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昔もいた暗愚の帝王  渡部亮次郎
鈴木善幸(すずき ぜんこう=岩手県選出)は郵政大臣、官房長官、農林大臣を務めたから、政治家としてはそこそこの経歴といえた。しかし、自民党内では長い事、総務会長として、もめる党内をまあまあと纏める役として重宝がられた。

自民党総務会長は、政府の鉄道建設審議会の会長を兼務していたので、新潟新幹線、東北新幹線のルート決定に際し、盟友田中角栄に便宜を図ったのではないかと噂されたりした。

そんなこと、表立った問題にはならなかったが、いきなり総理大臣になったので「ZENKO WHOU?」となり、やがて「暗愚の帝王」と私の友人が雑誌に寄稿したので、そうなってしまった。鳩山が始まりではないのだ。

鈴木氏は自民党内で、所謂党人派の大物として、「公家」タイプの政治家の多い大平正芳派の番頭を務めていたとき、会長で総理大臣だった大平が総選挙中、心筋梗塞で急死したので、立場が急変した。

昭和55(1980)年6月12日未明のこと。大平内閣でも外務大臣を務めた園田直は虎ノ門病院での弔問を終えるや、秘書官の私をつれて目白の田中邸に直行。角栄との会談で、後継総理は鈴木善幸とすることで一致、直ちに党内工作に着手。

福田赳夫の「大平いじめ」が死を招いたとの反省があったため、鈴木内閣はすんなり誕生した。

ところが翌年のゴールデン・ウイークに行なわれた日米首脳会談に伴う共同声明を巡って閣内不統一の事態となって、「首相なのに外交が一切分からないとは、こりゃ暗愚の帝王だ」ということになってしまった。

鳩山は政治とは何かの全く分からないまま総理大臣になってしまったが、鈴木はただ「外交」が分からなかったばかりに「暗愚」とされた。

鳩山のほうは、内政も分からない分、鈴木に輪をかけた暗愚と言うほか無い。なによりも日本外交の基軸である日米関係を損なったことは「国賊」に値する。

事件直後、若い頃から知り合いだった私に鈴木は言った。「オレは外交にはズブの素人だよ。踊りは終いまで教えてくれなきゃ踊れいよ」外務事務次官が私にいった。「あれだけの大物に、モノを教えるのは失礼かと、遠慮した」。

産経を代表する敏腕政治記者阿比留瑠比は鳩山について1日<「脱力、倦怠、諦観、虚無感、無関心、無感動…。鳩山氏を見ていると、さまざまなマイナスの感情に囚われそうになります。

今回の沖縄訪問(5月4日)についても、ある民主党議員は、「鳩山は県庁までいきつけないで、立ち往生するのではないか」と予想していました。

そして、「辞めるよ」と。まあ、この予想通りになるかどうかは分かりませんし、参院選まで居座るかもしれませんが、「史上最低の総理」の名声は歴史に、そして日本人の脳裏に深く刻まれることだろうと思います。>と自らのブログに書いた。

「史上最低」では鳩山は鈴木の「暗愚」を超えてしまった。しかし初代の暗愚は再選を辞退し、跡を中曽根に譲って濁さなかった。(敬称略)

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