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さらに「ムバラク辞任紙面」を考える 花岡信昭
先のコラムで朝刊14版などの版建ての意味を書いたが、夕刊配達地域では、夕刊と朝刊が連動している。朝日、毎日、読売、日経の夕刊最終版は4版だ。おそらくはこれが朝刊最終版14版と連動することになる。つまり、朝刊14版地域には夕刊4版が配られるわけだ。そこをきちんとしないと、記事の重複ということが起きる。

だから、整理部では大ゲラ(1ページ大のゲラ)に何版から載せた記事かを分かるように赤字で大きく書いておくことにしている。記事が重複したりしていると、「だぶってるよー」と読者から電話が来て、そのたびに謝らないといけない。

そこで、12日夕刊を見ると、面白い現象が起きている。1面トップ記事。朝日の書き出しは<エジプトのムバラク大統領の辞任に伴い、大統領の全権を受け継いだ軍最高評議会は・・・>。

読売は<エジプトのムバラク大統領の辞任に伴い全権を移譲された軍最高評議会は・・・>。いずれも、こういう書き方は前日の一報を踏まえた続報記事のスタイルだ。

それに対して、毎日は<エジプトのムバラク大統領(82)は11日夜(日本時間12日未明)、大統領職を辞任した。>日経も<エジプトのムバラク大統領が11日に辞任し、大統領権限を軍の最高評議会に移譲した。>

この2紙は、一報原稿のスタイルである。したがって、朝刊最終版で報じた「辞任した」という部分がだぶることになる。

そこから、こういう推測が生まれる。

毎日と日経は朝刊最終版のすべてに、「辞任」記事を入れられず、最終版の途中から突っ込んだ。厳密にいえば、「辞任」記事を入れた朝刊最終版に対応する夕刊には、続報スタイルを用いる必要があるのだが、その区分けをする手段がなかった。

だから夕刊4版すべてを一報スタイルで書かざるをえなかったということになる。

以上を踏まえて推測すると、朝日と読売は朝刊最終版のすべてに「辞任」記事が入ったのだ。あるいは、最終版を刷り出してからいったん輪転機をストップさせ、もう一度最終版の全部数を刷った。「辞任」が載っていない最終版は「捨てた」。

これが正確なところだとすると、朝日、読売と毎日、日経の能力差、余力差が歴然として浮き彫りになる。

まあ、新聞をこういう見方で読んでいる人は少ないだろうが、この業界のOBとしては、こういうことがやけに気になるのである。

<<さらにさらに「ムバラク紙面」>>

「ムバラク辞任」紙面についての、当コラムに対し、 あちこちから批判、反論、是非・賛否ないまぜの指摘をいただいている。

小生のブログで、「ムバラク辞任」の各紙1面の写真を掲載しておいた。朝日、毎日、読売、日経、産経の順だが、はじめの4紙は12日付。産経は1日遅れた13日付だ。

産経は12日付朝刊の最終版に入らなかった、としたが、そのときのコラムでも予測していた通り、「最終版の最終版」には突っ込んでいた。

見出しは上記4紙とは違って、トップであっても、縦見出しで、通常ニュースと同様のかたちだ。現役のころの体験からして、最終版の印刷が始まってしまってから、ぎりぎりの段階で輪転機をストップさせて、突っ込む場合がある。

たとえ数千部でもいいから、永久保存版をつくっておくのである。だから、配達地域はごく限定されたものになる。今回がそのケースかどうかは知らない。

しかし、四谷かいわいに住んで5年ほどになるが、「最終版」が配達されなかったことはなかった。ムバラク辞任の見出しを取った「最終版の最終版」 は、いったいどの程度の部数が配達されたのか。そこは分からない。

だが、保存版としては、かろうじてムバラク辞任の入った紙面が残ることになる。国会図書館ではこれが永久保存される(現物ではなく、電子的に保存しているのかもしれないが)。

新聞は歴史を記録するものだ。ムバラク辞任は国際的歴史的ニュースである。今後、この紙面がドキュメント番組などで何度となく紹介されることになるだろう。

そのとき、どの新聞が採用されるか。産経ではないことだけは確かだ。横白抜き見出しはビッグニュースに使われる。ときに左右ぶち抜きとなる。

新聞は見出しの扱い、大きさでニュースの「目方」を読者に知らせる役割を負う。それが、編集の機能である。そこに新聞社の判断力、認識力、歴史観などの総体が示される。

現場の後輩たちの「苦渋」の思いをひしひしと感じながら、このコラムを書いている。くやしくてくやしくて、眠れぬ思いであろうと思う。新聞が経営的に窮地に陥っていることは、産経だけの話ではない。昔の記者仲間からいろいろな話を聞いている。

当方も、経営のどん底時代を経験しているから、ボーナスがなかったり、給料が減ったりしたことは何度もある。だが、不思議に「安給料」はあまり苦にならなかった。会社が出せないのなら、ほかで稼げばいいと、土曜の夜は徹夜でアルバイト原稿に精を出した。

書くことが商売である以上、書くことによって日々の糧を生み出していけば、食っていくことはできる。いじましいのは承知のうえだが、現実的にはこれでいく以外にない。あれやこれや思い出しながら、この「歴史的紙面」を半分涙ぐみながら何度もながめている。

杜父魚文庫
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