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「主人が会いたがっているから来てよ」 古沢襄
五年間の北陸勤務が終えて本社に戻ってきた夜、福田赳夫夫人から電話があった。「主人が会いたがっているから来てよ」・・・。私が本社に戻ってきた知らせは出していない。政治部時代に福田夫人にはお世話になった。毎日新聞の江口宏さん(政治部長、下野新聞社長)と”サンマ”(三人麻雀)をやったり、三人で多摩川の河川敷ゴルフ場で早朝ゴルフに興じた。オンボロの自家用車を福田夫人は自分で運転してきた。

江口さんは一風変わったところがある。旧制佐賀高校から東大を出て毎日新聞に入社。私も一風変わった捨て鉢なところがあるから、たちまち意気投合。新橋で二人で酒を飲んでいたら、思いついた様に「福田のところに行こう」と江口さんが言い出した。

私は政敵の池田勇人氏の派閥を担当していたから断るべきなのだが、酒の勢いもあって世田谷野沢の福田邸に行くことになった。門が閉まっている。どうするのかと思っていたら、邸のブッロク塀をよじ登って、上から「早く来いよ」と声を掛けられた。夜中の泥棒になった気がしたが、玄関に立ってベルを押すと電気がついて福田夫人が出てきた。

「主人はまだよ」と笑いながら、奥のコタツのある部屋に案内された。どうやら江口さんは塀をよじ登って現れる常習者。門のところまで福田夫人に出迎えに来て貰う手間を省くという江口さんなりの理屈がある。二時間も雑談していたら、大蔵省詰めの経済部記者が集まってきた。応接間で待っている。

やがて福田さんが帰宅した。茶の間に現れ立ったまま「よう!」。私が初対面の挨拶をする”いとま”もない。そうしたら江口さんが「帰るか」と言い出した。主の夜回り懇談には顔を出さずに帰るのだという。「野沢に特ダネなし、だから話を聞いても無駄だよ」・・・。仕方がないから、そのまま福田邸を辞去した。

車の中で「ジョウさん、明日、早朝ゴルフに行かないか。福田のカミさんも来るよ」。翌朝、福田夫人が河川敷ゴルフ場にオンボロの自家用でやってきた。「お腹が空いているでしょう」と福田夫人が言って、よしず張りの握り飯屋でお握りをご馳走になった。東京オリンピックの後、佐藤内閣が成立した頃の話である。

こんな縁で福田派の担当記者になったのだから、世の中のことは一寸先は闇。

それにしても北陸勤務から戻った日に福田夫人から電話を頂戴した謎が解けない。江口さんが言ったのかな、と思っていたら「それは森喜朗だよ」と謎ときをしてくれた。

翌日、赤坂プリンスホテルにある福田さんの事務所に行った。北陸在勤中に福田さんは二度、講演会で来て頂いている。そのお礼と帰任の挨拶のつもりでいた。

しかしのっけから「国債の発行をどう思う」と聞かれた。所得倍増政策を進めた池田内閣の末期には、中小企業の倒産が目立つようになっていた。福田さんは経済成長のスピードにブレーキをかける安定経済成長路線を唱えた。

経済成長にブレーキがかかれば、税収が減る危険性がある。といって高度経済成長を野放しにすれば、インフレ経済におちいる。インフレになって被害者になるのは高齢の年金生活者という政治判断を福田さんは迫られていた。

「国民が借金をするのではなくて、国家が借金するのだよ。そして経済成長が安定路線に乗れば、国債の発行にブレーキをかける」というのが、佐藤内閣の財政を預かった福田さんの財政政策であった。この政策は間違っていない。世界の各国も国家が発行する公債政策を進めていた。

だが国債の発行が行き過ぎると国家財政の破綻を招き、それを市場が解消するために急激なインフレを招くおそれも内在している。国債発行についてはウイキペデイアが要領よくまとめている。

<<国債は発行時に償還期限と利率が定められており、購入者はこれに応じた利息を受け取ることができる。償還期限を迎えると、元金である国債の発行時の金額(額面額、または額面価格という)が支払われる。

国債は他の債券同様、発行された後でも市場で売買できるため、価格は常に変動している。国債価格とその裏返しとしての国債金利(長期金利)は世界情勢や、国債を発行している国の社会動向、経済状態を反映するため、政治的にも非常に重要な要素である。

日本の場合一般に国債=借金というイメージが強い。一部に国債=株券、国債金利=配当が実情に近いと強弁するものもいるが、国債金利は、赤字財政でも強制的に支払う義務があり、自転車操業により雪だるま式に赤字が増えていく。

現代においては、国家への融資であるため、比較的安全な投資であるとされる。しかし、過去には2000年にアルゼンチンがデフォルト(債務不履行)を宣言している例がある。国債の信用力については、民間会社による格付けが行われている。

国債をめぐる政策は、広義の近代化である大航海時代以来、長く社会問題の軸になってきた。君主が発行する公債は、君主の私的債務か国家の公的債務かの区別が曖昧だった。償還の原資が必ずしも保証されておらず、資金繰りに困った君主により恣意的に債権放棄させられる危険性ばかりでなく、次代の君主が先代の債務を引き継がないなどの原因でしばしばデフォルトに陥った。

そのため、公債は償還期限が短期でリスクを反映して利率が高く、それゆえ君主が返済に困ってデフォルトを繰り返すという悪循環を繰り返していた。絶対王政の時代には欧州の君主はしばしば戦争を行い、それらの戦費はこうした公債で賄われることがしばしばであった。

償還期限が長期で利率の低い(すなわちリスクが低い)国債が安定して発行されるのは、恒久的な議会が国家の歳出と歳入・課税に関する権利を国王から奪取し、君主の私的財政と国家の財政(国庫)を分離する時代まで待たなければならなかった。オランダではホラント州の議会がそのような先鞭を付け、オランダ国王はホラント州議会の保証を裏付けとして公債を発行することができた。

イギリスはウィリアム3世の時代にオランダの制度を導入して、国債の発行時に返済の裏付けとなる恒久的な税を創設することなどが行われるようになった。名誉革命と権利章典により、議会が国庫と課税を管理し、君主は議会の同意なしに課税も国庫からの支出も行えなくなった。イギリス議会はコンソル債とよばれる単一の国債に既に発行済みの複数の公債を一元化し、金利の安定化と流動性の確保に務めた。それにより、コンソル債は欧州でもっともリスクの低い債券として信用され、各国の国債のベンチマークとなった。この過程でイングランド銀行は国家の歳出・歳入口座をもつ唯一の銀行、すなわち中央銀行としての地位を確立した。

欧州では18世紀までの度重なる戦争で、諸国政府は莫大な国債発行残高を抱えていた。イギリスは19世紀初頭には国民所得の数倍に達するほどの発行残を抱えていた。その後、産業革命による活発な民間投資と経済成長、夜警国家政策により国民所得に対する比率を低下させた。>>

菅内閣は国債発行を抑えるために増税を含む税制改革を検討している。しかし根っこのところの”大きな政府”で人気取りのバラマキ政策をしているかぎり抜本的な財政改革は難しい。最後の行き着く先は、国債発行額の総額を抑えるインフレ経済の導入になる危険性がある。

それは福田さんが目指した安定経済成長とは異なる世界であろう。

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