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八月十五日の靖国神社 西村眞悟
毎年八月十五日、靖国神社をおおう空気は、英霊と今生きる我々との魂の交流であろうか。本年も、その空気のなかにいた。

午後二時から大村益次郎の銅像前に集まって午後三時半に昇殿して参拝。私と共に、昇殿参拝された皆さん総数三百五十名。暑い中、共に参拝していただいて、まことにありがとうございます。そして、この参拝をお世話をしてくれた西村塾の仲間の皆さん、暑い中ご苦労様でした。

本年の靖国神社は、思いのほか静かだった。しかし、参拝の人々は例年より多かった。人々は、声を立てることなく、炎天下の参道に並び、参拝の順番を静かに待っていた。不肖、参拝に向かうに当たり、大村益次郎前で次のように挨拶した。

本年は、あの総理以下菅内閣の面々が靖国神社に参拝せず、まことによかった。あのような、歴史を捏造して英霊を辱めた者たちが参拝すれば、靖国神社が汚れるからだ。

六十五年前の本日も、まだ戦争は続いている。沖縄戦は今も戦われていた。それ故、昨日も本日も、神風特別攻撃隊は、沖縄を目指して突撃していったのだ。

千島列島最北端の占守島の戦いはこれから始まる。日本軍守備隊は、八月十九日に島に上陸してきたソ連軍を断固迎撃して大損害を与えた。

スターリンは、ソ連軍が小さな占守島で全満州を上回る戦死者をだしたことに愕然とし、日本軍の精鋭が千島に配置されていることを思い知った。そして、これが、スターリンをして北海道侵攻を思いとどまらせた。

英霊は、まことによく戦われた。戦艦大和で出撃して生き残った吉田満氏は「戦艦大和の最後」という記録を残された。GHQによって検閲削除されたその記録で、乗組員の最後を「至烈の闘魂、至高の練度、天下に恥じざる最後なり」と結んだ。

英霊はその任務を果たして天下に恥じざる最後を遂げられた。しかしながら、その後も、戦いは執拗に続いている。それは、我が国を思想的に屈服させる攻撃であった。

そして、敵の攻勢は効を奏して、靖国神社に参拝して英霊に顔向けできない総理と閣僚が生み出されるに至っている。こと、ここにおいて我々の任務は明らかになった。

それは、英霊のご加護のもとに、この戦いを戦い抜き、勝利して我が国家に名誉を取り戻さなければならない、それは我々の任務だということである。これから昇殿参拝するのは、その為である。

三百五十名が二班に分かれて昇殿参拝した。硫黄島の擂鉢山の頂に翻る星条旗を二度にわたって下ろして日の丸を掲げた日本軍将兵のことをいつも思う。その名も知れない方も、確実に靖国神社におられる。英霊に感謝し、参拝させていただいた。
 
そして、なほらいの最後は、「酒たまねぎや」さんで締めくくった。ここに来れば、いつも思う。酒がこんなにうまいとは!以後、新幹線最終で、大阪に着くまで、あまり記憶なし。
 
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コメント
「半独立」

この言葉が今の日本国の現状にぴったり当てはまると思います。
が、そう遠くない未来に、日本は真の独立を果せる事を信じております。



世の中、絶え間なく変化しております。
こと最近では、インターネットの普及により、人々のものの見方が少しずつ良い方向へ変わってきているように感じるこの頃です。

貴方様の書かれている文章も然り、その一翼を担っておられますことを信じてやみません。


齢18、通りすがりの戯言でした。
| 日はまた昇る | 2010/08/17 3:13 AM |
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