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正義が人を殺すとき 伊勢雅臣
■1.「政治家が無能なことを嘆くだけでは何も変わらない」

ある青年がいる。早稲田大学政治経済学部を卒業後、国防の最前線で働きたいという強い愛国心から海上自衛隊幹部候補生となり、江田島での激しい訓練、遠洋航海を経て、三等海尉に任官した。

ところが彼は途中で退官し、故郷の弘前市の市会議員選挙に出馬した。自衛官として順風満帆と言ってよい出世街道を歩んでいたのに、それを捨て、当選するかどうか分からない選挙に捨て身で挑戦したのだった。なぜか。彼はその思いをこう語っている。

「自衛隊は志気も高く、素晴らしい集団だが、それを運用する政治家たちのレベルが低すぎ、危機の際に対処できない。政治家が無能なことを嘆くだけでは何も変わらない。自分は非力だが、故郷の弘前に帰り、政治家としての日本の役に立ちたい」。

無謀な挑戦だったが、弘前の心ある人々に支えられ、当選を果たし、政治家の道を歩む準備として、参考になる古典を紹介して欲しいと、友人で政治哲学を専攻している秀明大学助教・岩田温(あつし)氏に依頼した。

この青年に限らず、真剣に日本の政治を考える人々のために、岩田氏が、現実の様々な政治問題を取り上げつつ、政治哲学の古典の根幹を分かり易く説いたのが、『逆説の政治哲学 正義が人を殺すとき』である。

■2.なぜ共産主義国では大量虐殺が起こるのか?

岩田氏が「正義が人を殺す」という、その典型例が、共産主義である。共産主義の研究書『共産主義黒書』では、いくつかの資料をもとに、共産主義によって合計約1億人が殺されたと報告している。その内訳は:

ソ連:2000万人、中国:6500万人、ヴェトナム:100万人、北朝鮮:200万人、カンボジア:100万人、東欧:100万人、ラテンアメリカ: 15万人、アフリカ:170万人、アフガニスタン:150万人、その他政権についてな
い共産党:1万人

我が国でも連合赤軍あさま山荘事件で、10人以上がリンチにより殺害されているが、このごくごく一部と言える。また我が国の近隣にはいまだ北朝鮮や中国など共産主義国があるので、他人事ではない。

これだけ世界中の共産主義国で同様の虐殺が起こっている以上、これは共産主義が持つ構造的な問題と考えざるをえない。

資本家による労働者の搾取をやめさせるという「正義」を追求する共産主義が、なぜ結果的にこれだけ多くの人を殺すという逆説が生み出されるのか。その悲劇を繰り返さないためにも、政治哲学が解明すべき重要研究課題である。

■3.「最低百人は絞首刑にすること」

共産主義がどのように大量虐殺を招いたのか。その一例として、岩田氏は、史上初の共産主義国家ソ連を作りあげた革命家レーニンが、クラーク(豊かな農民)の虐殺を命じた手紙を紹介している。

<クラークは最も野蛮で、最も粗暴で、そして最も残忍な搾取者である。これらの搾取者は、民衆が欠乏に苦しむさなかに裕福になった。・・・

人を陥れるこの蜘蛛のような奴らは、戦争によって貧困化した農民や、腹を空かせた労働者を犠牲にして肥えてきた。・・・

この吸血鬼のような奴らは貧しい農民を何度も隷従させながら、地主の土地をみずからの掌中に収めてきたし、今もそうしつづけている。こんなクラークに対して容赦のない戦争を!彼らを死に至らしめるのだ。>


そしてレーニンは次の4つの指令を出す。

<知られる限りのクラーク、金持ち、吸血鬼を、最低百人は絞首刑にすること(市民たちの目に触れさせるために、必ず絞首刑でなければならない)

彼ら(クラーク)の名前を公表すること
彼らの所有する小麦をすべて奪い取ること

昨日の電報通りに人質を指名すること。吸血鬼のクラークどもが絞め殺されている姿、そしてその末に死んだ屍体を、数百キロ四方の市民たちの前に晒し、みなが恐怖に震え、何が起こったかを理解し、叫び声を上げるような方法で行わなければならない。>

■4.新たに創り出された「正義」

共産主義は資本家階級の搾取を「悪」とし、そこから労働者階級を解放することを「正義」とした。したがって資本家階級を弾圧し、虐殺し、彼らの冨を奪うことは「正義」になる。

人を殺傷したり、冨を奪うことは、古来から常識的に悪とされてきたのだが、共産主義はその常識を覆して、虐殺が「正義」となる理論を生み出したのである。

この点はヒトラーのナチズムとそっくりである。ヒトラーはある演説で、こう言っている。「ユダヤ人は血を吸うヒルとして国民に取りつき、屍をつたって商売と政治に入り込むのである。・・・

万国の労働者よ団結せよ! というべきではない。戦いの叫びはこうでなければならない、万国の反ユダヤ主義者よ団結せよ!」

レーニンは資本家階級を敵としたが、ヒトラーはそれをユダヤ人に変えただけである。レーニンが資本家階級を大量虐殺したように、ヒトラーはユダヤ人を大量虐殺した。

■5.全体主義という「暴力機構」

資本家階級の敵視など、特定のイデオロギーを全国民に強制し、個人の自由や人権を無視する政治体制を広く「全体主義」と言う。

たとえば共産主義者が、資本家階級を敵視して、その生命や財産を奪おうとすれば、当然、資本家階級は防衛のために立ち上がらざるをえない。それを打倒して、共産主義者がイデオロギーを強制しようとすれば、階級闘争が発生することになる。

世界各地で、合計1億人が殺害されているのは、こうした全体主義が本質的に持つ暴力機構が、どこの国でも働いてしまうからである。

全体主義の暴力機構は、政権をとってからも止むことはない。全体主義研究の古典とも言われる『全体主義の起源』で、著者ハンナ・アレントは、こう指摘している。

<全体主義的独裁は足場を固めてしまうや否や、イデオロギー教義とそこから生まれた実際上の嘘を本物の現実に変えるためにテロルを使う。>

この一例として、スターリンは革命後も、敵対したり、自分の地位を脅かしたりする可能性のある人々を粛正し続けた。その中にはスターリンとともに革命を成し遂げたかつての同志もいた。

しかし歴史書にかつての同志の活躍が記されていると、不都合なので、スターリンはあらゆる歴史書の改竄(かいざん)を行った。同志と一緒に写っている写真からも、彼らの姿を消した。

全体主義者は政権をとった後も、一層、徹底してイデオロギーと自分の権威・権力を守るために、嘘を重ね、テロを続けていかねばならないのである。

■6.尖閣ビデオ事件に見る民主党の全体主義的体質

先に、共産主義の脅威は、我が国にとって他人事ではない、と書いた。アレントの言う「イデオロギー教義とそこから生まれた実際上の嘘を本物の現実に変えるためにテロルを行う」という傾向は、現在の民主党政権にも見られる。

たとえば、ちょうど1年前に起こった尖閣諸島海域で中国漁船が、海上保安庁の巡視船に体当たりをした事件。民主党政権は、「国民が知れば国益を損なう」と体当たりの様子を映したビデオの公開を禁じた。まず、この言い分そのものが、国民を愚民視する全体主義的態度である。

これに義憤を覚えた一色正春・海上保安官は、自らビデオをインターネットを通じて公開した。政府もマスコミも「国家機密漏洩の犯人を捜せ」と、問題をすり替えて大騒ぎし、一色氏は、国家公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検された。

幸い検察では「秘密性は高くない」として、起訴猶予処分にされた。もし民主党の権力が検察にまで及んでいたら、一色氏は起訴され、有罪になっていたかも知れない。

どんな政府でも都合の悪いことは隠したがるものだ。しかしそれが露顕した際に、政府は法に照らして釈明をしなければならない。しかし逆に、法をねじ曲げてまで、一色氏を逮捕しようとするのは、全体主義的体質である。

民主党の中にある全体主義的傾向は、人権擁護法案(民主党案では「人権侵害救済法案」)へのこだわりにも見られる。この法案では、「人権」の定義も曖昧であり、日本国籍を持たない外国人が人権擁護員となって、裁判所の令状もなしに家宅捜査や物品押収を行うことができる。

こんな法案が成立すれば、たとえば一色氏のビデオ公開は、在日中国人を苦しめた人権弾圧だとして、中国人の人権擁護委員がやってきて、勝手に家宅捜査やパソコンの押収をして、訴えることもできるようになる。

これでは我が国も、中国や北朝鮮なみの全体主義社会になってしまう。

■7.「大衆の理解力は小さいが、忘却力は大きい」

さて、このような全体主義社会に陥らないためには、全体主義がどのように生まれるのか、を解明しなければならない。ガンを予防するには、ガンが生まれるプロセスを解明しなければならないのと同じ事である。これも政治哲学の重要な研究課題だ。

多くの国の共産主義体制は後進国での戦争や内乱の中から生まれたが、先進的な民主主義国から全体主義が生まれた例があることを、岩田氏は指摘する。

「我々が独裁者の代名詞として考えるヒトラーは、もっとも民主的といわれるワイマール共和国の民主主義体制の中から民主的に選出された政治家でした。彼は国民に銃口を突きつけて自らの地位を確立したのではありません。国民が熱狂的にヒトラーを支持したからこそ、ヒトラーはドイツの指導者となったのです」。

ヒットラーはどのように民主的な選挙で、政権をとったのか。ヒトラー自身がこう書いている。「大衆の受容能力は非常に限られており、理解力は小さいが、そのかわりに忘却力は大きい。

この事実からすべての効果的な宣伝は、重点をうんと宣伝して、そしてこれをスローガンのように利用し、そのことばによって、目的としたものが最後の一人にまで思い浮かべることができるように継続的に行われなければならない」。

2年前に民主党が政権を奪取した時のスローガンが「政権交代。」だった。わざわざ「。」までつけて、政権交代さえすれば、すべて良くなるようなイメージを与えた。

そして「国民の生活が第一。」マニフェストにも「子ども手当」「高校無償化」などを並べて、民主党が政権をとったらすぐにも生活が良くなるような幻想を与えた。

こと宣伝力においては、民主党はヒットラーばりである。

■8.「大衆」から「国民」へ

民主主義社会から全体主義が生まれることは、古代ギリシャの哲学者・プラトンが指摘している。岩田氏は、プラトンの思想をこう要約する。

<全ての生き方が是認されてしまう民主主義社会では、徳のある生き方も、徳のない生き方も同等の価値を持つものと見なされてしまうことになります。

・・・徳のある生活と徳のない生活が同じ価値しか持たないのであれば、誰しもが怠惰な方に流れてしまうというのです>。

そして怠惰な大衆の欲望を刺激するようなスローガンを流すことで、国民を操る独裁者と全体主義政権が生まれる。

昨今の我が国の政治の混迷から脱却するためには、まずは我々一人ひとりが、スローガンに釣られる「大衆」ではなく、国家のことを「我が事」として自らの頭と心で考える「国民」にならなければならないのである。

そういう「国民」を育てるためにも、岩田氏が説いたような政治哲学の素養が役立つだろう。

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