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新漢字表に「嗅」が採用されたワケ 岩見隆夫
面白い話である。いや、面白いではなく、深刻な話と言うべきかもしれない。内閣府は十一月三十日、これまでの常用漢字表から五字を削除し、一九六字を追加する改定常用漢字表二一三六字を告示した。一般社会で使用の目安となる常用漢字の見直しは二十九年ぶりのことだ。

その追加漢字一九六字に〈嗅〉(キュウ・かぐ)が含まれたことから話が始まる。改定を審議した文化庁所管の文化審議会国語分科会漢字小委員会の委員の一人、阿辻哲次京大教授が、先日著したばかりの『戦後日本漢字史』(新潮選書)の冒頭で、〈嗅〉の採用をめぐる議論と背景を記した。要約すると、次のようなことになる─。

小委員会では、五感の一つである〈嗅覚〉という言葉が日常的に使われるので、〈嗅〉を候補とすることに特に異論はなかった。ところが、字体について、ツクリ(右半分)をこれまで常用漢字にある〈臭〉(シュウ・におい)に、つまり〈自〉の下に〈大〉と書く形に合わせるべきだという意見が、何人かの国語教育関係者から述べられた。

確かに、同じ常用漢字なのに、〈口〉ヘンがついているかどうかで、右下の部分に〈大〉と〈犬〉の違いが生じる。学校の漢字教育でも混乱をきたすのではないか。一理ある議論だった。

しかし、実はそれほど単純な話ではない。日本でも中国でも、〈臭〉はもともと〈自+犬〉と書かれていた。〈自〉と〈犬〉を組み合わせた、漢字の作り方から言えば、〈会意〉という方法だという。〈自〉は人の鼻をかたどった象形文字で、〈犬〉は言うまでもなくイヌである。〈自+犬〉という漢字は、嗅覚が非常に発達したイヌと鼻の要素を組み合わせることから、〈におい〉の意味を表したのだ。

戦前までの日本で、〈犬〉であった部分が〈大〉に変わった例は、器、類、戻、突などがある。字源的には、〈戻〉はイヌが戸の下をくぐる時に身体が曲がることから、〈もどる=リターン〉の意味を表していた。〈?〉も、イヌが穴のなかからいきなり飛び出してくることから、〈にわかに「ウ冠+ハ+犬」然〉を表す。〈突〉に変われば、単に〈大きな穴〉という意味にしか分析できず、〈にわかに〉は導き出せない。

両者の違いは、点が一つあるかないかだけなのだが、この変更は、〈漢字は形が複雑で、覚えるのも書くのも大変だから、できるだけ簡単にして、学習上の負担、印刷面の労力を少なくしよう〉

という配慮のもとに実施されたという。しかし、たった一画減らしたために、正しい字源解釈ができなくなった。この一画減らしで、〈臭〉が使われるようになったのは、一九四九(昭和二十四)年四月、内閣から告示された当用漢字字体表がきっかけだった。阿辻さんは、

〈この字体表なるものは、実に多くの問題を後世に残すことになった。漢字の混乱はほとんどこれに起因し、私は「諸悪の根源」とまで考えている。漢字受難の歴史だった〉と書いている─。

◇占領政策にかき回され 情報機器に先を行かれ

さて、私は字体表告示一年前の四八年小学校卒業だから、当用漢字世代と言っていい。教えられるまま、〈臭〉と書いてきたはずだが、実際はいまも〈自+犬〉の間違った字を書き慣れている。戦前教育を五年ほど受けた名残だろうが、混乱と言えば混乱だ。

なぜこんなことになったのか。敗戦による占領と深くかかわる。日本に進駐してきた占領軍は、何千という文字を使いこなさなければならない漢字を〈民主主義の障害〉と決めつけ、国語のローマ字表記を提案した。同時に、教育改革の名のもと、男女共学、六・三・三・四制、教育委員会の設置、PTAの創設なども実施した。

しかし、漢字読み書き調査の結果、日本人の能力が認められ、ローマ字化は見送られる。かわって、四六年、〈法令・公用文書・新聞・雑誌および一般社会で使用する漢字〉として当用漢字表一八五〇字が内閣告示された。漢字の種類を選ぶことに主眼が置かれていた。

問題の当用漢字字体表が告示されるのはさらに三年後だ。ここで〈自+犬〉が廃止され、〈臭〉が登場する。字体選定の方針は、

〈漢字の読み書きを平易にし、正確にすることを目安として〉とされた。また当時の記録には、平易のため一画を減ずる例として、

〈「突臭戻類のうち大が犬」など、字の下部にあってあまり識別の役に立っていないと思われる「犬」の点を省いた〉としている。こうして、識別を理由に、〈臭〉などかつて誤字とされた漢字が、正規の字体として国家規格に堂々と登場したのだった。字体表作成では、漢字の成り立ちを考慮する字源主義が排斥されたのである。阿辻さんは、同書のなかで、

〈犬を大に、点を一つとれば、それだけで正しい漢字を書けるようになる、とでも言うのだろうか。日本国民もずいぶんとなめられたものである。しかし、それらの字体は社会にすっかり定着してしまった。字体の変更を議論するのはすでに手遅れになっているのが、私には非常に残念でならない〉と、字体表告示から六十年後のいまも憤慨している。

この漢字受難史は敗戦後遺症と言ってもいいのだろう。ローマ字化を強制されそうになり、漢字廃止論が声高にいわれた時期の余波を受け、矛盾をはらみながら、当用漢字から常用漢字に移った。

ところで、今回の改定、〈口偏に自+犬〉でなく、従来の〈嗅〉が採用されたのは、せめてもの救いと思われる。だが、それは字源主義からではなく、パソコン、携帯電話が理由だという。〈きゅうかく〉と打って漢字に変換すると必ず〈嗅覚〉が出る。情報機器では、〈「口偏に自+大」覚〉にしようにも表示できない制約が先行しているのだ。改定における諮問の趣旨も〈情報化時代の漢字政策〉とされていた。

占領政策にかき回され、次は機械が先を歩き、二重に受難の漢字史を刻んでいるように、私には思えるのだが。(サンデー毎日)

杜父魚文庫
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