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中国の尖閣奪取の戦略を占う 古森義久
中国が自国の主権を拡大して、尖閣諸島を奪取するために、どんな戦略を立てているのか。東大教授の山内昌之氏の論文に注視するべき諸点が書かれています。

週末に国立劇場に出かけてきた。真山青果の名品、『将軍江戸を去る』で西郷隆盛を演じた中村歌昇(かしょう)と、勝海舟に扮(ふん)した中村歌六(かろ く)の腹を割った演技は迫力に溢(あふ)れていた。江戸の保全を求める勝に心を許し、無辜(むこ)の民を巻きこむ江戸攻撃に疑念を抱く西郷の心の底からふりしぼる口跡(こうせき)も良く、二人のやりとりは歴史への責任を鋭く自覚する政治家の気合に充ちていた。これこそ真剣で勝負する外交のやりとりであった。

かれらの演技を見ていると、ゆくりなくも「力強い突きは立派な受けである」という英国の格言を思い出した。この言葉は、二人の対談から4年ほど前、 1864(元治元)年の4国艦隊の下関攻撃に際して、英国のパーマストン首相が発したものだ。彼がアヘン戦争や下関戦争から体得した教訓は、相手国との交渉の挫折や軋轢(あつれき)が行き着くところ、最終的には優勢な軍事力の誇示が必要になるということだった(保谷徹『幕末日本と対外戦争の危機』)。

さて、現在の中国外交はアヘン戦争以来の屈辱的経験を歴史の鑑とし、列強の侵略手法をベトナムやフィリピンとの領土問題や、日本への領海侵犯に再現しているかのように見える。その外交スパンは、抗日戦争の時間よりもはるかに長く、19世紀に遡(さかのぼ)るほどだ。「反日・愛国」の世論を煽(あお)りながら対日強硬姿勢を崩さない中国の共産党と政府の態度によく似ているのは、かつて特務機関をつくり中国侵略を進めた帝国陸軍の傲慢(ごうまん)さではないだろうか。

中国の東シナ海政策の戦略性は、20世紀初頭の米国のセオドア・ルーズベルトの「棍棒(こんぼう)外交」よりも体系的である。日本人は尖閣事案が偶発的でなく戦略的な深さに基づくことを見抜くべきだろう。中国による領有権獲得パターンと砲艦外交の脅威は、1970年から80年代の南シナ海の南沙諸島と西沙群島を実効支配した教訓を学べばよく分かる。南シナ海の支配権を獲得する5つの段階は、尖閣やガス田の問題を考える時にも示唆に富んでいる。

(1)領有権を主張し関係国間の対立を煽りながら、各国内部に亀裂を生み出し挙国一致体制をとれないようにする。(2)調査船による海洋探査や資源開発の実施(東シナ海では中間線に天然ガス田の利権を設定し、日本の排他的経済水域への侵犯を既成事実化した)。(3)周辺海域で海洋調査船を含めた各種海軍艦艇を活動させ軍事的圧力をかける。

そして、(4)「核心的利益」の名目でチベット、ウイグル、台湾のように領土主権を大義名分に不退転の国益を主張する。(5)漁民に違法操業をさせ関係者の上陸によって碑や灯台を設置し、中国人の生命財産保護を名分としながら、最終的に武力を背景に支配権を既成事実化する。

中国の強硬な対日姿勢を見ると、尖閣をすでに「核心的利益」のカテゴリーに入れた可能性も強い。まさに「力強い突きは立派な受けである」とは、「攻撃は最大の防御」の意にほかならないのだ。外交で堂々と「攻撃」をかけ、強力な「防御」に訴えなければ、南沙諸島と西沙群島の現状は明日の我が身にふりかかる だろう。尖閣問題への無策は、「殷鑑(いんかん)遠からず」(戒めになる前例は手近にある)という言葉を日本人に思い出させたに違いない。

杜父魚文庫
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