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消えた「獣祖神話」と残った「感精神話」 古沢襄
初めてシベリアのバイカル湖を訪れて10年以上の歳月が去った。その時に通訳についてくれたのがイルクーツク大学日本語学科の女子学生だった。長身で涼しげな目をしたブリヤート娘だったが、聡明で誇り高き性格に惹かれた。

それがどこから見ても日本人と変わらない。事実、北陸の富山大学に留学した経験があった。しかし「日本よりもロシアが好き」と黒髪のブリヤート娘は言う。

帰国してブリヤート人と日本人のDNAはほとんど一致するという学会の発表を読むことができた。日本人の遺伝子には北方系と南方系の「二重構造モデル」がみられるという。

北方系の遺伝子が私たちの身体には刻印となって刻み込まれている。それが東北の村々に故郷を感じさせ、突然出会ったブリヤート娘の美しさに魅了される・・・としか考えられない。数年後、ふたたびバイカル湖を訪れたのは、そんな日本人のルーツに触れる旅であった。

およそ一億二〇〇〇年から一億三〇〇〇年前にシベリアのバイカル湖周辺にあったブリヤート人が地続きのサハリン、北海道を渡って日本にやってきた。その数は七〇〇〇人前後という推定値がある。縄文遺跡から発掘された人骨のDNA鑑定をするとブリヤートとほとんどが一致するという。

このブリヤートは南進して九州まで及んでいる。北方系の遺伝子はブリヤートのものが色濃く反映されたとみていい。秋田美人の原形はブリヤートなのではないか。京都美人の原形といわれる出雲美人は、朝鮮半島の新羅系なそうである。

日本列島にはやがて中国の江南からブリヤートよりも高度の文化を持った渡来民が渡ってきている。稲作技術と鉄器を使用する民族である。これが弥生人の原形なのであろう。DNA鑑定でブリヤートの次に多いのが江南人のものである。熱しやすく祭り好きの江南人の性格は九州人と似ているそうだ。

ところが不思議と朝鮮半島に人たちのDNAは少ない。朝鮮半島で最初の統一国家となった古代新羅王朝と古代日本の関係は意外と薄い。神話時代の古代出雲国が新羅と交流があったというのは明らかだが、DNA上では少ない。

江南人は中国でも異種といえる。東南アジアから北上してきた南方系であろう。背が低く、黄河流域を祖地とする長身の漢人とは趣が違う。日本人の遺伝子が持つ「二重構造モデル」は、弥生人と縄文人の同化、混交によってもたらされたと言っていい。これが古代日本人の原形になっている。

ブリヤート人や江南人の遺伝子は、日本人のDNAに刻印として残っているが、日本国家の成立過程をみるとむしろ朝鮮半島とくに百済系の渡来民が政治や経済、文化の面で大きな影響を与えてきた。

それは日本神話の世界で顕著である。北アジアの草原で生まれた遊牧民のブリヤート人は「獣祖神話」を持っている。「獣祖神話」は遊牧民の証といえる。だが日本には「感精(かんせい)神話」しか伝わっていない。”感精”とは超自然力の天降る霊物などを意味している。「感精神話」を持った移住民が、日本列島の主人公になって「獣祖神話」が消えたのかもしれない。

私たちはDNA鑑定や遺跡発掘など考古学的研究によって、民族の起源についてモノ・物証で、ある程度まで知ることが出来る。しかしモノが交易によってもたらされたのか、モノとヒトが同時に渡ってきたのか、古代の人の流れがいま一つはっきりしない。

早い話がDNAの上ではブリヤート人や江南人の痕跡が残るが、黎明期に朝鮮半島からの渡来人の有様が定かでない。しかし、この渡来人こそが大和朝廷以降の日本の権力構造で重要な役割を果たしたのは、歴史が示している。

私は「神話の世界」に古代の人の流れを示す手がかりがあると思ってきた。戦後、「古事記」や「日本書紀」の神話的な部分は、非現実的だと斬り捨てられ、顧みられなかった。だが、この神話的な部分から朝鮮半島からの渡来人の流れを読み取ることが、出来はしないか。それは「感精神話」に近づくことを意味する。

そのためには、古代朝鮮史を日本人が理解することが必要である。「感精神話」の代表的なものとして、朝鮮で初めて統一王朝を作った新羅の建国神話がある。

<<新羅には古くから六村があった。それぞれの村では聖地や聖山へ村長の始祖が天から降臨してきた。前漢の地節元年(紀元前69)三月に六村の長が君主を迎えて国を建てようとした。

その時、異様な気配がして、いなずまのようなものが天から地に垂れていた。一匹の白馬がおじぎをしている。一個の紫の卵があった。卵から童子が現れ、湯浴みすると全身が光り輝いた。六村の人たちは「天子はすでに天から降ってきた」と喜んだ。>>

高麗の僧一然(1206から1289)編纂による「三国遺事」では、民間信仰の檀君神話を取り上げている。ここでは熊が人間になって天子の子を生むという「獣祖神話」と「感精神話」の混合になっている。日本の天孫降臨神話と似ているのが「感精神話」である。

<<天神桓因の子・桓雄は人間世界を治めるため、太伯山の頂上に降りてきた。(感精神話)その時同じ穴に住んでいた熊と虎が、桓雄に祈願して人間になるための修行をした。虎は途中で修行を放棄したが、熊は修行をおえて人間の女になった。やがて桓雄と結婚して、檀君王倹を生んだ。(獣祖神話)>>

檀君神話は平壌地方の民間信仰の一つと言われるが、熊が人間となって、天神の子を生む伝承は高句麗などツングース系の始祖神話に通じるものがある。熊にたいする信仰は北方系民族に広く分布し、日本でもアイヌの信仰の的となった。

中国の東北部は女真(女眞、じょしん)族の故地である。ツングース系の民族で勇猛でもって知られ、西のモンゴルと激しく戦った。その女真族が作った金という国の始祖神話に日本の羽衣伝説に似たものがある。

<<その昔、長白山の湖に三人の天女が舞い降り、水浴びをして遊んだ。その時、カササギが赤い実をくわえてきたのを、一番下の妹の天女だけが食べてしまった。妹は身ごもり、そのために再び天にかえることもできなくなった。

そして天女は赤子を生んだが、その子は、大変聡明で利発な子に成長し、やがて川を下っていって、人々を治めるようになった。それが、女真族の始祖プクリ・ヨンジュン。>>

古代朝鮮史で注目すべきは朝鮮半島の南部で栄えた馬韓、辰韓、弁韓の三韓鼎立の時代ではないか。国家というのにはほど遠い部族連合体だが、統一王朝・新羅の前史ととして倭国に影響を与えた筈である。

三韓について魏志東夷伝の韓伝に「韓は帯方郡の南、東西は海をもって限りと為し、南は倭と接している。広さはおよそ四千里四方。三つの国があり、一は馬韓といい、二は辰韓といい、三は弁韓という。辰韓は昔の辰国である。(魏志韓伝)」という記述がある。

当時の日本は「倭国、百余国に分立す。(魏志倭人伝)」。魏志東夷伝は前漢時代の歴史記述で倭人伝、韓伝ともに疑わしいものが多いというのが定説なのだが、同時代史料として他にない。

馬韓=魏志韓伝には、馬韓の五十余ヶ国とあり、その中の伯済国が百済の前身と目されている。黄海に面していた西の大国で農耕をする豊かな国だったという。養蚕を知り、綿布を作った。百済は高句麗から分かれたといわれて、鬼神を信じ、国ごとに一人を立てて、天神の祭りを司って天君と呼んでいた。

辰韓=辰韓は馬韓の東。古老は代々「むかし秦の労役を避けて、韓国にたどり着いた亡命者で、馬韓がその東の土地を割いて与えてくれた」と言い伝えた。(魏志韓伝)その十二国の中に斯盧(シラ)国があり、これが新羅(シラギ)の前身とされている。

弁韓=弁韓も秦に征服された別の土地から遼東に流れて、馬韓から東の土地を与えられたというのが定説となっている。弁韓は鉄の一大産地だったという。風俗は辰韓と似ているが、宗教が違うという説がある。弁韓人は伽耶(羅)人ともいい、紀元前一〇〇年頃、玄界灘を越えてきた最初の渡来民族というのが、言語学の類似性で類推されている。伽耶にも天孫降臨に似た「感精神話」がある。伽耶は六世紀に滅亡した。

天皇家の祖・ホニニギノミコトが高天原に降り立った天孫降臨は、まさしく「感精神話」だが、その地がどこにあるのか、古来、論争が絶えない。しかし常識的に考えれば、朝鮮半島の対岸にある北九州の海岸部と想定するのが自然ではないか。

これには天孫が日向の高千穂に降臨したなどの異説があるから深入りするつもりはない。むしろ朝鮮半島から「感精神話」が伝わり支配者の神話として定着したと考えている。だが日本人の遺伝子に刻印として刻まれた「獣祖神話」は消えていない。

だから草原を走るモンゴル支配者・ジンギス汗の人気が絶えないし、清純なブリヤート娘に惹かれると思いたい。やはり日本人の大部分は北方系なのである。

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