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吉良邸から泉岳寺まで 西村眞悟
今朝も、いつものように、仁徳天皇陵にご皇室の弥栄と日本国の安泰を祈った。午前六時。不思議なもので、子供の頃の仁徳天皇陵は、ふな、こい、台湾ドジョウ、ナマズ、うなぎ、金タイ、亀を捕る遊び場だったが、いつの間にかお参りする処となっている。

そのころは、白鷺が何千羽と仁徳天皇陵周辺にいた。田圃や池や堀に、無数の白鷺を養う、ふなやドジョウがいたからだ。今は、田圃はなくなり白鷺はいない。代わりに多くのカラスがおる。家庭や飲食街の生ゴミがカラスを養っているのだろう。

本日は、午前八時に家を出て、西村塾の人たちと、両国で待ち合わせ、本所吉良邸から高輪泉岳寺まで、赤穂浪士の引き上げルートを歩く。歩いてから、ビールを飲む。もちろん、途中で飲む者もいる。何故、ええ歳をしてわざわざ東京まで行って「歩く」のか。

それは、以前彼らと食事をしていたとき、何の拍子か、「よっや、赤穂浪士の道を、歩こう」と言ったのが現実になった、というだけのことだ。何であれ、言ったことを実行する、単純でいいではないか。

そこで、今朝、仁徳天皇陵からの帰途、赤穂浪士の吉良邸討ち入りに縁が通じる人々を思い浮かべてみた。

すると、近世の日本のアイデンティティーの自覚から、二十世紀の我が国の運命にも係わってくる、壮大な広がりがあることを感じた。それは、江戸時代初期の学者である山鹿素行から乃木希典を経て昭和天皇に至る。それを、書いておきたい。

山鹿素行は、朱子学を主流とする江戸から追われ赤穂に配流された軍学者である。

彼は「中朝事実」を著し、中華は支那にあらず、我が日本である。何故なら、支那では家臣が帝を殺して帝となる易姓革命が繰り返されているが、我が国は、一度もそのようなおぞましいことはなく、万世一系の天皇のもとにあって、君臣の道は定まっている、と説いた。それ故、異端とされ、播州の赤穂に追放された。

しかし、赤穂藩はその山鹿素行から学び、吉良邸討ち入りを主導した大石内蔵助は山鹿流軍学を修得する。当然、赤穂藩主も山鹿素行に学び、尊皇の志を強くもつに至る。

他方、徳川幕府の朝廷への対応は、大名を天皇に近づけないで、朝廷に力を持たせないという方針である。
 ここに、幕府の方針を体現して勅使への対応を準備する高家筆頭の吉良と山鹿素行に学んで尊皇の志を強くもつ赤穂藩主淺野の確執が生まれる。これが、松の廊下の刃傷の遠因だと推測する。

そうであれば、つまり、藩主が尊皇の志の故に吉良を許せぬとして殺そうとしたのであれば、それは、もはや私闘ではなく、天下のことであり、家臣としては何としてでも、尊皇の藩の武士の意地にかけて主君の志を遂げねばならない。

そこで、山鹿流軍学を学んだ大石内蔵助は、師匠を追放した江戸において、正々堂々と山鹿流陣太鼓を打ち鳴らして吉良の首を頂きに行く。これが討ち入りであった。

また、山鹿流軍学を伝える家が萩にもあった。吉田松陰の家である。吉田松陰は、叔父の玉木文之進に厳しく鍛えられ、乃木希典も玉木から鍛えられ山鹿流軍学をたたき込まれる。

また、江戸の長州藩邸で生まれた乃木希典は、幼少の頃、朝四時に起こされて月に一度、父乃木希次とともに高輪の泉岳寺に参ったという。

こう考えれば、乃木希典の日露戦争における旅順要塞への攻撃は、大石内蔵助同様、正々堂々たる討ち入りのようだ。

そして、この乃木希典は、学習院院長として、大正元年九月十二日、つまり崩御された明治陛下の跡を追って殉死する前日、山鹿素行の「中朝事実」を皇太子になられた後の昭和天皇に、目に涙を湛えて渡したのである。昭和天皇も、山鹿素行に学び「中朝事実」を読まれたのだ。

さらに、この赤穂浪士の討ち入りの物語を、少年の頃、セオドア・ルーズベルトが読んだ。セオドア・ルーズベルトは、アメリカ大統領として、日露戦争における日露講和条約を斡旋して停戦を実現したのであるが、記者に「何故、大統領は日本が好きなのか」と聞かれ、「少年の頃に読んだ、赤穂浪士の物語に、血湧き肉躍ったからだ」と答えた。実に、赤穂浪士の討ち入りは、二十世紀初頭の日露戦争の帰趨にも影響を与える叙事詩なのである。

と、言うわけで、本日、これから、その道を歩くために江戸に出発する次第です。

杜父魚文庫
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