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【平成の開国とは】 MoMotarou
鎖国は本当にあったのか。「国民の歴史」 西尾幹二

         ★

韓総理が何度も喚(わめ)くので久方ぶりに「国民の歴史」を開いてみました。

■徳川の鎖国

幕府が家光時代に決定したことは、キリシタン禁止令・貿易の国家管理・海外渡航の禁止などです。現在の信教の自由・自由貿易・海外旅行の禁止などに該当しそうですが、時代の背景も違うので、現在から過去を裁く過ちを犯してはならないでしょう。

(西尾幹二)それらの事象が意味するものは日本の"守り″であると同時に"余裕″である。幕府が海外交渉のあるべきかたちを求めつづけ、必要とみて断固実施した外交政策上の積極的な表現にほかならなかった。

外国の怪しげな諸勢力が侵入するのを拒絶する自由独立の意志の表現であると同時に、十七−十八世紀にかけて主権国家体制をとり始めた西欧各国と歩調を合わせ、日本が統一国家としての体制を確立せんとしていた証拠である。(同上、402)

■菅の開国

学問的裏付けはありませんが、菅総理の「開国」は歴史教科書に出てくる意味ではないでしょう。総理自身のお考えが「地球市民」的なイデオロギーに染まっておりますから、「開国」とは、全面的かつ卑屈な「日本国家放棄」を示すものです。

(西尾幹二) "鎖国″とは一度とりこまれた世界史の柵(しがらみ)から、日本が離脱(りだつ)することではなく、圧倒的な西欧諸国との軍事力(文明力)落差のもとで、日本が主体的に世界と接触(せっしょく)するための手段であった。つまり"鎖国″とは鎖国という方法手投によるわが国の世界への"開国″ であったとすべきであろう。

したがって寛永(かんえい)の"鎖国″こそが日本の世界への第一次開国であり、世に"開港″という言葉で
呼ばれている"安政(あんせい)の開港″は、江戸時代という時代の錬成(れんせい)を経たわが国の第二次開国であったとすべきである。【大石慎三郎『江戸時代を考える』(同上、416)】

■空疎な言葉

この度の民主党政権は、戦後教育の到達点でありましょう。そして「癌」であります。周りを見回しますと、北はロシア、東が米国、西がコリア、南がチャイナと所謂"戦勝国"だらけです。将に60数年前の日本に封じ込めようとでもするような外交攻勢が起きております。

私たちはこの戦勝国の代理人みたいな総理を一刻も早くぶっとばしましょう!私たちの町や家族が危なくなってきております。

田中角栄 自民党青年研修会で戦後を語る。(昭和56年9月3日、一聴の価値あり)

   http://www.youtube.com/watch?v=R1g56nu237Q
 
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 ・杜父魚(かじか)文庫ブログ
  「中東政変ドミノで笑うのは誰だ? 古沢襄」   
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杜父魚文庫
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