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韓国海軍哨戒艦の沈没とラングーン事件 古沢襄
1983年10月9日、韓国の全斗煥(チョンドファン)大統領がビルマの首都ラングーンを公式訪問した。全大統領は公式訪問の最初の行事として、ビルマの国父・アウン・サン廟で花輪を捧げる予定だった。大統領の車が到着する前に、駐ビルマ韓国大使の公用車が太極旗をなびかせて到着した。

一人のビルマ人ラッパ手が儀式の練習でラッパを吹いた。そのときである。北朝鮮陸軍のジン・モ少佐が献花式の始まりと勘違いして強力な爆弾を炸裂させた。

すざまじい爆発で会場で待機していた四人の韓国閣僚、二人の大統領補佐官、韓国大使が即死、死者の中には李範錫(イボムスク)が含まれている。到着が遅れた全斗煥は九死に一生を得た。

ビルマで最高の崇拝の場であるアウン・サン廟で17人の韓国人、4人のビルマ人の命が奪われたのだからビルマ政府の動きは早かった。北朝鮮と友好関係にあったビルマは、北朝鮮軍将校を逮捕、そのうちの一人、カン・ミンチョル大尉は全面自供して爆破計画が平壌で計画されたと暴露している。

ビルマ駐在の北朝鮮外交官はすべて追放、北朝鮮とビルマの外交関係は断絶している。米国のテロ問題専門家ジョゼフ・バーミュデス氏によると、この事件が発生する一年前の1982年、北朝鮮の秘密対外工作は、金正日総書記の指揮下に置かれていた。当然のことながら、北朝鮮は爆破事件への関与を全面否定。

ソウルが激しい怒りに包まれたのは言うまでもない。帰国した全斗煥は生き残りの閣僚や安全保障チームと会議を開催、尹誠敏(ユンソンミン)国防相は報復として韓国空軍による北朝鮮空爆を唱えた。しかし全斗煥はこの提案を拒否。

翌月、ソウルを訪問したレーガン米大統領は「ラングーン事件で貴下が自制されたことを称える」と全斗煥を称賛した。米国は朝鮮半島で事を起こすことは好まなかったといえる。

・・・あれから30年近い歳月を経て、韓国海軍哨戒艦「天安(チョンアン)」の沈没をめぐって、朝鮮半島に緊張が高まっている。外務省は北朝鮮による攻撃が認定されれば、「北東アジアは相当に緊迫した局面に入る」とみている。

韓国の世論が沸騰しているのは、ラングーン事件以来かもしれない。韓国軍が北朝鮮を急襲する事態も想定されている。イラク・アフガンで手一杯の米国は、本音でいえば李明博(イミョンバク)大統領に自制を求めたいところであろう。

しかしレーガン時代に較べて韓国に対する米国の発言力は一時ほどではない。韓国軍に引きずられて北朝鮮に対する制裁の軍事行動に走ることもないとは言えない。

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