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菅首相は危機管理の理に背いている 古森義久
防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛氏が菅直人首相の危機管理の欠陥について、興味ある諸点を指摘しています。含蓄と示唆に富む好論文だと思いました。

3月28日付産経新聞朝刊によると、菅直人首相は助言のため官邸を訪れた大学教授たちに、「自分としては一生懸命にやっているけれど…」とこぼした由。 東日本大震災、超特大津波、福島第1原発事故という一連の事態に対処すべく首相が「一生懸命」なことは、誰もが認めるだろう。だが、難局処理に携わる者が 「一生懸命にやる」のは当たり前のこと。それは、いわば最低限の必要性に過ぎない。首相の言葉はかえって危機管理という微妙な業についての無知をさらけだ してはいまいか。

≪睡眠と気分転換で判断力保て≫

ゴルフでも野球でも水泳でも、一芸に秀でるには「一生懸命」の努力は必須である。が、それだけでは足りない。理に適(かな)った懸命の努力が求められる のだ。今回の危機管理でも同じこと。単に「一生懸命」にやれば成功が保証されるのなら、苦労しない。問題は、首相の「一生懸命」が危機管理の理に背(そむ)いていることなのだ。原発をめぐる危機処理が長期化するいま、私はそう危惧する。以下では危機管理の一般通則を考察する。

長期化気配が濃厚な危機管理の最高責任者にとり重要なのは、自分の判断力の劣化を避けることだ。その鉄則は睡眠を取ること、適当な気分転換を図ることで ある。ところが、産経の「菅日誌」を通覧すると、首相は地震当日の3月11日から5日間、公邸に戻っていない。しかも11日には早朝6時16分から公邸で 官房副長官らと別件で打ち合わせに入っていた。14時46分の地震発生以降はほぼ5日間、官邸執務室でうとうと程度はしただろうが、要するに不眠不休態勢。この間、12日6時過ぎから陸自ヘリで福島第1原発視察、宮城県被災地の上空視察をこなし、15日5時半には東電本社に乗り込み、3時間以上も粘った。

これで判断力劣化がなかったとしたら、首相は超人である。困ったことに枝野幸男官房長官−だけではない−が不眠不休の仲間入りした。長官はうとうとさえ できなかっただろう。それがなぜ困ったことかといえば、首相は内閣法が定める首相臨時代理の第一位に枝野長官を置いているからだ。疲労困憊(こんぱい)で 首相が執務不能になる事態を考えないのは無責任だが、臨時代理第一位の同時ダウンを懸念しないのは一層無責任である。不眠不休の道連れは精々のところで本人たちの自己満足でしかなく、下手をすれば自ら新種の危機を追加しかねない。身辺で医師の助言もないもようだ。

≪頭脳のエコノミークラス症候群≫

適当な気分転換が劣化した判断力の蘇生(そせい)に役立つのは明白である。首相は絶えまなく補佐官や内閣参与の意見を徴する合間に一時、難題を離れて音楽に耳を傾けたり落語のDVDに腹を抱えたりすることができるか。できないとすれば、官邸や内閣では頭脳のエコノミークラス症候群が発現してはいないか。

と言うのも、一枚の異様な新聞写真があるからだ。3月29日の参院予算委員会で久方振りに答弁に立つ首相と、その背後の8人の閣僚の全員が防災服姿で写っている。首相の指示なのか、図らずもの全員結束なのかは知らぬが、この一致結束図は私には不気味であり、危険にすら思える。被災地を慮(おもんば か)っての全員防災服なのだろうが、あまりにも硬直的で、ゆとりがない。いかに未曽有の難局対処といえども、毛色の違うのが混じっていてもいいではないか。いやむしろ、毛色の違うのが少々混じる方が危機管理には望ましい。

≪決してないとは決して言うな≫

首相は福島第1原発視察を「陣頭指揮」と言った。だが、総大将の「陣頭指揮」に意味があるのは、合戦の場が一つに限られているときのこと。危機管理の要諦の一つは、眼前の危機と格闘しつつも別の危機発生の可能性を排除しないことである。例示的に言えば、東海大地震はいつ何時、つまりは明日、明後日に起きても不思議ではない。政治指導者に対するテロ、政治・経済・金融・情報の中枢に対する大規模サイバー攻撃、システム・ダウン、北朝鮮の突発的な異常行動。 それらは「決してない」か。

眼前の危機管理に苦闘する日本とそれに協力している米軍を偵察、牽制(けんせい)するロシアの空軍行動。尖閣海域を中心とする日本領海付近での相も変わらぬ中国艦艇の示威。中露両国政府が災害救援に乗り出し、両国民中に被災者との連帯を語る声があるのは事実だが、それで昨秋の両国首脳による対日強硬声明が消えたと考えるのはあまりにも純朴すぎる。

「決してないとは決して言うな」という言葉を改めて肝に銘ずべきだ。現下の危機が片付くまで次の危機が待っていてくれる保証はどこにもない。現下の危機 管理に没頭してこれを忘れ、別の危機発生で不意を突かれると、どうにもならなくなる。首相と政府に「乱にあって別の乱を忘れず」が求められる。そのため、必要なのはまなじりを決した一方向凝視ではなく、むしろ多少のよそ見を許容する太っ腹だろう。残念ながら、それが見えない。(させ まさもり)

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