が財政を再建するために、アメリカの軍事力を大きく削減する計画を発表した。軍全体に大鉈(おおなた)が振われるが、陸軍は前大戦後最少の規模となる。

オバマ大統領はシリアへの軍事制裁を撤回した時に、2回にわたって、公けの場で「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と、言明した。

アメリカが超大国であるのをやめて、孤立主義の殻にこもろうとしているのだろうか。

私はずっと“アメリカ屋”で、アメリカの脈を計ってきた。だが、アメリカが頂点を過ぎた国で、これから力を衰えさせてゆくと見るのは、早計だ。


これまでアメリカは周期的に、アメリカが衰退するという、危機感にとらわれてきた。

私は1957年10月に20歳だったが、アメリカに留学していた。この月に、ソ連がアメリカに先駆けて、人類最初の有人衛星『スプトニク』を打ち上げて、地球軌道にのせた。

アメリカは、強い衝撃を受けた。アイゼンハワー政権だった。「ミサイル・ギャップ」として知られるが、このままゆけば20年あまりのうちに、ソ連が科学技術だけではなく、あらゆる面でアメリカを追い越すことになろうと、まことしやかに論じられた。

1960年の大統領選挙が戦われ、ニクソン副大統領と、民主党のジョン・ケネディ上院議員が争った。ケネディ候補はじきにソ連がアメリカを凌駕することになる、という恐怖感を煽り立てて、アイゼンハワー政権の失政を非難した。

選挙結果は、デマゴーグのケネディが勝った。だが、それから30年ほど後に、ソ連が倒壊した。今日、このままゆけば、20年以内に中国が経済、軍事の両面でアメリカを上回ると、真顔で説く者が多いのと、よく似ている。

ケネディが暗殺されると、ジョンソン政権が後を継いだ。

1968年に、ニクソンがハンフリー副大統領と大統領選挙を戦った。ニクソン候補はアメリカが衰退しつつあり、「このままゆけば、15年以内に西ヨーロッパ、日本、ソ連、中国の4ヶ国が、目覚しい経済発展を続けて、アメリカと並び、アメリカはナンバー・ワンの座を失うことになる」「いま、アメリカは絶頂期にあるが、古代ギリシアとローマの轍を踏もう」と、危機感をさかんに煽った。

ニクソン政権はケネディが始めたために、「ケネディの戦争(ケネディズ・ウォア)」と呼ばれ、ジョンソン政権のもとで泥沼化したベトナム戦争の始末に、苦しんだ。ニクソン大統領は「もはやアメリカは世界の警察官ではない」といって、ソ連との「平和共存(デタント)」戦略を打ち出した。

その後も、アメリカの振り子は、果敢に外へ向かう時期と、羹(あつもの)に懲りて、内へ籠ろうとする時期が交互してきた。アコーディオン奏者に似ている。今後、アメリカが畏縮してゆくときめつけるのは、まだ早い。

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| 加瀬英明 | 04:09 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







口先ばかりのオバマ大統領に日本の平和はまかせられない    加瀬英明
東アジア、中東、アフリカで紛争が絶えないかたわら、ヨーロッパは冷戦が終結後、平和が続くものと思われた。ところが、プチン大統領がクリミアに襲いかかって、泰平の夢が破られた。

オバマ大統領は、昨夏、シリアのアサド政権がダマスカスで毒ガス兵器を使ったと断定して、「レッドラインを越えた」といって、制裁攻撃を加えると発表したが、世論調査が軒並みに「国外の紛争に捲き込まれてはならない」と反対したので、臆して取りやめた。このために、オバマ大統領の支持率が急落した。

中国が尖閣諸島の上に防空識別圏をかがせるという暴挙におよんだのは、オバマ政権を舐めてかかったからだった。プチン大統領がアメリカが動かないと軽くみて、クリミアに乱入した。

かつてセオドア・ルーズベルト大統領が、「外交は太い棍棒を持って、優しい声で話せ」といったが、オバマ大統領は口ばかり達者で、爪楊子ほどの棒しか手にしていない。


オバマ大統領の「レッドライン」は「イエローライン」どころか、侵略を誘う「グリーンライン」になりかねない。

そこで、オバマ大統領はもし中国がロシアを真似て、尖閣諸島を奪ったら、11月の中間選挙でボロ負けすることを恐れて、慌てて日本との同盟を強化するために、日本に1泊だけするはずだったのに国賓として2泊3日で訪日することになった。

ソ連が崩壊した後に、1994年にウクライナが保持していた核兵器を放棄するのと引き換えに、クリントン大統領、エリツィン大統領、イギリスのメジャー首相と、ウクライナのクチマ大統領が、将来、ウクライナが侵略された場合に、米露英3ヶ国がウクライナを守るために、戦うことを誓約した四者協定に、ブカレストで調印した。今日でも有効であるが、もちろん、誰も守らなかった。

オバマ政権は、安倍首相が靖国神社を参拝して、中韓両国を刺激したことに機嫌を害していた。そして、アメリカが先の大戦の正しい勝者だったという“戦後レジーム”を、安倍政権が壊そうとしていると疑って、不信感を向けていたが、そんなことをいっていられなくなった。

オバマ大統領とケリー国務長官は、ロシアがクリミアで分離独立を問う住民投票を行わせたのが、「国際法違反」であると繰り返し非難した。しかし、インドネシアの一部であった東チモールが分離独立を求めると、アメリカや、ヨーロッパ諸国が強引に介入して、1999年に住民投票が行われ、東チモールが独立した。

強国は、国際法を都合のよい時だけ、持ち出すことを、教えている。

今回のウクライナ危機に当たって、国連は役にまったく立たなかった。ロシアが安保理事会で、拒否権を持っているからである。

日本では長いあいだ、「国連中心主義」という言葉が罷り通っていたが、“役に立たないものを中心とする主義”のことだった。

万一の時には、条約も、国際法も、国連も頼りにならない。「諸国民の公正と信義に信頼」(日本国憲法前文)しては、いられない。

アメリカが、内向きのサイクルに入った。だが、アメリカ国民が厭戦気分へ振れたら困るというなら、日本の平和主義は身勝手な贋物だ。自分の国を自分で守る覚悟が、必要だ。
      
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| 加瀬英明 | 08:35 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |







日印関係を強化しよう   加瀬英明
5月に12億5千万人のインドで総選挙が行われ、63歳のナレンドラ・モディ氏が率いる、インド人民党(BJP)が圧勝した。BJPは、543議席の下院の282議席を制して、2009年から政権を握っていた国民会議は、206から44に議席を減らして、惨敗した。インドが1947年に独立してから、最大の政治異変である。

それまで、モディ氏はアラビア海に面する郷里のグジャラート州首相をつとめて、州の経済を大きく発展させた。モディ新首相は就任演説のなかで、「21世紀を、“インドの世紀”にする」と、公約した。モディ政権の登場は、日本とアジアに明るい展望をひらくものである。

インドと中国は30年前に、ともに国民1人当たりの所得が300米ドルで、並んでいた。ところが、中国が目覚しい経済発展をとげて、6700ドルを超したのに対して、その後、インドはその4分の1にとどまっている。

インドの経済成長率は、10年前に10%に達していたが、このところ4.5〜5%に落ち込み、9%を超える高いインフレが進んで、庶民生活を圧迫している。

モディ首相は財政を建て直し、大きく遅れたインフラを整備するかたわら、錯綜している行政機構を合理化して、大胆な経済改革を断行しなければならない。

モディ新内閣をみると、国民会議の前内閣が79人の閣僚を抱えていたのに対して、45人に減らしている。それでも、なかに鉄道相、道路交通相、民間航空相、農業、加工食品、食品流通の6人の閣僚がいる。

私は80年代からインドに通って、政府に厚遇されるようになった。

当時、日本で学ぶインド人留学生が、100人もいなかった。私は有志の協力をえて、ネール大学の支援を受けて、ニューデリーに高校生に日本語を無料で教える学校を開設して、成績のよい生徒を全額負担して、日本の4年制大学に留学させて、卒業させた。

私はBJP政権のフェルナンデス国防相と同志だった。インドはフェルナンデス国防相のもとで、1998年に核武装した。フェルナンデス国防相から国防省に招かれて、参謀総長以下の軍幹部に講演して、中国に触れたことがあった。

インドは中国によって面積が九州よりも広い、ラダック地方の大きな部分を奪われたうえに、中国がアルナュル・プレディシュ州を蚕食してきた。

私は中国が日本の尖閣諸島を含めて、6つの国に対して、不当な領土要求を同時に行っていたが、中国の指導部は権力闘争によって、意志を統一することができず、思考が中華思想によって蝕まれているために、戦略的思考ができないと述べた。そして、軍が上から下まで腐敗しているために、全面戦争を戦う能力がなく、国内的な事情によって暴走して、軍事冒険に乗り出さないかぎり、恐れることはないと指摘した。

中国は今日、日本、インド、インドネシア、ブルネイ、マレーシア、ベトナム、フィリピンの7つの国から、領土を略取しようとして、紛争を発生させている。だが、7ヶ国の人口を合計すると、20億人を超え、経済力も、中国を上回る。ひと口でいって、中国の指導部は愚かなのだ。日印関係を深化することが、求められる。

杜父魚文庫
| 加瀬英明 | 07:56 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







プライドと偏見が交錯するロシアのクリミア侵攻    加瀬英明
プチン大統領のロシアって、いったい、どんな国なのだろうか?

正式な名称は、ロシア連邦だ。連邦の傘下に、およそ80の共和国、自治州、自治管区があって、160以上の民族をかかえ、100以上の言語が話されている。

ロシアは先端兵器をつくっているが、他にみるべき工業製品がない。世界で“メイド・イン・ロシア”のラベルがついた消費財を、見かけることはない。私はロシアを、採集・狩猟経済の国と呼んでいる。

外貨を稼ぎだしている産品といったら、石油、天然ガス、キャビア、ウォッカ、貂や、熊の帽子や、毛皮といったように、採集・狩猟経済の時代に属している。

ロシア経済は、うまくいっていない。原油価格が高止りだったあいだは、うけに入っていたものの、このところ振わない。プチン大統領の人気に、翳りが生じるようになっていた。

私はソチ冬季オリンピック大会の開会式の演(だ)し物を、テレビでみて、ロシア人が自国の歴史に強烈な誇りをいだいているのを、あらためて痛感した。

今回、プチン大統領がウクライナから、クリミアを強引に捥ぎ取ったのに対して、中華思想に似た大ロシア主義と、しばしば外から侵略を蒙ったことに由来する被害意識と、西側に対する劣等感が入り混じった、ナショナリズムが燃えあがった。

プチン大統領は鶏小屋を狙う、鼬(いたち)のような眼をしている。大統領になった時から、「20世紀の最大の悲劇は、ソ連が解体したことだ」と、公言してきた。そして中央アジアからウクライナまで網羅する、新ソ連版の「ユーラシア連合」を構築しようとしていた。

プチン大統領をみていると、遠大な計画があるように思えない。出たとこ勝負で、行動する。

2月にウクライナの首都キエフで、せっかく手懐けたヤヌコビッチ大統領を、民衆が立ち上って、追放した。そのために、プチン大統領はウクライナを、丸ごと「ユーラシア連合」に取り込もうとしていたところだったから、かっとなって、ロシア住民が60%以上を占めるクリミアを、ウクライナから切り取ることを決めたのだろう。

ロシアでは、プチン大統領の支持率が急上昇した。

アメリカ、EU(ヨーロッパ連合)が、猛反発した。「新冷戦」といった警告がマスコミを賑わせたが、大企業がロシアに投資しているために、厳しい経済制裁を加えたくないので、プチン大統領の側近たちに、入国ビザを発給しないなどの軽いものになった。

アメリカとEUが恐れているのは、ロシアがクリミアに味をしめて、やはりロシア住民が多い、ウクライナ東部を奪うのではないか、ということだ。そうなったら、「新冷戦」に近い状況が生まれて、ロシアに対してもっと重い制裁を、加えなければならない。

だが、プチン大統領はクリミアを盗んだために、大損したのではないか。アメリカ、EUがどのように騒ぎ立てても、プチン大統領がクリミアを吐き出すことは、ありえない。

ウクライナは貧しいが、人口が5000万人近い、旧ソ連のなかでもっとも重要な国だ。クリミアを取り上げたために、ウクライナは二度と、親ロシア政権を持つことがあるまい。「ユーラシア連合」は、ウクライナ抜きでは、みすぼらしいものにしかならない。

ロシア連邦の共和国、自治州のなかには、住民投票によって連邦から脱退して、独立したいと願っているところが、いくつもある。クリミアが住民投票によって独立したのを、前例にしたいと思おう。

アメリカのシェール・オイル・ガス革命によって、原油価格が下落してゆくことになるが、ロシアの将来は薄暗い。

杜父魚文庫
| 加瀬英明 | 13:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







『中国人韓国人にはなぜ「心」がないのか』  加瀬英明
<5月8日に、私の新刊の『中国人韓国人にはなぜ「心」がないのか』(KKベストセラーズ・ベスト新書、820円)が、刊行されます。まえがきを、お読み下されば幸いです。

<中国と、韓国の実像を知るためには、両国の成り立ちが、日本といかに大きく異なっているか、比べれてみればよい。

中国を理解すれば、韓国は属国として、ずっと中国の猿真似をひたすらしてきたから、付録のような民族だと思えばよい。

中国は世界のなかで、もっとも貪欲な文明であってきた。中国を理解する大きな鍵が、3つある。

まず、食文化の中華料理だ。次に王朝がしばしば交替する易姓革命であり、第3に、中国人の頭を支配してきた儒教である。
 
このなかでも、中華料理は中国人全員の生き甲斐(がい)であって、中国人の精神構造の謎が秘められている。

中華料理こそ、中国人に独特な思考と、行動様式を説明してくれる。せっかく、日本人は中華料理を日常好んで食べているのに、料理のなかに中国のどのような物語がこもっているのか、気づかない。

今日、中国は中華人民共和国を称しているが、国の名前は実体とまったく関係がない。3000年にわたって滅亡しては、興った数多くの中華帝国の1つである。

中国と日本は、すべてが正反対だ。中国人は即物的だが、日本人は精神性を尊ぶ。中国人は自己主張が強いが、日本人は和を重んじるから、譲り合う。

中国人は量を、日本人は質を求める。中国人が不潔であるのに対して、日本人は清らかさを望む。中国人は自分に都合のよい論理を振り回すが、日本人は感性によって生きている。

中国人は外見を、日本人は内面を大切にする。中国人は自己本位であるために、相手が悪いと思うが、日本人は謙虚だから、自分のほうが悪いにちがいないと、思いがちだ。

本文をお読み頂きたいが、中国人も日本人も、古代から人としてのありかたが、まったく変わっていない。中国と日本は2000年前から対照的だったが、そのまま、今日の中国と、日本の違いとなっている。

私たちは長いあいだにわたって、中国人も日本人と変わらないから、心を通わせることができるにちがいないと、勘違いしてきた。中国人が心を持ちあわせていないことに、気付くことがなかった。

中国を理解する4つ目の鍵は、中国は歴史を通じて、政治が1から10まですべてであって、他に何もない政治文化であることだ。政治の役に立てば、平気で嘘をつく。真実は政治の役に立たないから、まったく顧(かえり)みられない。

儒教も、よい例だ。儒教は日本では、道徳哲学であると誤解されているが、本場の中国の儒教はいかに人民を統治するかという、政治思想である。

政治がすべてだから、最高権力者を頂点とする“役人天国”であることも、今日にいたるまで少しも変わっていない。役人がのさばっている。役人は自分の懐(ふところ)を肥すことに、忙しい。

軍人も、役人に負けていない。習近平体制になってから、軍人に高級ブランドを買ったり、高級レストランにおける接待を禁じたが、病根は政治文化にあるから、深いものだ。

人民解放軍の機関紙『解放軍報』が、「清日戦争から教訓を学ぼう」という記事を、3月24日に載せたが、「清軍が直面した多くの問題は、現在、人民解放軍が闘争中のものだ。それは、縁故採用や、派閥抗争、汚職行為も含まれている。もし、この現象が続いてゆき、中日間で軍事衝突が起きれば、解放軍はまた負ける」と、訴えている。

今日でも、中国はおぞましい儒教国家である。儒教は、国全体よりも何よりも、自分の一族である孝を大切にする。日本のように、公(おおやけ)を重んじる心がない。

日本人は一族よりも、国家を上に置いてきた。中国では、為政者に奉仕することが求められていても、国全体に対する忠誠心が存在しない。

中国を理解する5つ目の鍵は、中国が国ではなく、文明であることだ。

文明であるから、国境がない。中華帝国は清朝が19世紀なかばに、イギリスと阿片戦争を戦って敗れるまで、国名を持っていなかった。中国の皇帝が、全世界の支配者であると思いあがっていたから、王朝名があっても、国名を必要としなかった。イギリスと南京条約を結ぶことを強いられたので、便宜的に王朝名の清を、国名として使った。

中国人は中華思想といわれるが、中華文明が世界で最善のものであると、みなしている。中国の皇帝は地上で誰よりも、もっとも高い徳を備えているとされた。そこで、中国が周辺の諸民族を征服して、支配下に置いても、侵略したのではなく、「徳化」したとされた。

習近平国家主席が「中華民族の偉大なる復興」を叫んでいるが、かつての中華帝国を復活させようとしている。漢民族は古代から、自己中心な“天下イズム”を、信奉してきた。

もっとも、中国という呼称は、かなり新しいものだ。孫文が1911年に辛亥(しんがい)革命が成就して、国名を中華民国に定めた時に、通称をどのように呼ぼうか、会議にはかった。

中国の伝説上の最初の王朝が夏だったことから、「大夏」にしようという案が有力だったが、中国が採用された。日本の中国地方のほうが、古いのだ。>

杜父魚文庫
| 加瀬英明 | 00:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







母そして躾・ ・   加瀬英明
私の母も、和服を愛好していた。私は小学校の高学年のころから、着物の着付けを手助わされた。

そんなことから、私は着物の着付けの免許を持っている。それも、協会の名誉総裁をおつとめだった、三笠宮百合子妃殿下のご署名があるもので、大切にしている。

母は新しい着物が届くたびに、いつも明るくなった。私が仕付け糸を抜く係になった。

私は仕付け糸が、着物の仕立てがくるわないように、仮に糸で縁をぬっておいたものだということを、憶えた。

躾けはしつけると同音で、礼儀作法を身につける、身についた礼儀作法という意味で、用いられている。仕付け糸も、同じ根の言葉である。編笠に花をしつけるというように、つける、つくるという意味もある。

5月に董風が吹くころになると、九州から神を迎えて田植えが始まり、桜前線のように北へあがってゆく。田植えは、苗の植付けることだが、苗をしつけるという。

和服姿の女性は、日本の花だ。躾という字は、大正に入るまでは、と書かれることが多かった。躾も、とも、日本で造られた国字であって、もとの中国にはない。日本独特のものだ。

演目は忘れてしまったが、3、40年前に亡妻と狂言を鑑賞した時に、「とも無い者を出し置きまして、面白も御ざらぬ」という台詞があった。江戸期か、それ以前の作だから、とと書いたにちがいない。

私は帰り途に、妻に「お前をしっかり躾けないと、物笑いになるからな」と、いったものだった。

しかし、夫が妻を、あるいは父親が子を躾けるものではあるまい。躾けは、あくまでも母親の役割である。そして、父親が母親の助手を、わきからつとめることになるのだろう。

着付けという言葉も、概念も、中国、西洋諸国をはじめ、世界のどこへ行っても他にない。

日本では、着物は美しく着るだけでは、完結しない。立ち居振る舞いが、美しくなければならない。日本文化のきわだった特徴だ。着る者の覚悟と、心のありかたが問われる。

日本を明治に入ってから、西洋列強に負けない偉大な国としたのは、江戸時代の母親による躾けだった。

杜父魚文庫
| 加瀬英明 | 06:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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