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政界フィクサー・福本邦雄さんの死 岩見隆夫
〈福翁を偲ぶ会〉のご案内をいただいた時、とっさに誰の会かわからなかった。開けてみたら、福本邦雄さんを偲ぶ会である。

昨年十一月一日、福本さんは八十三歳で亡くなった。なるほど〈翁〉の年齢だったのか。発起人代表は亀井静香さん(国民新党代表)で、〈政局多端の折ではありますが、懐かしい顔触れで「最後のフィクサー」とも称されていた福本邦雄さんの遺徳を偲びながら、在りし日の思い出を……〉と案内状にあった。

政界で、若い議員はともかく、古い人はみんな名前を知っている。しかし、永田町を離れると知る人は少なく、それが政界フィクサーたるゆえんだろう。だが、フィクサーという言葉の響きはあまりよくない。辞書を引くと〈事件の調停やもみ消しをして報酬を得る黒幕的人物〉などと書いてある。

しかし、福本さんは事件屋とはまったく違う。戦前、共産党の理論的指導者として知られた福本和夫の長男に生まれ、東大卒後産経新聞に入社、さらに椎名悦三郎官房長官(第二次岸内閣)の秘書官を経て一九六一年、安保騒動の翌年だが独立、コンサルタント、出版、絵画、放送などの会社経営に当たる−−という略歴からもわかるとおりだ。一方で、政財界に福本人脈を広め、黒幕的存在でもあった。

さて、その人脈の人たちが先週、東京駅前の日本工業倶楽部に集まり、〈偲ぶ会〉を催した。政治家、マスコミ人、官僚OB、画家などで、私も参加した。

最初に亀井さんが遺影に頭を下げたあと、こんなあいさつをした。

「ほんとに福本さんにはかわいがってもらった。最近は寄る年波で、心を許した人と会える、電話で話せる、それで生きている実感がわくが、そういう人がいなくなっていく。

生きていても仕方ない。福本さんは深いところで人間を理解している方だった。味わい深いお人柄だった。困った時、落ち込んでいる時、何かやろうという時には飛んでいった。竹下登先生にかわいがってもらったのも福本さんのご縁だった。私の知る限り、竹下さんとはほんとうのブレーンとして付き合われた。

村山さん(富市・当時社会党委員長)を担いで自社さ政権を作った時も、福本さんがいないと挫折していた。村山さんの片腕の野坂浩賢さんが、『亀井さん、いかになんでも手を結ぶのは無理だよ』と言う。どうやっても、最後にストーンと落ちるものがない。政策なんか、後から貨車でついてくるんです。

『小沢(一郎・当時新進党代表幹事)のようなファッショ政治家に権力を握らせていいのか』とみんな息まくが、うまくいかない。考えあぐねて、福本さんのところに行った。『それはそうだろうな』と言って、福本さんは中馬さん(清福・当時朝日新聞論説主幹)を紹介してくれた。中馬さんが『おれが(社会党に)話をしよう』と言って、一気に話がついたんです。福本さんのお陰です。

いま福本さんが生きておれば、日本はこんなに溶けてしまわない。私もやるだけのことはやる。天上からみててください」

 ◇政局迷走のなか考える
 ◇今はなき潤滑油の役割

政治家と一流フィクサーの関係が伝わってくる話だった。ことに、一九九四年六月、自民・社会・さきがけ三党連立による村山政権誕生の舞台裏に話が及んだ時は、会場から、「ほう」と驚きの声が漏れた。自社さ連立の内幕は私も多少知っているつもりだったが、大詰めのところで福本さんと中馬さんがかかわっていたことは、この日初めて知った。

会場にはほかに、綿貫民輔元衆院議長、加藤紘一元自民党幹事長、竹下さんの実弟の竹下亘衆院議員、新聞、雑誌の幹部らが姿をみせ、こもごもショートスピーチをしたが、ほとんどが例外なく、「かわいがってもらった」という言葉を口にした。かわいがられている、と相手に思わせる(あるいは、ほんとうにかわいがっているのかもしれないが)のがフィクサー業の要諦であることがよくわかる。

ところで、福本さんは四年前、インタビュー形式の『表舞台 裏舞台−−福本邦雄回顧録』(講談社)を出版し、かなり洗いざらい政界との因縁を語り残した。驚かされることが少なくないが、その一つは政治リーダーと財界をつなぐ定期会合の場を丹念に作っていたことだ。福本さんの話によると、会合名は−−。

大雄会(大平正芳)、竹下会(竹下登)、晋樹会(安倍晋太郎)、南山会(中曽根康弘)、俯仰会(宮沢喜一)、轟会(渡辺美智雄)、中一会(中川一郎)、亀鑑会(亀井静香)、早蕨会(古賀誠)、小渕・加藤提携の会(小渕恵三・加藤紘一)……。

「大雄会は三十年ぐらい続いたかな。南山会は十五年ぐらい、月一回のペースで。財界人は二十人か二十五人ぐらいですね。全部メンバーが異なるといいんですけど、いかんせん私の交際範囲が狭いものだから、ダブってしまいます。

ほかにも、与謝野馨、谷垣禎一の会もあった。ニューリーダーはほとんどです。海部(俊樹)だけはなかった。それから会の命名、渡辺はもとは車引きだから、『あなたは馬力があるから、轟く方がいいじゃないか』と言って轟会、亀井は村山内閣に運輸相で入ったから、村山を支えてやらなければ、と会を作ったが、『あなたは、もって人の鑑になるように行動を慎んでほしい』という意味で亀鑑会だ」と福本さんは語っている。

−−全部、自民党ですか。それとも、社会党も少し関係があるんですか。
「社会党は村山さんの時です。それまでは、手を伸ばしたことがない」

−−公明党だけは、ちょっと関係がある?
「そう、ともかく小沢と(公明を)別れさせたかった」

政局迷走のなか、フィクサーの役割を考える。昔は福本さんタイプが何人かいて、潤滑油になった。いまはいない。それが政治が過剰に荒れる一因かもしれない。

<今週のひと言>民主の十六人造反、ほんとうに国民のため?(サンデー毎日)

杜父魚文庫
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