殺人狂「イスラム武装勢力」  平井修一
「イスラム武装勢力」とは何者か。イスラム原理主義をかたったテロリスト、海賊、山賊、匪賊の類ではないかと小生は思うが、ほとんど欧米諸国民の理解を超えた狂気の集団のような気がする。

日経(2013/1/19)の「きょうのことば」には「イスラム武装勢力 不安定な国で勢力拡大」とこう紹介している――

<▽…イスラム教徒のうち、宗教、政治、経済面などの目的達成のため、武力闘争、テロや誘拐・殺人などを行うグループを指す。政治的に不安定な国に入り込んで勢力を拡大させてきた。

▽…預言者ムハンマドが唱えた根本的な宗教原則に立ち返ることを主張する「原理主義者」と同一視されることも多く、米国やイスラエルを敵視する言動も目立つが、宗教・政治よりも、経済的な利益を求めて身代金目的の誘拐などを繰り返すグループもいる。

若年人口の多いイスラム諸国では、高い失業率や汚職のまん延など社会の腐敗に不満を持つ若者の受け皿ともなっている。

▽…1980年代、アフガニスタンに侵攻したソ連と戦うためにアラブ諸国から義勇兵が集結。その後、国際テロ組織「アルカイダ」に発展した>

「正義と思えば何でもできる」と殺しまくる狂信者のイスラム武装勢力は、イスラム過激派、イスラム原理主義と親類みたいなものだろう。治安を悪化させて欧米的な自由、民主、人権、法治の価値観、体制の崩壊を目論んでいる。

イスラム武装勢力の資金源は、世界の治安が悪くなることで原油高になって潤う産油国だろう。

<米国務省の内部文書によれば、米国の努力にもかかわらず、アルカイダやタリバン等の過激組織に対して数百万ドルの資金が流れ込んでいる。クリントン長官の電報によれば、サウディ及び湾岸諸国(政府と言う意味ではない)からのものでである。

サウディ政府等に対して、サウディ等からの資金がテロ活動の最大の資金源であり、その資金源を厳しく取り締まるようにとの米国の働きかけは必ずしも功を奏していず、それを説得するのに常に困難を感じているという>(ニューヨークタイムス2010年12月06日)

テロがイスラム武装勢力のビジネスであり、産油国からの資金や誘拐による身代金が生活の糧であり、自分たちと家族、一族の生活が懸かっているからテロはやまないだろう。欧米諸国はこれからも悩まされ続けるのである。

主な活動圏と外務省による直近の安全情報を調べてみた。

■アフガニスタン

ソ連のアフガン侵攻に対して義勇兵が結集。その後アルカイダに発展。

 ・報道によると、2013年1月27日、カブール市内で仏人とみられる外国人1人が武装した4人組に拉致された模様。
 ・アフガニスタンにおいては、外国人のほか、援助関係機関のアフガニスタン人スタッフや警備員、企業関係者、政府関係者、ジャーナリスト等が誘拐被害に遭うケースが多く発生している。

■パキスタン

ソ連のアフガン侵攻に対して義勇兵が結集。その後アルカイダに発展。

 ・報道によれば、2013年1月10日、パキスタン南西部のバロチスタン州の州都クエッタにあるビリヤード場において、連続して爆発が発生し、少なくとも81人が死亡、120人以上が負傷した。

死傷者の多くはシーア派の住民であり、スンニ派過激勢力が犯行を認めたとの報道もある。また、クエッタでは同日、準軍事組織の車両の付近で爆発が発生し、12人が死亡、47人が負傷し、地元の反政府勢力が犯行を認めた模様。

 ・さらに、10日、パキスタン北部のハイバル・パフトゥンハー(KP)州スワート郡にあるイスラム宗教施設で爆発が発生し、少なくとも22人が死亡、70人が負傷した。この爆発の原因は不明だが、警察が調べたところ爆弾の痕跡が発見されたとの報道もある。

■イラク

米国の占領に反発するテロ行為が多発。

 ・イラクでは,地域によって脅威の度合いは異なるものの、イラク政府機関、治安組織、宗教関連施設、民間人等に対する攻撃や爆弾テロ、宗派対立をあおろうとする攻撃等が頻繁に発生しており、依然として予断を許さない情勢が継続している。

2013年1月3日、バービル県ムサイブ(バグダッドの南方約60kmに所在)で宗教行事「アルバイーン」を終えたシーア派巡礼者を狙ったと見られる自動車爆弾を使用した自爆テロが発生し、少なくとも27人が死亡、60人が負傷した。また、同日、バグダッド東部のニューバグダッド地区でもシーア派巡礼者を狙ったと見られる路肩爆弾が爆発し、8人が負傷した。

■ソマリア

過激派組織が一時首都を占拠。

 ・2013年1月24日、オーストラリア外務貿易省はソマリアの渡航情報を更新し、ソマリランドのハルゲイサで武装勢力が外国人の誘拐を計画している旨警告した。

 ・ソマリアでは、2012年9月末、ケニア軍を中心とするアフリカ連合部隊が、ソマリアのイスラム武装組織「アル・シャバーブ(AS)」の拠点であったソマリア南部の港町キスマヨを制圧したが、引き続きASによると見られるテロ攻撃や拉致・誘拐事件がソマリア国内及び周辺国で発生している。

■アルジェリア

1990年代にアルジェリアでテロ行為を繰り返した組織が拡散・流入。

 ・アルジェリアでは、2013年1月16日、アルジェリア南東部のイリジ県イナメナスにおいて、武装勢力により外国人が襲撃・拘束される事案が発生し、日本人10人を含む外国人多数が死亡した。また、同月20日、犯行グループとみられるイスラム原理主義武装組織が声明を発表し、マリにおける戦争に参加している諸国に対しさらなる攻撃を行うと述べた。

 ・報道によれば、2013年1月27日夜(現地時間)、アルジェリア北部のブイラ県において、ガス・パイプラインの警備を担当する自警団の宿営所が、武装勢力により襲撃され、自警団員3人が死亡、7人が負傷した。

■モーリタニア

1990年代にアルジェリアでテロ行為を繰り返した組織が拡散・流入。

 ・2013年1月9日、隣国マリ北部で、マリ国軍とイスラム原理主義武装集団の戦闘が発生。同11日、マリ暫定政府からの要請を受けたフランスが軍を派遣し、同武装集団への攻撃を開始した。戦禍の拡大等に伴う影響がモーリタニア側に及ぶ恐れが危惧されている。

 ・アルジェリア南部のモーリタニア国境付近には、西サハラ難民キャンプがあり、2011年10月、人道支援を行うNGOメンバーが誘拐される事件も発生している。

また、2013年1月、アルジェリア南東部のイリジ州イナメナスにおいて、武装勢力により日本人を含む外国人多数が拘束される事案が発生した。モーリタニア側に武装集団が流入し、治安が悪化する可能性もある。

■マリ

1990年代にアルジェリアでテロ行為を繰り返した組織が拡散・流入。

 ・2013年1月9日、マリ北部のコナ(Konna)近郊でイスラム原理主義武装集団とマリ国軍の戦闘が発生し、11日、マリ暫定政府からの要請を受けたフランスは軍の派遣を発表し、同武装集団への攻撃を開始した。この戦闘により、14日時点で,仏軍兵士1人(仏政府発表)、マリ国軍兵士11人(マリ政府発表)が死亡、イスラム原理主義武装集団側には100人以上の死者が出たとの報道もある。

 ・マリにおける治安情勢の悪化に鑑み、現地時間2013年1月27日をもって、在マリ日本国大使館を一時閉館した。

■ニジェール

1990年代にアルジェリアでテロ行為を繰り返した組織が拡散・流入。

 ・2012年10月14日午後11時(現地時間)頃、ニジェール南部のマラディ州ダコロにおいて、医療援助団体の関係者6人が正体不明の武装集団によって誘拐された。ニジェール当局により、犯人がマリとの国境方面へ逃走したことが確認されている。

被害者のうち5人はニジェール人、1人はチャド人とのことだが、武装集団の本来のターゲットは西欧人であったとの見方もある。

 ・ニジェールはマリと国境を接しており、現在マリの北部地域は反政府武装組織「アザワド地方解放国民運動(MNLA)」、イスラム原理主義反政府武装組織「アンサール・ディーン」等の強い影響下にあり、北アフリカで広く活動する「マグレブ諸国のアルカーイダ」(AQIM)の活動もみられる。

また、マリに対するECOWAS(西アフリカ諸国経済共同体)の軍事介入及び同介入を支持するフランスの動きに対し、上述の反政府武装勢力による欧米人の誘拐及びニジェールを含むECOWAS加盟国内におけるテロ活動の活発化が懸念される。

さらに、ニジェール南部では、ナイジェリアにおいて北部を拠点として活動するイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」が越境してテロ等を実行する可能性もある。

■リビア

1990年代にアルジェリアでテロ行為を繰り返した組織が拡散・流入。

 ・2013年1月28日、英国外務省は、トリポリの英国大使館に対する潜在的な脅威があるとして、英国人に対して引き続き必要なものを除くすべてのトリポリ渡航を避けるよう勧告した。

 ・リビアでは、2012年9月にベンガジの米国領事館が武装集団に襲撃され、在リビア米大使を含む4人が死亡するなど、テロと見られる治安事案が発生している。

 ・また、アフリカ北西部では、マリ情勢の悪化に伴い仏政府が軍を派遣し、マリのイスラム武装勢力が欧米諸国に対するテロ攻撃を行う旨警告しており、周辺国でテロの脅威が高まっています。2013年1月16日には、アルジェリア東部の石油プラントで日本人を含む多数の外国人がイスラム武装勢力に襲撃・拘束され、多くの犠牲者が発生した。

商機を求めて世界中の企業が危険をものともせずに危険地帯へ進出している。企業戦士の戦死はこれからも増えるに違いない。(頂門の一針)

杜父魚文庫
| 平井修一 | 17:09 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







アフリカは「希望の大陸」か  平井修一
日本の商社からなる日本貿易会の「2013年1月号月報」に朝田照男・日本貿易会 副会長/丸紅社長が「注目される2つのフロンティア」という以下の記事を書いている。

<2013年は、残されたフロンティアともいうべき「アフリカ」と「メコン」の2つの地域に注目したいと思います。

アフリカは高い潜在力が見込まれる「希望の大陸」です。成長率上位20ヵ国を調べてみると、小国を除けばその半分は同地域の国々が占めます。生産年齢人口(15−64歳)の比率が高まる人口ボーナスを2050年にかけて享受できる見込みであり、成長の天井に達するまでには時間的余裕がありそうです。

資源の観点からも、石油・天然ガスの他、マンガン、クロム、コバルト、白金族などの存在は魅力的です。

また、2013年6月に、わが国主導の第5回アフリカ開発会議(TICAD V)が横浜で開催されることは大変意義深いことです。ここでは民間投資の拡大が重要テーマとして議論される予定であり、アフリカへの進出が加速する足掛かりとなるでしょう。

一方、メコン川流域地域は、まさにテイクオフしようとする「アジアの翼」です。(中略)

これら2つの地域が持続的な成長のステージを着実に歩むためには、多くの課題を解決しなくてはなりません。資金面ではわが国政府の支援が必要となることはいうまでもありません。

また、市場経済システムの導入や投資環境の改善に向けた法整備など相手国の自助努力も求められます。市場獲得をめぐって他国との競争が激しくなる中、われわれ商社としては積極果敢に橋頭堡ほを築き、伸びゆくフロンティアの果実を最大限獲得できるよう取り組んでいきたいと考えます>

これを読んで、深田祐介の「日本商人事情」(昭和53年、週刊ポスト連載)を思い出した。深田はこう書く。

<戦後の貿易戦争においても「学徒動員」が行われたのではないか、私はそう思っている。昭和23年の学制改革以来、大学卒業生の数は戦前とは比較にならぬ圧倒的な勢いで増えていった。

ときあたかも高度成長期を迎え、これらの新卒業生は膨張する一方の企業に大挙して流れ込んだ。企業の方はといえば、技術革新と設備投資の集中したおかげで組織はふくれあがり、新設したポジションの権限は若手にまかさぜるを得ない状態にあった。

動員された人たちの多くが入社後、年を経ずして大きな権限を与えられ、第一線に立ち、大量に海外へ送り出される、そういうことになった>

29歳の若さで単身、アフリカのザイールの駐在員になって、悪戦苦闘した者もいるが、泥にまみれて這いずり回った苦労を笑い飛ばしていることがイケイケドンドンの高度成長時代を感じさせる。当時からアフリカはフロンティアであった。

日本貿易振興機構(ジェトロ)がアフリカに進出している日系企業に対し「アフリカへの進出動機」(2012年度)を聞いている。それによると「市場の将来性」が68.2%で最も多く、続いて「市場規模」(42.7%)、「天然資源」(22.3%)であった。

前回調査(2007年度)と比較すると、上位3項目に変化はないが、「日本のODA」が前回より低下し、一方で「収益性」が前回より増加した。

地域別にみると、いずれの地域でも「市場の将来性」が最も多かった。それに続く動機は、北・西・南部アフリカでは「市場規模」だったのに対し、東アフリカでは「日本のODA」が2番目に多かった。ケニアでは円借款で発電事業、港湾整備などを受注した例がみられる。

「市場規模」では、人口1億6000万人を超える「ナイジェリア」で半数以上の企業が進出動機として挙げた。また、アルジェリア、リビア、ニジェール、ザンビア、モザンビークに進出する企業の半数以上が「天然資源」に期待している(注)。

この「日本商人事情」の単行本は昭和54年に発行されたが、上前淳一郎の解説も読ませる。

<深田さんは「われわれも15年戦争を戦ったのだ」という表現を好んでする。15年戦争とは氏や私などの父親の世代が経験した戦争のことだ。それに敗れたあと、こんどは息子の世代が、貿易戦争という新しい15年戦争をやった。

この15年とは、高度成長が始まった昭和35年から昭和50年ころまでと思っていい。苦闘のすえ、日本が2度目の15年戦争に勝ったことは、あらためていうまでもない>

今、日本は“失われた”と言われる「15年戦争」で悪戦苦闘している。かつては「追いつけ、追い越せ」だったのが、今は新興国から追い上げられており、「2度目の15年戦争」のような明るさ、陽気さは影をひそめているようだ。アフリカの政情不安やテロも心配の種だ。

アフリカの発展を願うが、果実を享受するまでにはまだまだ長い道のりがあるだろう。「希望の大陸」への道は遥かなりと言わざるを得ない・・・。

注)ジェトロの「在アフリカ進出日系企業実態調査」(2013年1月23日発表)は在アフリカ進出日系企業333社(回答企業数168社、有効回答率50.5%)にアンケートしたものだが、アフリカ・ビジネスにおける過去5年間の業績では、51.6%の企業が「改善した」と回答。今後の対アフリカ・ビジネスの重要度についても、67.3%の企業が「増す」と回答している。

事業展開の方向性では、58.7%の企業が「進出国内でのビジネス拡大、新規投資を予定・検討中」。また、約3割の企業は「アフリカ内の他国への進出を予定・検討中」と回答。今後、事業拡大を検討している有望分野として、「消費市場」「農業開発」「通信」「医療」「環境技術」などが挙げられた。

「政治的・社会的安定性」「規制・法令の整備、運用」や「雇用・労働の問題」などは引き続き経営上の課題であり、厳しいビジネス環境に置かれている状況は不変である。(頂門の一針)>

杜父魚文庫
| 平井修一 | 11:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







LCCに乗る気はしない  平井修一
小生は航空機のことはほとんど知らない。200トンとか300トンの金属製の航空機が空を飛べることが不思議で、飛行中は安心という気分ではなく、乱気流で揺れたり離着陸時は「大丈夫だろうか」と不安になる。大方の人はそうではないか。

アメリカの国家運輸安全委員会 (NTSB) の行った調査によると、航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.0009%であるという。アメリカ国内の航空会社だけを対象とした調査ではさらに低く0.000034%となる。

アメリカ国内において自動車に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.03%なので、その33分の1以下の確率だ。これは8200年間、毎日、無作為に選んだ航空機に乗って一度事故に遭うか遭わないかという確率である。これが「航空機は最も安全な交通手段」という説の根拠となっているそうだ。

そう言われても今一つ安心はできない。今回のANAのB787が高松空港に緊急着陸した重大トラブルは、最新鋭機でもあわや大惨事の事故と無縁ではないことを示している。安全対策は米連邦航空局(FAA)頼りであり、FAAのお墨付きがあってもこの様だ。

書籍では初版本愛好家というのがいる。その一方で「初版本は誤植などのミスが多い」というのは定説になっている。新製品は膨大なユーザーのチェックが効いていないためにミスがありがちだから、すぐに飛びつくのは止めた方がいいという話もある。新製品=完全ではないのだ。

ところで、いくら安いからといって小生はLCC=格安航空会社は利用したくない。不安である。「格安航空会社LCC研究所」によると、LCCであっても一般の航空会社に比べて安全性が劣るものではないとあるが、安いということは、どこかで無理をしているのではないかと小生は思うのだ。

コスト削減のために古い航空機を使っているのではないか、整備は万全なのか、無理な運航スケジュールではないのか・・・などと不安になるのである。LCCが事故を起こせば一気に客は逃げるだろう、「やっぱり安いのにはそれなりのわけがあるのだ」と。

最新の科学技術の粋を集めた新鋭船で世界最大の「不沈船」と言われた豪華客船「タイタニック」は処女航海で沈没した。「絶対安全」なんてあり得ないのだ。最新鋭機でも不安なのだから製造日から10年以上とか年月がたった航空機も不安である。

ボーイング社が行っている航空事故の継続調査によると、1996年から2005年までに起こった民間航空機全損事故183件のうち、原因が判明している134件についての事故原因の内訳は、操縦ミスが55%と圧倒的に多く、機械的故障17%、天候13%などだった。我々はパイロットの技量に命を預けているのだ。

LCCのパイロットは一流なのだろうか、定年退職したパイロットを低い賃金で使っているのではないか、などと思ってしまうのは心配のし過ぎなのだろうか。(頂門の一針)

杜父魚文庫
| 平井修一 | 10:09 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







毛沢東=中共の暴虐史 平井修一
中共政権下の中国には史実に基づく歴史が公表されていない。中共にとって「不都合な真実」は全て伏せられ、1989年の天安門事件さえも隠蔽されている。現在、中国では、汚職、腐敗にまみれた改革開放路線への反発から「毛沢東時代が良かった」という人々が少なくない。彼らはその時代に何があったのか、ほとんど知らないのである。

事実はどうであったのか。反中共紙「大紀元」社説シリーズ『共産党についての九つの論評』(九評)から毛沢東=中共の暴虐史をまとめてみた。

■序文

暴政と言えば、中国人は秦の始皇帝による苛政を連想する。「虎狼の秦」と比較しても、共産党の暴虐は勝るとも劣らない。共産党の哲学は闘争の哲学であり、共産党の統治も「階級闘争」「路線闘争」「思想闘争」で作り上げたものである。

毛沢東は「始皇帝など取るに足らない。彼は460人の儒学者を殺し、私達は4万6千人の儒学者を殺した。人は私達を独裁統治だと、始皇帝のようだと罵るが、それも認める。しかしながら、それでは言い足りてはいない。言ってみれば、それどころではないのである」と率直に言った。

共産党統治下の中国の苦難に満ちた55年を振り返ってみよう。中国共産党が政権を奪い取った後に、いかにして政府の構造を利用し、階級闘争の理論で階級を絶滅させたのか、また、どのように暴力革命の理論で恐怖の統治を実行したのか。

中国共産党政権の成立から55年間の歴史は、血と嘘で記された歴史である。その流血の裏にある事実は、残酷非道であるばかりでなく、ほとんど世間に知られてない。中国人の6千万ないし8千万もの罪のない人々の命が犠牲となり、更に多くの家庭が迫害された。

「人を殺し」「心を殺す」ことで、共産党以外のすべての信仰を弾圧して、自らを美化した。共産党の階級闘争と暴力革命の理論によって、反体制の社会階級と異分子を粛清し、それと同時に暴力と欺瞞により、中国人民を専制支配下の従順な民としていった。

■土地改革――「地主階級消滅」

建国してわずか3ヶ月後、共産党は全国一斉に土地改革を展開して、「耕す者に土地を与える」というスローガンを掲げ、耕作地を持たない小作農に地主との闘争を煽り、手段を選ばず、放縦に任せ、道義性などは無視した。

そして、土地改革路線の中で、明確に「地主階級消滅」を謳い、農村で階級区別を行い、全国に身分(階級制度)を設け、2千万人に「地主、富農、反革命的分子、悪人」のレッテルを貼り付け、社会的に差別し、弾圧し、公民権さえない「賤民」とし、10万人近くの地主の命を奪った。

土地を得た小作農にとって、「耕す者が土地を得る」という状況は、長くは続かなかった。2年のうちに共産党は、農業従事者に互助組、初級合作社、高級合作社、人民公社などを強引に押しつけた。

更に居住登録制度を設け、農業従事者が都市へ出て働き、居住することを禁止した。中国3億6千万の農村戸籍所持者は、二級の公民とされたのである。

■商工業の改造――資産階級の消滅

もう1つの消滅させられた階級は、都市と農村の民間資産階級である。商工業改革で共産党は、“資産階級と労働階級は本質的に不一致だ。1つは搾取階級、1つは搾取される階級である。

資産階級の搾取は生まれついてのものであり、死しても変らず、消滅させることはできても、改造することはできない”と公言した。この前提で、資本家と商人に対する改造は更に重くなり、「殺人」と「心を殺す」二つの方法が併用された。

屈辱に耐え切れず自殺した人も多数いる。当時の上海市長・陳毅は、「今日はどれだけのパラシュート兵がいたか?」と毎日尋ねていたという。つまりどれだけの資本家が、飛び降り自殺したのかという意味である。このように、中国共産党は私有制を一気に消滅させた。

■反右派運動――全国規模の洗脳で手下にする

毛沢東は1957年、中国で「百花斉放、百家争鳴」をスローガンに、中国の学者と大衆に「共産党の整風(綱紀粛正)を助けよう」と呼びかけた。その意図は、「党に反対する者」を引き出すことであった。毛沢東は、各省の党委員会書記への手紙の中で、整風を言いつつ「蛇を穴から引き出す」という意図を伝えていた。

その時、人々に自由に発言させるために作られたスローガンがある。「弱点につけこまない、打撃を加えない、帽子(レッテル)をかぶせない、後から追求しない」。結局、一度の反右派闘争で55万人の「右派分子」が確定した。27万人が公職を失った。23万人が「中右分子」と「反党反社会主義者」と決められた。

こうして、一部の学者は日和見的となり、権力になびく二重人格となった。常に「赤い太陽」に追随して、共産党の「御用学者」となり、中共の言われるままとなった。他の学者は、孤高を保ち、政治からは距離を置いた。国家に対して、伝統的に強い責任感を抱いていた中国の知識人たちは、それ以来沈黙を続けている。

■大躍進――集団嘘の大爆発

反右派運動の後、中国は事実を恐れるようになった。嘘に耳を傾け、出鱈目な話をでっち上げ、デマと偽りの行為で真実を避け、覆い隠していた。大躍進は、全国範囲の集団嘘の大爆発であった。全国民は、共産党という邪霊の導きに従い、馬鹿げたことをするようになった。

嘘をつく者も騙される者も、自らを欺き人をも騙すようになった。この嘘と愚行の中で、共産党の暴虐な邪気は、全国民の精神にまで入り込んでいった。それによって深刻な大飢饉となり、餓死者が野に溢れ人民は生きた心地がしなかったのである。

誰もが毛沢東の大躍進は荒唐無稽で、独断専行だと知っていた。 しかし、毛沢東を支持するかどうかは、「忠」と「奸」を分ける生と死の境界線であった。

■文化大革命――天地が逆転する

文化大革命は、共産党という邪霊が全中国に取り付いて起した大事件であった。1966年から中国大陸を暴虐の嵐が襲い掛かった。赤色恐怖が荒れ狂い、山は震え、河は凍えた。作家の秦牧はかつて、中国の文化大革命を次のように絶望的に表現している。

「これは本当に前例のない大災害だ。数百万人が巻き添えになり、数百万人は恨みを持ったまま死に、多くの家庭はばらばらに崩れ、少年たちは悪辣な浮浪者になり、書籍は焼かれ、名所旧跡は破壊され、先賢の墓は暴かれ、革命の名の下で罪悪が行なわれていた」。

控え目にみても、文化大革命中の虐殺被害者は773万人に達している。

1966年8月、北京紅衛兵は「送還」を名目に運動を展開、悪人、右派、資産家、反革命とみなされた者を、強制的に北京から農村へ追い払った。

政府の不完全な統計でも、当時3万3695戸の北京市民が家財を差し押さえられ、8万5196人は本籍所在地に戻された。この手口は急速に全国の大都市に広がり、40万人の都市住民が農村へと送還された。地主出身の共産党幹部の親でさえ、免れることがなかった。

文化大革命中の暴力、殺戮に関する重大事件は、すべて国家機関の行為であり、共産党の指導者による暴力迫害を放任し、利用した結果、庶民が惨殺されたのだ。

人々はその時に熱狂的に興奮するか、あるいは無感覚になるかで、完全に共産党の邪霊にコントロールされていた。嘘を捏造し、嘘を我慢し、嘘に頼ることは、すでに中国人の生活方式になっていた。

■全国規模の洗脳

共産党統治の残酷さは、肉体に対するものだけではない。人間独自の判断能力を奪い、または独立な見解を持っていても発言できなくし、「国民を生活の平穏さのみを求める弱者」にすることに重点がある。

社会の一人一人を洗脳することにより、共産党と同じことを思い、同じ話題で話し、共産党の思うままに操られる。あることわざのように、「共産党の政策は月と同じで、一日と十五日は形が違う」とあるが、政策が目まぐるしく変わったとしても、人民はそれに追随しなければならない。

55年に及ぶ暴虐的な統治を経験した今日の中国人は、思想面で「地面に丸を書いて牢とする」状態にあって、共産党が規定した固い枠にはめられているとも言える。枠より少しでもはみ出れば、命の危険に曝される。数多くの革命・運動の後、中国では愚昧が知恵とされ、忍ぶことが生きていく為の術となっている。

このように共産党の馬鹿げた、残酷、卑怯な洗脳は、あらゆる面に満ちている。それが中国社会の価値観を倫理道徳観念の根底から壊し、中華民族が古来有していた行動基準と生活方式を崩した。共産党は、自分たちの思想に唯一の正当性を与えるために、国民に対して、肉体と精神面での侵害を絶えず行ってきたのである。 ・・・

中共が存続する限り、自由、民主、人権、法治はもたらされない。史上最大の悪の帝国を一日も早く崩壊させることが世界の使命である。(頂門の一針)>

杜父魚文庫
| 平井修一 | 03:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







出口が見えない欧州不況  平井修一
失業率から見ても欧州の経済低迷は深刻だ。世界経済にも大きな影響を及ぼしており、出口が見えない状態である。

OECD加盟国の失業率ワースト20(%、2012.2)

1 スペイン 23.6
2 ギリシャ 19.9
3 ポルトガル 15.0
4 アイルランド 14.7
5 スロバキア 14.0
6 エストニア 11.7(2011.12)
7 ハンガリー 11.0
8 ポーランド 10.2
9 フランス 10.0
10 イタリア 9.3
11 スロベニア 8.7
12 イギリス 8.3(2011.12)
13 米国 8.3
14 トルコ 8.2(2011.11)
15 デンマーク 7.9
16 スウェーデン 7.5
17 フィンランド 7.4
18 エストニア 7.4
19 カナダ 7.4
20 ベルギー7.2

ユーロ圏17か国 10.8
EU27か国 10.2
                  ・・・

ちなみに日本は4.5%、韓国は3.7%、オーストラリアは5.2%で、これに比べて欧州各国の失業率の高さが際立っており、緊縮策により景気浮揚ができずに苦闘しているようだ。CNNがこう報じている。

<2012年10月のEU全体(27カ国)の失業率は10.7%で、前月比で0.1ポイント増。失職者は2590万人で、過去1年では約220万人膨らんだ計算。歳出削減、増税や債務返済のための緊縮策を打ち出すギリシャ、ポルトガルやスペインの増加率が高かった。

ギリシャの失業率は25.4%。最悪はスペインの26%余で、今後さらに上昇する可能性が指摘されている。EUはスペインの銀行救済に乗り出しているが、見返りの条件として従業員削減などの合理化実施を要求している>

ガーバゲンニュースによると、失業問題の中でも特に問題視されているのが、若年層の失業率。2012年8月の統計では、25歳未満の失業率はEU27か国で22.7%を記録しており、5人に1人以上が失業状態。

中でもギリシャの55.4%、スペインの52.9%を筆頭にポルトガルやイタリアなど、経済的に弱い国や労働市場での問題点を抱える国での高さ、急激に経済が冷え込んだ国の失業率増加が確認できるとしている。

財政赤字を減らすためにはリストラをせざるを得ず、若者にそのしわ寄せが集中している。ギリシャ、スペインでは若者の半分が失業しているのだから最早異常だ。欧州経済再起までの道のりは長い。(頂門の一針)

杜父魚文庫
| 平井修一 | 12:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







「中核派」中堅幹部の30年  平井修一
「狂おしく悩ましく――『前進』編集局員の事件録」というブログをざっと読んだ。『前進』とは中核派の機関紙である。このブログは同名の著書を元にしたものだ。前口上にはこうある。

<1966年、大学入学のその日から、私は学生運動に飛び込んだ。以来95年まで、横浜の職場で働き、さらに『前進』編集局員として「2つの戦争」を戦った。青年時代から30代、40代。等身大の「中核派・私論」です>

著者はほぼ30年間を中核派として過ごした活動家である。中堅幹部と言ってよいだろう。小生は同じ中核派でも一兵卒であり、将棋の「歩」で、2年間で中核派からも新左翼からも離れた。中核派へのシンパシーはあったが、党の主張以外の言論を認めないという共産主義に幻滅したことが大きかった。

著者の名前は分からないが、彼は現場の第一線から“出世”して1978年に『前進』編集局員になったが、95年のある日、幹部から編集局員解任を告げられる。

<「邪魔だ、解任だ」ということか。「ほっとした」。ようやく「サティアン」から逃れられる。ようやくだ……。憤慨するか落胆する所か、とは思ったが、実際には嬉しかった。「これで中核派とはおさらばだ」>

上への批判が許されない世界に疲れ果てていたのだろう。しかし、何のための30年だったのだろうという総括をし、リセットしなければ生きてゆけるものではない。だから著書を刊行し、ブログも書いたのだろう。

<私は今、タクシー乗務員だ。この原稿のほとんどは仕事中に書いた。駅やホテル、オフィスビルでお客さんを待つ間に、せっせと書きつけた。休みの日に、赤入れする。

事実について、出来るだけ当時の思いを基に書く事に努めた。論じるのは他人に任せよう。「1次資料」として使えるものにしたい。そして、多くの人々が体験を出し合う中から、全体像が出て来ればいい。

私自身、この手記を書くことで、自分自身のリハビリとした。恥をかき軽蔑される過程が必要なのだと思う。その中にこそ生きた証がある。

私は私の歩んできた道を悔いてはいない。たとえ誤った道であったとしても、そこには他に得難い、熱い日々があった。やはり巨大な歴史ではあったのだ。

「中核派」は、今でも私の心の故郷だ。「故郷は遠きにありて思うもの」、いい詩だ>

著者は1947年生まれの団塊世代だから今は65歳だ。31歳で6年間の結婚生活を終えているから今は独居か。今日もタクシーを運転しながら来し方を振り返っているのだろうか。(頂門の一針)

杜父魚文庫
| 平井修一 | 13:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







テレビと認知症 関係ある   平井修一
人は好き好きだからどうでもいいが、小生はテレビを見ない。嫌いである。視聴していると自分が受信機になった気がする。脳みその思考がストップして、創造力が衰える気がするのだ。

All Aboutがこう紹介している。

<「テレビを見ると脳が活性化される」かつて巷でそんなことが信じられていたこともありました。しかし、最近の研究では、長時間テレビを見る習慣は認知症リスク度を高めることが明らかとなっています

一日、6時間以上テレビを見ると、ボケの危険度はなんと1.5倍になるというデータもあるほど(エイチアンドアイ「健康365」2004.9)。これはいったいなぜなのでしょうか。

テレビを見ている間、わたしたちの脳の状態は受身になります。ちょうどBGMを聞きながらぼうっとしているのと同じことです。視覚、聴覚は刺激を受けますが、この間、「思考」「認識」「記憶」「会話」といった高度で能動的な脳内ネットワークが休みっぱなしとなってしまうのです>

危険はテレビだけではない。パソコン、将棋、囲碁といった、思考力を必要とする作業、遊びならよいのか?といえば、それがそうでもない。「思考」という、脳の狭い分野のみしか刺激しないため、脳細胞全体を活性化することはできないという。

偏った脳の使い方ばかりしていると、それだけ認知症リスク度が高まってしまうそうである。

簡単にできる効果的な認知症予防法は、友人や家族との会話、軽い運動をするのがおすすめだという。血流が活発になり、脳細胞に新しい酸素や栄養が流れ込むため効果的だそうだ。

脳を働かせ、運動していれば長生きするかというと、それは神のみぞ知る。

小生は木原光知子(美知子)を思い出す。水泳選手で、高校在学時に東京オリンピックに出場し「ミミ」の愛称で一躍アイドル選手となった。競技を引退後はタレント・実業家・スイミングアドバイザー、「ミミスイミングクラブ」創立者として活躍した。

ところが2007年10月13日、親子水泳教室の指導中に倒れ、意識不明のまま同18日、クモ膜下出血のため死去。59歳という若さだった。

スポーツ選手は一般人に比べると、肉体の故障が多く平均寿命も短いという。運動はほどほどに、ということで、テレビやパソコンもほどほどにしたほうがいいのかもしれない。(頂門の一針)

杜父魚文庫
| 平井修一 | 11:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







13世紀に遡る眼鏡の歴史  平井修一
カミサンは老眼鏡を沢山持っているが、ぴったり合うのは2つしかなく、職場と自宅に置いている。自宅用のお気に入りの老眼鏡のネジが外れてしまった、直してくれという。老眼鏡が使えないから自分では直せないのだ。ピンセットを使ってどうにか直してやった。

人は加齢とともに視力も落ちる。ある調査によると、日本人で眼鏡・コンタクトの両方または一方を利用している人は7割強、まったく利用していない人は3割弱である。多くの人がレンズで視力を矯正しているのだ。

東京メガネミュージアムによると、紀元前の古代から、ある種の石がレンズとして使われていた。現存する最古のレンズは、紀元前700年頃のニネヴェ(現在のイラク北方、アッシリアの古都)の遺跡から発見されている。

このレンズは研磨された水晶の平凸レンズで、用途は太陽熱を集めるためのものであり、視力を助けるためのものではなかった。

適度にカットされた光学レンズを使うと視力が助けられる可能性を最初に発表したのは、アラビアの数学者であり、物理学者、天文学者でもあったアルハーゼン(956頃−1038)だ。

13世紀の中頃になると、彼が書いた著書に触発されて各地で眼鏡の開発が盛んになり、視力を補う目的としての一番最初のレンズはリーディングストーンというもので、13世紀中頃にドイツで、ある修道士によって開発された。

それは石英または水晶でできた平凸半球型のレンズで、物体を拡大して見る現在の拡大鏡(ルーペ)のようなもので、 本の上に直接のせて使用されていたと思われる。

眼鏡が発明された時期は1285年前後で、その背景にはイタリアのベニス地方におけるガラス製造技術の発達がある。

眼鏡の日本への伝来は1551年(天文20年)、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエル(1506−1552)が来日し、周防(山口県)の国主・大内義隆(1507−1551)に献上したものが、その最初とされているが、現物は残っていない。

また、室町幕府12代将軍・足利義晴(1511−1550)が所持していたという眼鏡が残っており、一部には、これが現存する日本最古の眼鏡のようだ。徳川家康(1542−1616)が使ったという眼鏡は静岡県・久能山東照宮にある。

これらの眼鏡はみな、手で持って見るタイプのもので、現在のように耳に掛けるタイプが出てくるのは、ずっと後になってからのことだ。

17世紀になると、西洋では眼鏡を紐で耳に掛けるタイプのものが出てき、この頃になると、今まで輸入品にたよっていた日本でも、長崎で初めて眼鏡が作られるようになった。

この頃になって、鏡を磨く人、つまり鏡師たちが段々眼鏡レンズなども磨くようになり、17世紀の終わり頃からは、眼鏡を売る店が京都、大阪、江戸に出店するようになる。ただ、眼鏡だけでは商売にならず、他の物と一緒に商売をしていた。

19世紀になると、諸外国でいろいろなタイプの眼鏡が作られるようになる。鼻に挟んで使用するパンスヌと呼ばれる鼻眼鏡(日本では吉田茂元首相が掛けていた)や、ヨーロッパの貴婦人たちが愛用したローネットと呼ばれる長柄手持ち式の眼鏡、また、現代の眼鏡にもあるが、耳に掛ける部分が巻きつるになっているタイプなども作られている。

冒頭のアンケートに戻ると、眼鏡・コンタクト利用者7割強のうちわけは、「眼鏡・コンタクト併用」28.1%、「コンタクトだけ」2.3%、「眼鏡だけ」42.1%であり、全体の7割は眼鏡を利用していることになる。外ではコンタクト、自宅では眼鏡といった使い方が多そうだが、日本人は眼鏡好きと言えるかもしれない。(頂門の一針)

杜父魚文庫
| 平井修一 | 15:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







当てにならぬプロの選挙予測   平井修一
2012総選挙の結果はこうだった(カッコ内は選挙前議席)。

民主57(230)、自民294(118)、未来9(61)、公明31(21)、維新54(11)、みんな18(8)。

自民・公明で325議席、民主・国民で58議席で、自公の圧勝だ。政治評論家は上記の選挙結果を事前にはどう予測していたのだろう。

■「毎日新聞」2012年9月5日

「民主党の獲得議席は2桁か、せいぜい100余り」。政治取材のベテラン3人は、まず、民主党が壊滅的な敗北を喫するという点で一致した。最も厳しい「80議席」を予想するのは政治ジャーナリストの角谷浩一さんだ。

「民主党も駄目なら自民党も駄目、既成政党はもう嫌だという有権者は多い」と野上忠興さんは、維新の会は119議席を予想する。

■「週刊朝日」2012年10月19日号

森田実「今の右傾化ムードが続く中で衆院選に突入すれば、民主党は86議席と3ケタに届かず、自民党は234議席に倍増すると見ています。31議席の公明党と合わせると265議席となり、安定多数を確保するでしょう。

維新の会は勢いが若干しぼみつつあって61議席にとどまり、みんなの党は28議席、小沢一郎代表率いる国民の生活が第一(未来)は20議席程度になるでしょう」。

田崎史郎「自民党の第1党は揺るがず、今の雰囲気のままいけば、200議席を超えてくると思います。民主党は90議席程度、維新の会は70議席弱、公明党とみんなの党はそれぞれ30議席前後、生活は20議席ほどではないかと見ています」。

■「週刊現代」2012年11月17日号

維新の会や石原新党など、いわゆる「第三極」の連携が、総選挙前にできるかどうかがポイントです。もし連携できれば自民党は180議席程度に止まり、民主党は80議席以下、そして第三極の勢力が180議席くらい獲得できる。公明党が30議席を獲ったとしても、自公連立で衆院の過半数、という構図にはならない。

■「ZAKZAK」2012年7月25日

政治評論家の小林吉弥氏による政党別獲得議席予測では、大阪市の橋下徹市長率いる「大阪維新の会(維新)」が110議席を獲得して大躍進し、民主党は2ケタまで落ち込むという。

自民党は「小選挙区144、比例区48の192議席」と予測した。73議席増だが、単独過半数には49議席足りない。

結果は自公で絶対安定多数の325議席へ大躍進、維新は伸び悩みの54議席、一方で民主57議席、小沢一郎系の未来は9議席という大敗北。政治評論家とは言いながら、ほとんど予測は外れている。

選挙は水物ということか、それとも評論家の能力が至らないのか。要は「当てにならない」とうことだ。(頂門の一針)

杜父魚文庫
| 平井修一 | 15:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







「断を下す」政治を期待する  平井修一
童門冬二著「戦国名将一日一言」から――

毛利元就は、よくこういうことを言った。

「トップが人を用いる時に、考えなければいけないことがある。それは、誰からも誉められる者を、決して重い役につけてはならないということだ。その理由は、誰からも誉められる者は、断を下せないからだ。

誰からもよく思われようとすると、たとえ悪事をした人間に対しても情け深くなる。そのために、評判はよくなる。しかし、公平を求める人間からは批判される。

したがって、真面目な者がしだいに仕事をしなくなる。こういうことを防ぐためには、やはり癖があっても、あるいは一部で批判があっても、そういう時に断を下せる者を用いるべきだ」

現在のビジネス社会でも、よく″大過なくすごす″ということをモットーにしている人がいる。元就にいわせれば、

「そんな人間は、毒にも薬にもならない。いてもいなくてもいい」

ということになる。元就がもっとも嫌ったのが“家中無事”という言葉だった。元就は、「家中無事は、やがて家の乱れるはじまりだ」と戒めていた・・・

「安心・安全な国」、いわば“家中無事”を願ったところで災難はやってくる。自分で自分を守る安全保障の覚悟が必要で、そのためには何をすべきかを考え、実行していくのが肝腎だ。他力本願で、お題目のように「安心・安全」を唱えたところで無意味である。人災、天災は日本を避けてはくれない。

再チャレンジの安倍新政権には朝日新聞をはじめとする反日マスコミという敵が手ぐすね引いて倒閣の機会をうかがっているだろうが、その圧力に屈せず、また世論とか民意というあやふやな感情に流されたり、阿(おもね)ることなく、国家百年の計で「断を下す」政治を期待したい。

危機を突破し、力強い日本をとりもどすためには、強引なほどのリーダーシップが求められている。野田佳彦は誰もできなかった消費税増税と、解散反対の声を押し切って民主党を政権党から引きづり降ろしたことで名を残した。安倍晋三は何をもって名を残すのだろうか。命懸けで奮闘してほしいものである。(頂門の一針)

杜父魚文庫
| 平井修一 | 12:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







CALENDAR

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< August 2020 >>

SEARCH

SELECTED ENTRIES

RECENT COMMENT

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE