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「角栄の恋文」はまるで嘆願書 岩見隆夫
いわゆる男女問題は記事にすべきでない、と私は言ってきた。のぞき見趣味の週刊誌と新聞は違う。だから、一九八九年、就任早々の宇野宗佑首相に東京・神楽坂の元芸者が噛みついたトラブルを『サンデー毎日』が特集しようとした時、私は、

「ヘソ下のことは書くな」と強く反対した。『サンデー毎日』は毎日新聞社発行の週刊誌であり、当時私は同社編集局の政治担当局次長をしていた。しかし、編集長は、

「もう輪転機が回っていますから」と掲載を強行し、宇野さんは辞任に追い込まれた。宇野さんはすでに故人だが、申し訳ないことをした、といまでも思っている。

その何年か前だが、『毎日新聞』のスター記者といわれたN君が、創価学会の池田大作会長をめぐる女性問題を月刊誌に書こうとしている、という情報が、そのころ秘書室長をしていた私の耳に入った。その時も、N君に、

「やめなさい」と何度も忠告した。N君とは次のようなやりとりがあったと記憶している。

「ちゃんとした根拠があるのか」
「学会の元弁護士のYから聞いた話だ」
「人の名誉に関することを、そんな間接情報ではだめだ」

「いや、書く」
「間違ったらどうする」
「その時は訂正すればいい」

「話にならん。とにかく、新聞記者は人の運命にかかわるようなプライバシーを軽々に字にしてはいけないよ。自分の女性問題を書かれた時のことを考えてみろ」
「あんたは田中角栄の女のことを知ってるだろ」
「知ってる」

「なぜ書かないんだ」
「同じ理由だよ。田中のプライバシーだ。政治と関係ない」
「だから、あんたは三流の政治記者と言われるんだよ」

 物別れに終わった。N君は、「毎日新聞記者」として書くのは控えてほしい、という私の求めだけは容れて、「ジャーナリスト」の肩書と実名で暴露記事を月刊誌に載せた。N君はそれがもとで社を去ることになる。すでに亡くなっているが、残念なことだった。

退社後、N君は週刊誌に、〈秘書室長に恫喝された〉などと手記を書いた。怒鳴り合いにはなったが、一方的な恫喝ではない。

二つの女性記事とも、私が反対した理由は同じである。公人にプライバシーはないという意見もあるが、程度問題だ。いわんや男女関係はすぐれて私的な世界で、外側からは捕捉しがたい。法律に触れるとか、社会秩序を著しく乱す場合は別だが、宇野さんと元芸者にしてもそのケースではなく、

「あんな男が総理大臣になるなんて許せない」という私憤がきっかけだった。

◇政治家像は元のまま 垣間見える男の一面

ところで、N君が持ち出した田中角栄元首相の女性問題だが、それ以前の七四年、月刊誌『文藝春秋』に児玉隆也さんが「淋しき越山会の女王」を書き、田中さんの愛人で金庫番だった佐藤昭さんは周知の人になっていた。

同誌には同時に立花隆さんが土地ころがし金脈を追及した「田中角栄研究」を発表したが、それよりも田中首相は「越山会の女王」のほうがこたえたらしいという噂だった。私がN君に「知ってる」と答えたのは、別の女性のことである。

そのうち、野党が田中金脈追及で気勢をあげ、佐藤昭さんを参考人として国会に呼ぶ、という話が出るに及んで、田中さんの悩みは一段と深くなったらしく、ついに、退陣に至った。七四年暮れのことである。

「昭さん国会喚問の動きで、角さんはガクッときた。あれが辞任を最終的に決意させたんだ」という話を当時何度も聞かされたが、真偽のほどはわからなかった。すべては田中さんの心中の葛藤に類することで、そのあたりは、田中さんが何も語っていないので知る由もなかったのだ。

しかし、首相の進退までかかわってくると、女性問題を超えて政治動向に大きく響いてくる。先述したように、男女関係はすぐれて私的な秘めごとであり、それを白日の下にさらすことによって、政治が振り回されるのが好ましくないのは言うまでもない。田中さん、宇野さんと二度起きた。それ以後はない。

しかし、白日の下にさらすといっても、どこまで核心に触れているかわからない。田中さんの死後、佐藤昭さんは『私の田中角栄日記』という本を出版した。それを読むと、二人三脚で首相まで上りつめたサクセスストーリーが誇らしく綴られている。

田中さんは愛人でかつ有能な伴走者に恵まれたんだなあ、しかし、その女性で最後は足もとをすくわれた、と私は大まかに理解していた。佐藤さんは陰の身でありながら一心同体のように田中さんに尽くしきった古風な女性、とも想像していた。その佐藤さんも昨年亡くなった。

さて、今回、意表をつくように、『文藝春秋』十一月号が、「独占公開 田中角栄の恋文』を載せた。佐藤昭さんと田中さんとの間に生まれたとされるあつ子さんの二人に宛てた手紙とハガキで、公開したのはあつ子さんである。

公開に当たって、あつ子さんの相談相手になったのが、三十七年前、田中さんを退陣に追い詰めた立花隆さんというのも不思議な話だが、それはともかく、一読の値打ちはある。

どんな値打ちかと言えば、即断即決、「よっしゃよっしゃ」のコンピューター付きブルドーザーといわれた角栄観が少しばかり変わる。だが、それは〈男と女の関係〉のなかで垣間見えた男性の一面でしかなく、恋文といった文学的なものでもない。しいて言えば、佐藤昭さんの魅力に金縛りにあった田中さんの嘆願書みたいなものだ。

解説した立花さんは〈歴史の一級資料だ〉と最大の評価だが、それほどではない。恋文は甚だ歯切れが悪い。とはいえ、政治家・角栄のイメージは、多少減点だが、ほぼ元のままである。(サンデー毎日) 

杜父魚文庫
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