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日露の「川奈会談」と「イルクーツク会談」 古沢襄
北方領土問題をめぐる日露首脳会談で双方の見解が一番近くなったのは、「川奈会談」と「イルクーツク会談」だったといわれる。しかし、この首脳会談はいずれも秘密交渉だったから、記者会見が行われたものの真相は定かでない。

東郷和彦氏(外務省元欧亜局長)は「戦後の領土交渉は、これまで、5回のチャンスがあったが、特に、イルクーツクでのプーチン・森首脳会談は一番解決に近づいた」と回顧している。

イルクーツク会談は2001年、森元首相が訪ロしてイルクーツクでプーチン前大統領と会談して北方領土の解決策を話合った。その内容は「イルクーツク声明」で明らかにされた。

2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くす、としたクラスノヤルスク合意の実現に関する作業が重要な成果をもたらした。

56年の日ソ共同宣言が条約交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認した。

93年の東京宣言に基づき、四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する。

ち蠍澆房け入れ可能な解決に達するため、平和条約締結に向けた前進の具体的方向性をあり得べき最も早い時点で決定する。

この声明だけでは「プーチン・森首脳会談は一番解決に近づいた」ことの具体策が窺えない。ただプーチン氏が北方領土の解決について、かなり踏み込んだ姿勢をみせたことだけは知ることが出来る。

最近、日露文化交流の使節として訪ロし帰国した山田みどりさんは「3月初めから8カ国にわたりモスクワ大使館の文化行事の予定をこなすべく日本を出発しましたが、途中で東日本大地震があったので、外務省の通達で一連の文化活動を自粛とのことで途中で戻ることになりました。

在モスクワの日本大使館に呼ばれて、河野大使といろいろお話をしましたが、毎日大使館の前に山の様な花が飾られてローソクがともり,折鶴が飾られておりました。ペテルブルグの総領事も弔問の人は多いので喪服で過しておりました」と近況を知らせてきた。一時中断したモスクワ大使館の文化行事も再開することになり、山田さんは5月23日から6月末までまたモスクワに行くという。

河野大使はロシアの対日感情に変化の兆しがみえるので、北方四島の帰属についてロシア側との折衝に力を入れると意欲を示していた。ロシア側も「数百年前にプチャーチンが津波で下田に寄せられた時に、下田の人たちが手厚い保護をして生き残った人たちを船をつくつてロシアに送り返してくれたが、これが日ロの友好の始まりだ。今回は日本が地震や津波で被害を受けたことに援助をし、救助隊を派遣したい」と述べている。

日本に対する救援活動に積極的なのはプーチン首相だという。東郷氏は最近の北方領土交渉を振り返って「06年の安倍晋三政権の成立以来、昨年5月のプーチン首相来日までは、ロシア側は『領土交渉を進めよう』というシグナルを繰り返し出してきた」と指摘。にもかかわらず、麻生太郎首相(当時)が「ロシアが北方領土を不法占拠している」と発言したことが日露関係悪化の発端との認識を示している。

「大統領が『交渉を本当にやろうと真剣に思っているのなら、相手の国民世論を憤慨させるようなことはやめてくれ』と強烈なメッセージを送ったにもかかわらず、(麻生政権の後の)鳩山前政権でも同じ趣旨の答弁書を出した」として、ロシアの態度硬化に拍車をかけたと断定。「ロシア側は日本は交渉する気がないと受け取った」と語り、その後の関係悪化につながったとの見方を示した。

東郷氏は「交渉で領土を取り返す以上、日本政府はロシア側のシグナルを外してはならなかったのに、『やる気がない』と彼らが受け取るメッセージを昨年出してしまい、現在の菅政権に至っても修復の兆しはない」と最近の歴代政権を批判的である。

1998年、静岡県伊東市の川奈ホテルで行われた橋本首相とエリツィン大統領の非公式会談で橋本氏は、北方領土問題の解決に関する秘密提案、いわゆる川奈提案を行った。その時点で、エリツィン氏はこの提案を肯定的に受け止めている。

しかし、あと一息というところで、七月の参議院選挙で自民党が惨敗し、橋本内閣が退陣。ロシア側も八月にロシアが事実上のデフォルト(債務不履行)宣言を行い、経済・社会情勢が混乱して、エリツィン政権の権力基盤が急速に弱体化してしまった。

川奈会談にしてもイルクーツク会談にして、日露首脳の合意の落とし場所は「歯舞、色丹両島を先行して返還して、国後、択捉両島は継続交渉」ということであったろう。その変形として「歯舞、色丹、択捉の三島を返還、国後島は二割返還という3・5島返還も模索」されたというが、あくまで四島返還を求める国内世論をクリアするのは難しいと考えられた。

ここで気になるのはメドベージェフ大統領が北方四島のロシア化で動いていることである。来年の大統領選挙を前して返還に消極的なロシア軍部や外務省を意識しているのだろう。プーチン首相が大統領選挙に出馬するのか分からない。

だがプーチン首相は日本に接近してロシアのアジア進出に活路を開こうとしているのは疑う余地がない。つまりナホトカ港にパイプラインを引いて天然ガスや石油を東アジアに供給して関係を深めようとする戦略だといえる。欧州に対して行った”資源外交”のアジア版といえる。

ロシア側の決め手はやはりプーチン氏にあるのではないか。しかし日本側は外務省を含めて領土交渉では大きく後退したままである。このままでは「北方領土の”ロシア化”だけが進んでいる」ことになりかねない。

杜父魚文庫
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