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日本にとってのアメリカとはなにか(完) 古森義久
撃論ムック『アメリカとは何か』に掲載された古森論文の完結部分の紹介です。

アメリカを中心とする軍事同盟の北大西洋条約機構(NATO)の拡大も、アメリカのパワーや指導力を物語るといえよう。集団的な同盟のNATOは冷戦終結後も、湾岸戦争後も東へ東へと拡大し、旧ソ連圏の東欧諸国は軒並み、参加した。

現在はルーマニアやアルバニアなどというアメリカとはおよそ縁の遠かった諸国までがアメリカの軍事力の庇護の下にあるNATOに入り、メンバーは合計二十八カ国に達した。

アメリカはイラク戦争を進める間、全世界合計百三十カ国、七百五十カ所になんらかの形で軍隊をおいた。国防費はアメリカ一国で全世界の軍事費の四割ほどにも達していた。

アメリカのこうした状態をみてイギリスの歴史学者ニアル・ファーグソン氏は「アメリカは現代の世界の帝国なのに、当のアメリカ人たち自身がそのことに気づいていない」と論評した。

大英帝国の歴史の研究で知られるファーグソン氏は、いまのアメリカは他国から領土を収奪して永久に保持する野心も、他民族を永久に統治しようという意図も有さない点では古い意味の帝国ではないが、広い意味での帝国には相当する、と指摘した。

もちろん軍事力だけがその国の強大さや重要さを示す指針ではない。だが経済面でもアメリカはいまなお全世界の国民総生産(GDP)の三〇パーセント以上を一国で占める。

資本主義の市場経済は不況のために構造的な欠陥をあれこれ指摘されたが、なお基本は揺らいでいない。現在の経済メカニズムに代替するシステムは浮上もしていない。

企業経営の根幹となる会計基準も、企業統治の指針も、アメリカン・スタンダードがグローバル・スタンダードになったという基本は変わっていない。

インターネットでのアメリカの先導も明白である。文化面でのアメリカの巨大な影響力もどうにも否定できない。音楽、演劇、映画、スポーツなど、あらゆる領域でのアメリカの牽引車的役割は顕著である。

世界のソフト面ではアメリカが覇権を制したとさえいえそうだ。こうみてくると、現代世界でのアメリカの主導的な役割や比重はなお揺らいでいないと結ぶしかない。

アメリカ内部では、アメリカの主唱してきた自由民主主義と市場経済が世界全体で体現されるべき普遍的な価値観だと信じる向きが圧倒的多数派である。

「アメリカは単なる国家ではなく大義(Cause)なのだ」と明言するアメリカ人識者は意外と多いのだ。なにしろ「大義」に関しては、アメリカには第一次、第二次の両大戦で反民主的な勢力から世界を救った実績があるとする歴史上のコンセンサスが確立されているのである。

アメリカの国家としての内部のあり方をみても、国際規範からすれば、きわめて健全だといわざるを得ない。
まず二大政党制に基づく民主主義の下、国民ならだれでも政治への自由な参加が保証されている。立法、行政、司法という三権分立、そのうえで相互に監視しあう「チェック・アンド・バランス」、法の下ではだれもが平等だという「法治」そして「法と秩序」も国際基準よりははるかに徹底している。

そこに機能しているのは基本的に健全な市民社会だといえる。アメリカ国民は問題こそ多々、抱えているとはいえ、個人の人権や自由はきちんと保護されている。

これまた国際基準でみれば、アメリカ合衆国というのは、まだまだ魅力のある国家なのである。だからこそいまでも世界各国からアメリカへの移民や難民の流れが止まらないのだろう。

こうした基本点は日本のメディアや識者が改めて伝えることがきわめて少ない。さてこうした超大国アメリカに対して日本はどんな姿勢を保つべきか。

まず国家あるいは国民全体としての価値観からみる場合、日本がアメリカと現に共有し、こんごも共有していくべき領域は広い。

民主主義、自由、市場経済というアメリカを構成する価値観を日本もこんごシステムとして保持していくことには国内のコンセンサスがあるといえる。だからアメリカとの国のあり方での協調は日本にとっても自然な前進の方向だろう。

この点、一党独裁政権が国民の自由を制度的に抑圧する中国などとは基本的に異なる相手がアメリカなのである。国家安全保障でも日本は当面、アメリカとの同盟のきずなを保つことが賢明な選択である。

この点では日本国民の圧倒的多数の合意があるといえよう。とくにアメリカの核抑止力を日本に引き込むという日米同盟の効用は大きい。

しかしこの同盟の保持にあえて「当面」という条件をつけたのは、国家同士の関係では永遠の同盟も、永遠の友好もないという現実の鉄則のためである。

永遠に続くのはその国の国益だけなのだ。だから日本の対米同盟もそれが日本の国益に資する間は、保持すればよいのである。

その一方、日本は日米同盟を堅持し、強化するためには、憲法九条に象徴される「異端の国の一国平和主義」を捨てるべきである。

日本はこの憲法の制約により、正規の軍事力を保持できず、アメリカをはじめとする他国との共同防衛や共同平和維持の活動もできないという異様な状態にある。普通の二国間同盟でなら当然の基盤となる集団的自衛権も行使できない。

最近ではアメリカ側では日本が日米同盟を本当に有効に機能させるには、少なくとも集団的自衛権の行使、できれば憲法九条の改正が必要だとする意見が増えてきた。

安全保障の上で自縄自縛の「異端の国」をやめて「普通の国」になったほうが日米同盟をより強くできるという見解である。日本がこの自縄自縛を解くことはこれからのアメリカとの関係を強くすためにも、さらには日本が安保上、自立を増すためにも、まず最初の第一歩ともいえるのである。(終わり)

杜父魚文庫
| 古森義久 | 08:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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