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ツングースの扶余族が大和国家を創った?  古沢襄
古代の四世紀は空白だと歴史に関心を持つ人たちはよく言う。北アジア史にしか関心がなかった頃だから聞き流してきた。そんな私をみて「これを読んでみろ」と渡されたのが松本清張氏の「空白の世紀」。だが小説家が書く歴史物なのだから、パラパラとめくって放っておいた。

3・11の大地震でわが家のツンドル(積んでおる)本が山崩れを起こして、整理しなおすのに一ヶ月近くかかった。真面目にやれば二、三日もあれば片付くのだろうが、忘れていた本が出てくるので、それを読み直している中に日が暮れる・・・そんな忘れていた本の中に「空白の世紀」があった。

読んでみると惹き込まれる。日本歴史の空白の世紀である四・五世紀の謎を解くのに北アジアの興亡史をこと細かく読みこなして、古代朝鮮と騎馬民族の動向を探り、扶余族の大和国家建国を立証する本となっている。史実も史書もないから、仮構の上に立った推理小説とも言えるが、江上波夫教授の騎馬民族の征服説と一対を為している。

松本清張氏の推論は魏志東夷伝に依拠し、<<朝鮮の南半分にいた原住種族のことは、よくわからない。だがそのなかでも地理的にみて東部の種族(魏志東夷伝の辰韓)は南方的な血の度合いがわりあいにうすく、西部の種族(馬韓)はそれが比較的に濃かったであろう。

さて、馬韓の一国として東夷伝に名前が出てくる伯済国が馬韓五十余国の群小集落をまとめて百済という原始国家となったのだが、これは本来の馬韓種族の力ではなく、そこに中国の東北部北満州から移住してきた扶余族の勢力であった。>>と扶余族が大和国家を創った説をとっている。

ここで出てくる扶余族だが、その扶余とはツングース語の鹿を意味する「プヨ」を漢字にあてたものと思われている。しばらくは魏志東夷伝が伝える夫餘(扶余)を要約でみてみよう。注記は古沢注記。

”恆韻歪江襪遼未砲△蝓玄菟を去ること千里、南は高句麗と、東は[手邑]婁と、西は鮮卑と接し、北に弱水(黒龍江?)あり、方二千里ばかり。戸八萬、その民土着(着は著の略字)し、宮室・倉庫・牢獄あり。山陵・廣澤多く、東夷の域において最平敞なり。

兄死して嫂を妻とするは、匈奴と同じ俗なり。その国、牲(家畜)を養うに善く、名馬・赤玉・貂[犬穴]・美珠を出す。珠の大なるは、酸棗(やまなつめ)の如し。

I恆韻呂發噺偲僂紡阿后C躓=玄菟郡(げんとぐん)は、漢朝により朝鮮半島に設置された地方行政機構。前107年(元封4年)に遼東郡の東・楽浪郡の北に隣接する地に設置され、幽州に属した。かつての蒼海郡の再建が玄菟郡であるとの説もあり、その場合は玄菟郡設置の際に「穢王之印」を所持した穢人の政権は北へ逃亡し「鹿山」の地に依って「夫餘国」を建国したことになる(夫餘とは穢人の言葉で鹿の意味という)。

っ躓にある穢人(わいじん)は、前漢代の紀元前107年、玄菟郡を設置した時「穢王之印」を所持した穢人の政権は北へ逃亡し「鹿山」の地に依って「夫余国」を建てた。夫余とは穢人の言葉で鹿の意味だという。

魏志東夷伝や魏志倭人伝の前漢時代以前の記述は必ずしも正確ではないというのが定説だが、北方系のツングース・扶余族が満州からロシア領のシベリア・極東にかけての北東アジア地域に住み、ツングース諸語に属する言語を母語としたのは、他の史書でも明らかにされている。

北アジア史の泰斗・護雅夫氏は「高句麗は東北アジア、満州にいたツングース系民族であり、4世紀から6世紀の初めにかけての最盛期には朝鮮半島の大半と南満州とを勢力圏に収めた」と言っている。高句麗は扶余国から分かれて建国された。

寄り道のついでに、それぞれの民族が持つ神話について触れる。オオカミを始祖とする獣祖神話、タマゴから人が生まれた卵生神話など神話には荒唐無稽なものが多いが、たとえば古代トルコ民族が遊牧民として辿った北西アジアから北アジアにかけての多くの民族がいずれも獣祖神話を持っている。

バイカル湖の南にあった「高車丁零」という古代国家は中国の史書にも出てくるが、その後身に「鉄勒(てつろく)」という強大な国家が現れ、やがて突厥(とっけつ)国家が誕生する。さらには匈奴やモンゴルもほぼ同じ獣祖神話を持っている。

それぞれの民族の神話を追うことで、古代民族の足取りを辿ることができるから、神話を荒唐無稽として排除するのは間違っている。

ところが古代の漢民族や朝鮮民族には獣祖神話がない。あるのは「感精(かんせい)神話」。感精とは超自然力の天降る霊物などを意味している。天孫降臨の始祖神話がそれである。

扶余族は「鹿トーテム」の神話を持つが、扶余系部族の狛族(高句麗族)は三本足のカラスという「鳥」神話を持っている。しかも「感精神話」と「卵生神話」という二つの神話を持つ。始祖が卵から生まれたという「卵生神話」は古代の漢民族にはない。

古代日本に大きな影響を及ぼした百済も「感精神話」と「卵生神話」を持っていたが、それが日本に来ると「卵生神話」がなくなり、天孫降臨の「感精神話」だけが伝わっている。

松本清張氏は百済王朝を建てた扶余族が、海を渡って大和国家を建てたと推理を広げている。

<<この種族は武力に長じ、土着の部族首長らをひきつける進んだ文化性を持ち、また統治する才能を持っていたと思う。>>という推理を立てた。

だが古代日本人の人骨からDNA鑑定すると、多くの日本人はシベリアのバイカル湖周辺に住むブリヤート・モンゴル族と一致して、朝鮮半島からのDNAが少ないという結果がある。

稲作文化、鉄器の使用、仏教の伝来など古代日本は大陸文化の大きな影響を受けたのだが、その大役を担った蘇我氏は歴史の舞台から消えている。「空白の世紀」は王権が代わって、過去の史実が抹殺されたのであろうか。扶余=大和国家の王権は「空白の世紀」に抹殺されたというのは、かなり乱暴な推理かもしれないが、考えてみるだけでも面白い。

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