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議会証言「日産」の前例 古森義久
豊田社長の米議会証言は日本の自動車企業の日本人代表としては初めてであるかのように日本側では報じられていますが、実は前例がありました。その当時の状況は現在と似ている部分も多々あります。

まず「日本の自動車企業の日本人代表によるアメリカ議会公聴会での証言」の実例を紹介する記事を書きました。

                 =======

トヨタ公聴会 30年前にも米国日産・鈴木副社長が証人に

■英語の壁とスピード質疑にたじたじ

【ワシントン=古森義久】トヨタ自動車の豊田章男社長の米国議会公聴会での証言が注視されているが、日本の自動車メーカーの日本人代表の同公聴会での証言は過去に1度だけ前例があった。

そのときの証人の苦労も参考ともなりそうだ。

米国議会で日本車問題は本格審議の対象に何度もなってきたが、日本側自動車企業を正式に代表する日本人が初めて公聴会証言をしたのは1980年3月19日、上下両院合同経済委員会(委員長・ロイド・ベンツェン上院議員)が開いた日本車問題公聴会だった。

日本車が米国に大量に輸入され、よく売れて、米側自動車産業の衰退を招いたとして、議会は日本車の対米輸出規制や米国内での生産、部品現地調達を求めるようになった。

同公聴会にはトヨタ、日産、ホンダの3社の代表が証人として招かれた。

トヨタとホンダはいずれも米国法人代表の米国人が証言したが、日産だけは米国日産自動車の鈴木康彦副社長が証人となった。

鈴木氏は当時在米10年以上の米国通で英語も得意とされていた。

公聴会では米側の証人に全米自動車労組の会長や鉄鋼業界の代表が並び、日本企業への種々の非難が浴びせられた。

委員長のベンツェン議員も日本の「米製品締め出し」や「防衛責任不履行」まで持ち出し、語調を険しくした。日本側3証人の最後に登場した鈴木氏はすべて英語で証言することにし、当初に準備した冒頭声明で輸入規制や部品現地調達への反対を言明したところまでは円滑だった。

ところが、議員側との質疑応答でベンツェン議員に「現地調達に反対というが、日本は自国内の航空機の組み立てやコンピューター製造に高い現地調達率を課しているではないか」と突っ込まれると、鈴木氏は口ごもり、公聴会の流れの速度をすっかり変える結果となった。

ブラウン議員の「米国メーカーが小型車生産を3年後に始めたら、日産車の米国でのセールスはどうなると思うか」という質問にも、しばらく沈黙し、「意味がよくわからない」と答え、傍聴席にも白けた空気が流れた。

その後も鈴木氏は、日本企業側に同情的な議員からの質問にもうまく答えられず、「時間をかけないと回答できない」という答弁までして、日本人にとっての“英語の壁”の厚さとともに、米側議員たちのスピード質疑にたじたじの様子が明白だった。

この公聴会からちょうど30年、日本自動車メーカー代表の日本人の議会証言としては2度目となる。

豊田社長も英語が流暢(りゆうちよう)とされながらも通訳を使うという対応は賢明とはいえ、米側議員たちの攻撃的な追及は前回の実例が教訓ともなりうるだろう。   http://komoriy.iza.ne.jp/

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| 古森義久 | 08:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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