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かやき(貝焼き)で育った 渡部亮次郎
「かやき」とは、主に秋田県、青森県など日本海側の東北地方で食べられる鍋料理の一種。「かやき」は、貝焼きが訛った言葉で、現在では貝でなく小型の鍋を用いた1人用の鍋料理を「貝焼き=かやき」という。

元々は鍋は農漁民にとっては高価だったこともあり、大きな貝殻を鍋に代用した。ホタテが多いが、アワビの貝殻が用いられる事もある。

中味は季節の魚(ハタハタ、カワヤツメなど)、野菜、豆腐、茸などを味付けしただし汁で煮込むもので、東京で言う寄せ鍋の調理法と類似している。

昔はこれを七輪に炭をおこして煮るから手間がかかって皆、厭がったものだが、いまは卓上ガス・こん炉だから簡単。

ハタハタの場合、調味にしょっつる(ハタハタから作られた魚醤)を用いる事から、しょっつるかやき(貝焼き)と呼称する事もある。

また、カワヤツメのかやきは、新鮮なカワヤツメをぶつ切りにしてネギやゴボウと共に味噌味のだし汁で煮た鍋である。日本で賞味されることの少ないカワヤツメの鮮魚を用いた秋田の冬の味覚となっている。

「かやき」は、本来は貝殻を用い、貝からの出汁も利用しようとするものであるが、秋田県内陸部などでは貝を利用しない鍋物料理も「かやき」と呼ばれることが多い。

私の場合は目の前が旧八郎潟。そこへ流れ込む川や用水路にも鮒や鯰がうようよいたから、網や釣り針で釣り、ぶつ切りににしたり、鮒は一匹ごと、葱、豆腐と一緒に煮た。美味しかった。

肝腎なのは煮るのは醤油ではいけないこと。淡水魚はみな泥(ごみ)臭い。それを消すのは味噌である。だから私の食べた「かやき」はすべて「味噌かやき」だった。

実を言うと、小学校(戦時中は国民学校)2年までは味噌汁が医者から止められていた。腎臓が弱く、塩気を摂れば死ぬといわれていた。だが、ある日、盗み飲みで味噌汁を飲んでしまった。ところが死ぬどころか、却って元気になり、運動会では常に1等ではないか。

母親は喜んだ。私の前に生まれた次男坊「琢次郎」が夭折しているので、腎臓の弱く生まれてきた補欠次男坊についても覚悟していたらしい。医者が枕元で「学校へ上がれるかどうか」と父母に言ったのを私は記憶していたから。

それが、味噌汁を飲み始めてから急に元気になり、敗戦後は野球を始めたら、学校では投手で4番バッター、主将になった。爾来、私のおかずは鮒の「味噌かやき」が定番になってしまった。

勿論、貧しい、戦中、戦後の農村。肉屋1軒あるわけじゃなし、スーパーも無い時代。同居していた祖父の捕ってくる鮒と鯰しか「具」は無かった。海の魚は高価。現金収入の乏しい農家の口にははいらなかった。

だから上京後も私が刺身を食えなかったのは厳密に言えば貧しすぎる少年時代を過ごしたためであり、よく考えれば悲しい話なのである。

経緯は省略するが、60歳にしてトロの味に目覚めたものの、いまも豚肉と豆腐、葱の「豚かやき」を醤油味で仕立て、家人も食べている。忙しい時は簡単で助かるそうだ。

別に「茄子かやき」もやる。鰹のナマリ節を買い置きしておき、小鍋に茄子と豆腐を加えて、味噌で煮るのだ。最近は茄子が年をつうじて入手できるから、最も安くて簡便な「かやき」である。

なお、貝殻を用いる鍋料理の方法は『料理物語』などで古くから知られており、島根県には鴨肉やセリを用いたすき焼き風の貝焼きがある。こちらは貝焼き(かいやき)と呼ぶそうだ。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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