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生涯、3回死を覚悟した 岩見隆夫
先日お会いした山口県下関市在住の直木賞作家、古川薫から、岸信介元首相が詠んだ漢詩<巣鴨獄中作>を教えていただいた。

岸は敗戦まもない1945年9月、48歳の時、A級戦犯容疑者として逮捕、巣鴨拘置所に収容され、48年12月釈放される。3年3カ月獄中暮らしだった。

次の岸の漢詩には、<獄裏聴雨>の表題がついている。46年正月の作と思われる。

寒雨飲むが如く憂いを獄に入る
書を閉じて耳を傾ければ思い悠々たり
言うなかれ雨を聴くは風流事なりと
囚人を愁殺し涙自からあふる

国破れて山河戦塵絶え
憐れむべき状裡新春を迎う
豈悲しまんや五十年夢のごとし
壮士猶草莽の臣存す

草莽(そうもう)の臣、は在野の人である。古川は紹介文のなかで、

<この漢詩を詠んだころは、無事釈放など予想もできなかったに違いない。独房のなかで、死と向かいあう極限状況下の作品だ。

高杉晋作が脱藩の罪で野山獄(吉田松陰らを収容した萩市の牢獄(ろうごく))に投ぜられた時の「囚中作」という漢詩がある。晋作も刑死を覚悟していた。むろん晋作と岸信介を同列に論ずることはできないが、死のにおいを嗅(か)ぎながら、獄中につながれた政治犯の漢詩には、何か共通する静謐(せいひつ)な熱気を感じることができる>と書いている。

岸はこの14年後、首相として日米安保条約改定の大仕事をやり遂げた。今年は改定から50年の節目だ。岸の長女、安倍洋子は「わたしの安倍晋太郎−−岸信介の娘として」(文芸春秋・92年刊)のなかで、

<後年、父は、生涯に3回死を覚悟したと言っておりました。1回は東条(英機)首相との対決の時、2回はA級戦犯として巣鴨プリズンに収監された時、3回は安保国会の時です>と書いている。岸が一度は自衛隊の出動まで決意したほど、安保改定阻止のデモ攻勢は激しく、

<殺されるかもしれないが、やるしかない>と腹を据えなければならなかった。

また、岸の実弟、佐藤栄作元首相は沖縄の施政権返還に政治生命を賭けた。中曽根康弘元首相が最近明らかにしたところによると、佐藤が政権に就いて間もなく、保利茂元官房長官に懇願されて、東京・代沢の私邸を訪ね、玄関を開けると、佐藤が羽織はかまで立っていて驚かされる。当時、中曽根は反佐藤のリーダー。佐藤は、

「アメリカに返還を求める以上は、党内野党があってはまずい。一緒にやってほしい」と頭を下げ、中曽根が、「本気でやるのか」と聞くと、

「もちろん本気だ。いざとなれば、死ぬつもりでやるのだ」と答えた。中曽根は協力を約束したという。

時が流れ、鳩山政権は日米安保の今後と沖縄・普天間飛行場の移設問題であえいでいるが、腰が定まらない。かつて安保と沖縄に挑んだ両首相はともに<死>を口にしながら、目標達成にすさまじい執念を燃やした。いま、それが乏しいのではないか。

2年前、安倍洋子にインタビューした時、「いまの政治家を見ると、だんだん昔のような人たちが少なくなっちゃった。なにか皆小粒というか。本当に大事なことをどう思っているのかしら」と嘆いた。(敬称略)

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