<< 秘書の罪は議員の罪と言い辞職を迫った鳩山首相の言行不一致 桜井よしこ | main | 舛添前厚労相、自民に必要なのは「小沢氏超える独裁的指導者」 古沢襄 >>
中国知識層に『新青年』復刊の動き 宮崎正弘
共産党の思想の源流=陳独秀は毛沢東によって否定されてきたが。在米華字紙『博訊新聞網』(12月22日付け)によれば、中国の知識人のあいだで、雑誌『新青年』の復刊の動きが顕在化したと伝えた。
 
1915年、陳独秀が創刊した『新青年』はそのご、中国の学生、知識人を動かし、中国共産党設立の原動力となった。激動期を経て、1926年『新青年』は終巻となる。

一般的には陳独秀は殆ど知られていない。かれは中国のトロツキストと評価して良いほどの革命を純粋に正面から捉えていた。

陳独秀は魯迅同様に日本に留学、封建制度の打破、科学と民主主義という『新青年』の二大標語は、日本で学んだと言われ、人生の中でも早稲田留学を含め、数回、日本と行き来していた。

最近、上海の魯迅記念館などには『新青年』の実物が展示されるようになっている。たびたびの日本亡命時代に陳独秀は『新青年』を日本でも印刷していた。

『新青年』には魯迅、胡適らがあつまり、五四運動にいたるまで中心的役割を果たすが、国共合作以後は、党派党争に主流を奪われ、いつしか陳独秀は孤立、共産党に反対する組織を結成して対抗した。このため毛沢東の政権奪取以後、陳独秀は歴史から消されてきた。

その『新青年』が中国に復刊され、雑誌発行を監督する国家新聞出版総局にはすでに申請がなされ、書類は李克強・副首相のところまで挙がっているという。この動きは注目するに値する。

杜父魚ブログの全記事・索引リスト
| 宮崎正弘 | 14:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







スポンサーサイト
| - | 14:00 | - | - | pookmark |







コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://kajikablog.jugem.jp/trackback/995662
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

SEARCH

SELECTED ENTRIES

RECENT COMMENT

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE