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海南島のBRICS首脳会議は「新G7」たりうるか? 宮崎正弘
要注意! 中国は新覇権をソフトパワーでも希求し始めた。2011年4月14日から海南島の三亜市で本格的なBRICS首脳会議が開催される。世界から報道陣は400名近い。海南島は中国のハワイ。常夏のリゾート地として知られる三亜は、同時に中国海軍の潜水艦基地でもある。

さて、このBRICS首脳会議には、B(ブラジル)からルセフ大統領(女性、元左翼闘士)、R(ロシア)からはメドベージェフ大統領、I(インド)からはシン首相、C(チャイナ)はホスト役で胡錦濤主席自ら。S(南アフリカ)からはズマ大統領が出席と、文字通り錚々たる首脳会議となる。
 
当初、BRICsは2001年にゴールドマンサックスのジム・オニールが命名して、資源と人口に恵まれた、これら新興経済群はG7に匹敵するほどの経済グループとなると予測したことに端を発する。最後のsは小文字で集合体の意味、当初のメンバーはブラジル、ロシア、インド、中国の四カ国だった。09年にはロシアで第一回の首脳会議が開催され、主に通貨問題が話し合われた。
 
その後、中国がSを大文字化して、BRICSと修正、そのSは南アである。中国が南アを加入させた背景には「政治的思惑」がありありとしている。

すでに数年前に南アに本格的進出を開始した中国は、南アの有力銀行を買収し、台湾の影響力を強引に削ぎ、いまやドイツの存在を上回るほどの力を発揮している。

ちなみにBRICS五カ国合計で世界人口の42%、国土面積は世界の30%、GDPは世界の18%を占める。くわえて2015年には世界の22%をしめるだろうと言われる。

▼中国はBRICSに異常なてこ入れをする理由とは?

BRICS会議は14日開幕に先立ち、13日は貿易相会議が開催される。中国が俄然、主導権を確立したのは、中国のGDPだけでもブラジルの三倍、ロシアと印度の四倍、そして南アの16倍という、歴然たる数字に裏打ちされている。そのうえ、BRICSには他の新興経済群の参加を呼びかけるという。

しかし西側先進国の「G7」に対抗するかのようなBRICSが、新しい世界秩序の担い手にまで発展するか、強固な経済機構たりうるかと言えば、甚だ難しいだろう。

第一にG7は自由民主人権法治という共通の価値観を共有しているが、BRICSはばらばらである。全体主義から民主国家まで。

第二に貿易ルールの相互理解がまだ得られず、ブラジルは中国の人民元操作を批判してやまない。

第三に資源、軍事戦略ではロシアの猜疑心を解消できず、軍事脅威という文脈では中国とインドは鋭角的に対立しているからである。

同時に海南島の中東部ボーアオでは、恒例となった中国版ダボス会議(ボーアオ・サミット)が開催され、温家宝首相が基調報告、カザフスタン、インドネシアなど世界数十カ国から政治家、実業家、論客などがあつまる。
 
日本の大震災と福島原発問題で、西側世界のジャーナリズムはBRICSの意義をあまり報じていない。
  
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 読者の声 どくしゃのこえ DOKUSHANOKOE ドクシャノコエ
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(読者の声)日本大震災があった後、新聞に西暦1900年以降の巨大地震の起きた年の表が載っていて、それを観てひとつ不思議なことに気付きました。

明らかに1960年以降巨大地震の頻度が高くなっています。三陸沖でこれまでにも大きな地震は何度もありましたが、マグニチュード9近くの巨大地震が起きた記録はありません。1800年以降の表なら、昔は地震の計測技術が低かったのか、記録が失われてしまったと説明が付きます。

ある人が語った今度巨大地震がおきた理由の説明を聞いてこの謎が解けました。

既に新聞で報道されているように今から30年ほど前に地軸が僅かに移動して、自転の周期が僅かに長くなりました。それが、今から数ヶ月前地軸も自転周期もほぼ以前と同じに戻りました。

その人曰く、地軸が移動するとマグマの流が変わり、それが地殻に大きな力を及ぼし、その結果生じた歪がこのたびの巨大地震の原因である、とのことです。

もしこの説が正しいのなら、地軸が元に戻ったことで、早晩マグマの流ももとに戻り安定するはずです。地震学者たちは東日本大震災の余震が長ければ一年、短くても半年は続くといっています。

しかし上記の説が正しければもっと早く治まるかもしれません。その人は、5月末には治まるといわれていました。(ST生、千葉)


(宮崎正弘のコメント)なにはともあれ、余震は不気味。昨日も朝の地下鉄、三十分遅れました。いま、これを書いているときも余震があります。

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◎毎日一行●日本より放射の汚染のひどい国へ逃げ帰った中国人は臍をかんでいないのか
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(読者の声)徳本栄一郎氏の『1945日本占領―フリーメイスン機密文書が明かす対日戦略―』は、同氏得意の調査報道モノで、しっかりとした、重厚な、読み応えのある、そしてスリリングな展開の一著です。その最後に所謂A級戦犯の遺骨が埋められている場所を探求した件があります。

著者はGHQの機密文書を読み解いて、その場所を横浜山手のYC&ACの一画だと推定しています。YC&ACとはヨコハマ・カントリー・アンド・アスレチック・クラブの略で、瀟洒な山手地区の高台にある広大な土地を所有していて、優雅な雰囲気を醸しています。創立140年になる本邦在留外人の社交クラブで、戦中はリヒャルト・ゾルゲも出入りしていました。

クラブは開戦後日本政府に接収閉鎖されていましたが、終戦後GHQがグラウンドを米軍人の墓地としてしばらく利用していました。処刑後、久保山斎場で焼かれた東条英機らの残灰(と思われるもの)は関係者が回収し愛知県三ヶ根山の殉国七士廟に納められましたが、米軍が持ち去った遺骨はクラブの一画に当時あった沼地に捨てられた可能性が高いらしいのです。

小生は知り合いのYC&ACの元総支配人に頼んで、現地を案内してもらいました。今は盛り土されアスファルトが敷かれクラブの駐車場になっていました。立っている足下に七名の方の遺骨があると思うとご遺族の無念が偲ばれました。

関係者が動いて、アスファルトを剥がし、そこに遺骨があれば掘りだし、DNA鑑定をすればことの真偽は明らかになります。(有楽生)

(宮崎正弘のコメント)猪瀬直樹『ジミーの誕生日』(文藝春秋)によれば、GHQは意図的に昭和23年12月23日午前零時1分、東條英機以下戦犯6名を絞首台に立たせた。

奇しくもこの日は皇太子(今上天皇)の誕生日。いつだったかミッキー安川のチャリティショーで小生の臨席が猪瀬さん。「この話知っていますか」と言うので、「ええ、前々から盛んに言われてきたことです」。しかし、このテーマだけで単行本にする作家って、凄いところありますね。

杜父魚文庫
| 宮崎正弘 | 12:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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