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悪名高い中国メーカーの華為技術 宮崎正弘
中国の華為技術(世界第貳位の通信機具設備メーカー)が米社を買収。米商務省、ペンタゴン連動で「その買収、待った」。

悪名高い中国メーカーの名は華為技術。世界第貳位の通信企業であり、中国国有企業のマンモスであり、かつパテント申請数でも中国一。軍事技術を多数保有し、企業内容に不透明な部分が多い。

軍事専門家のおおくはこの会社は最先端の軍事技術を、世界にはなったスパイを駆使して手に入れているとみている。

華為技術は08年に米国のスリーコム社に買収を仕掛け、土壇場で米国連邦議会が反対したため、流れた。

こんど華為技術が米国で静かに買収したのは、それこそ目立たないどころか零細企業とも言えるスリー・リーフ・システム(3 Leaf System)という会社だ。しかし、重要な次世代技術を造る企業であり、従業員を中国は引き続き雇用した。

買収後、しばらくしてペンタゴンが横やりを入れ、この買収を撤回させるべく商務省と組んで議会を動かし、外国投資小委員会にパネルがもたれる。

中国商務省は記者会見し「米国のM&A(企業合併買収)における規約の詳細こそ不透明であり、国家安全保障ルールを見直すべきだ」と不満を表明した(ウォールストリートジャーナル、2月18日)。

ちなみに2010年全体で海外から中国への投資は1000億ドルを突破、2011年一月だけでも100億ドルの投資があって、前年同期比23・4%増となった。

熱銭(ホット・マネー)がまだまだ中国に迸るように流れ込んでいる。
   
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読者の声 どくしゃのこえ DOKUSHANOKOE ドクシャノコエ 読者の声
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(読者の声)いつも楽しく拝読させていただいております。本当に「面白くて為になる」メールマガジンです。ありがとうございます。

さて、だいぶん昔の話ですが、1986年に、私は石油プロジェクトの仕事で、1年間ほど北アフリカのリビアに住んでいました。

その年の4月5日にベルリンのディスコで爆発テロがあり、米兵や地元の人を始めとして数百名が死傷する事件が発生しました。

それ以前からいろいろなテロ事件は起きていましたが、この事件を直接的契機として、アメリカ(当時はレーガン大統領)は報復措置としてトリポリと第二の都市ベンガジを爆撃しました。

4月14日の深夜、私はラジオでBBCを聴いていました。砂漠の宿舎(コンテナハウスです)での唯一の楽しみが、ラジオを聴くことだったからです。突然、ラジオから激しい音が流れてきました。アナウンサーが、今、アメリカ軍がトリポリとベンガジを空爆中であり、その爆撃音を流していると云いました。「え!」と驚いた私は、当然のことながら一体これからどうなるのだ、と朝まで眠ることができませんでした。

私のいた石油プラント工事現場は、地中海(シドラ湾)に面し、位置的にはトリポリとベンガジの中間から多少ベンガジ側に寄った場所にありました。

吾々はそこからちょっと内部に入った土漠(どばく)地帯にキャンプがありました。同日午前7時に過ぎに工事現場に出ると、軍隊がプラントを囲み、吾々はキャンプ待機を命じられ軟禁状態になりました。(我々のキャンプには日本人は5名、バングラデシュ人ワーカー約200名、他のキャンプにはイタリア人や東南アジア人、東欧人、韓国人などが各数十名づついたでしょうか。)

吾々が恐れたのは、リビア爆撃をきっかけに、国民を暴力で支配しているカダフィに対する不満が一挙に表面化して、国内が混乱に陥ることでした。

アメリカの爆撃には、そのような狙いもあったでしょうか。吾々はエジプトへの脱出を計画しました。必要なガソリンを確保しようとしました。

その時、トリポリの日本大使館から回状がくるとの連絡が入りました。われわれは日本人の避難・脱出の話があるのではないかと期待していました。

4月20日だったでしょうか。日本大使館からの回状が届きました。今でも忘れません。一生忘れません。そこには次のような一文がありました。

「在留邦人の皆様、万が一に備えて心の準備を怠りなくしてください。」

それを読んで私たちは、気が抜けたと云うか、呆れたというか、そしてやがて怒りがわいてきました。同時にちょっと大げさかもしれませんが、頼りにしていた国家というものに裏切られたという思いがしました。(この回状のコピーを証拠にとっておいたのですが、残念ながらどこに行ったかわからなくなってしまいました。)

同じころ、吾々と同じように軟禁状態にあったイタリア企業のマネジャーからこう云われました。「心配するな。吾々の国イタリアは地中海を隔てた向かい側にある。何かあればすぐに救援の船が来るようになっている。そうしたら、お前たち日本人も一緒に乗せてやるから」と。彼の言葉がどれほど有難かったことでしょうか。

幸か不幸か(リビヤ国民にとってはもちろん不幸です)、リビヤ国内が混乱に陥ることはなく(当時反カダフィ勢力は徹底的に弾圧され、国外に亡命したリビヤ人さえ暗殺されている状況でしたので、決起できる勢力はほとんど存在しなかったものと考えられます)、爆撃から確か1週間後には、われわれも業務を再開しました。相変わらずカダフィの独裁は続いています。

しかし今回のベンガジ他での反カダフィ・デモの報道を目にし、リビヤもようやくそこまで状況が変化したか、と感慨を覚えざるを得ません。

私がリビヤ滞在時、私と1対1だとカダフィ批判を口にするリビヤ人エンジニア達が、そこにもう一人リビヤ人が加わると、もう天気の話や食べ物の話しかしませんでした。お互いが相手が自分を秘密警察に売るのではないか、と疑心暗鬼になっているからです。

秘密警察による国民支配の構造は今も昔も変わっていないことでしょう。そのような体制の中で、ついに反カダフィのデモが発生した。この事実は極めて大きな意味を持っています。

もちろん今後の展開はチュニジアやエジプトでもそうでしたが、軍部がどのような動きを取るかにかかっていると云えるでしょう。しかしそれにしても私はリビヤの民衆を永久に弾圧し続けることはできない、と信じたいのです。(KU生)

(宮崎正弘のコメント)やはり小生の友人でリビアに三年間駐在した商社マンを知っています。プロジェクトの現場でした。まずコンクリート・ミキサーに葡萄をぶち込んで密造ワインをつくることからリビアの生活は始まります。

休暇は酒を飲むだけのためにエジプトへ行く。ある日、通学中の小学生に徽章の意味を聞いただけで後日取り調べを受け三日ほど拘留されたとか。秘密警察の見張りは、小生もイラクで経験したことがあります。戒厳令下の台湾でも。

杜父魚文庫
| 宮崎正弘 | 15:49 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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