<< 野田政権に求められる国防政策刷新  桜井よしこ | main | 湖州暴動は「人頭税」ならぬ「ミシン税」という暴挙へ民衆の怒り爆発 宮崎正弘 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |







亀井の「対米自立」とTPP 岩見隆夫
国民新党の亀井静香代表は、日ごろから、「小沢さん(一郎・民主党元代表)とは、けんかをして手を握って、けんかをして手を握って、いま2巡目なんだ」

などと言っている。たしかに、自民・社会・さきがけ3党連立(94年)では、村山富市擁立の亀井と、海部俊樹擁立の小沢が鋭く対立した。しかし、小渕政権下、自民・自由連立(99年)になると、一転、亀井の仲介で反小沢の野中広務官房長官と小沢自由党党首が会っている。

2巡目かどうか、この20年ばかり、政界が波立つと、必ず渦中に2人がいた。いま、亀井74歳、小沢69歳、老練の舞台回し役が、国難のなか、最後の謀(はかりごと)を巡らせているかのようだ。

さて、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)政局である。民主党内の対立激しく、野田佳彦首相の融和策に乗る裁判中の小沢は情勢観望、連立与党の亀井が反対の急先鋒(せんぽう)に回った。

もともと亀井は郵政改革ともう一つ、対米自立を唱えてきた。民主党政権の誕生は、長年自民党政権が過度の対米依存に浸ってきた状態から抜け出す好機とみて、政権発足前の09年5月訪米。米政府高官に、

「従来のように米国が勝手に方針を決定して、日本はそれに協力しなさい、と言われても、新政権下ではそうはいかない」と宣言し、

「在日米軍を使って新政権を倒すことなどできない。亀井をCIA(米中央情報局)が暗殺しない限り、新政権の動きを阻止することなどできない」と息まいてきたという。

暗殺まで口にしてタンカを切る。この直情径行、幕末の尊王論者、吉田松陰がペリー再来(1854年)の折、密航を企て黒船に乗り込もうとした無謀をほうふつさせる。

亀井が言う。「鳩山由紀夫首相が<対等な日米関係>を言ったのは、歴代首相のなかで初めてだった。私は長期間続いた対米従属政治から決別するのを期待したが、普天間問題でつまずいてしまった。

TPPはアメリカが自国の利益のために戦略的に進めていることだ。にもかかわらず、菅直人首相はまるで小学生のように、アメリカの言うがまま、前のめりでTPPに乗ろうとした。自民党時代と同じ体質だ」(「月刊日本」10月号インタビュー)

3人目の野田首相に亀井は、「日米関係は大事だが、アメリカが日本に十分配慮してこそ、真の友好関係は成り立つのだ。日本が一方的にアメリカの顔色を窺(うかが)い、気持ちを忖度(そんたく)して政策を決めるようでは、真の友好関係は築けない」

と意見し、野田は、「わかっています」と応じたという。

しかし、顔色、気持ちとなると、立場によってどのようにも映る。対米自立か対米依存(従属)か、戦後日本が抱えてきた悩ましいテーマだ。

それが、TPPをきっかけに前面に出てきた。国論二分、佐幕か勤王かみたいな騒動になりかけている。亀井に問うてみた。対米自立はだれもが望んでいることだ。TPPという土俵の上にあがって、米国と対等に渡り合うことはできないのか。

「それはだめだ。ワンサイドゲームになる。いままでの日米交渉の経過をみれば明らかだ。性善説ではいけない」

野田はすでに交渉参加のハラをくくっているという。だが、来月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議で、日本が参加を表明したとしても、それでTPP政局は鎮まりそうにない。

年末にかけ、政界が荒れる。(敬称略)

杜父魚文庫
| - | 07:44 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |







スポンサーサイト
| - | 07:44 | - | - | pookmark |







コメント
永遠に待ちの政治では、迅速な対応はできない。どこまでも停滞気味である。元来のんきな性格のためか、自分自身は無為無策でありながら、棚から牡丹餅の落ちてくることを熱心に期待している。

現実の内容は、「世の中は、、、、、」の内容であり、理想の内容は、「あるべき姿」の内容である。これは非現実である。
日本語には時制がなく、日本人は現実 (現在) と非現実 (過去・未来) の世界を独立させて並行して言い表すことが難しい。
非現実 (理想) に向かうための現実対応策が語れない。
現実から理想へと一足飛びに内容が飛ぶ。言霊の効果のようなものか。その過程が明確にされない。

時制を考慮することなく自分の思った内容を述べようとすると、現実肯定主義派と空理空論 (曲学阿世) 派のどちらかに分かれることになる。
これでは政治音痴は止まらない。
両者は話が合わない状態に陥り、議論ができない。そこで、悪い意味での数合わせで、民主的に、物事を決するしかないことを日本人は心得ている。
だから、多数がとにかく足並みをそろえる大連立の構想には意味があると考えられているのであろう。

守旧派の世界は理想的ではないが、過不足なく成り立っている。革新派の世界は穴だらけで成り立たないことが多い。
安心と不信の背比べである。だから、政治家は静観が多く、意思決定には手間を取る。
静観には現在時制を働かせるだけで十分であるが、意思決定に至るには意思(未来時制の内容)の制作が必要になる。
意思の制作に未来時制が必要であるということは、自分が意思を作って示すことも他人から意思を受け取ることも難しいということになる。
つまり、社会全体が意思疎通を欠いた状態のままでとどまっているということである。
それで、勝手な解釈に近い以心伝心が貴重なものと考えられている。

時代に取り残されるのではないかという憂いが常に社会に漂っている。
英米人の政治哲学に基づいて次々と繰り出されてくる条約締結の提案には、ただたじろぐばかりである。
自分たちには、哲学がない。理想もなければ、それに向かって踏み出す力もない。
筋道を明らかにされることのない指導者からの励みの要請に民は閉塞感を持っている。玉砕戦法のようなものか。
だから、我々は耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ必要に迫られることになる。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


| noga | 2011/10/31 4:27 PM |
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://kajikablog.jugem.jp/trackback/999596
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>

SEARCH

SELECTED ENTRIES

RECENT COMMENT

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE