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平成の「銑次」は出ないのか 皿木喜久
昭和56(1981)年5月7、8の両日、ワシントンで鈴木善幸首相とロナルド・レーガン大統領との日米首脳会談が行われた。鈴木は前年7月、大平正芳前首相の急死を受けて首相になった。レーガンもこの年の1月に就任したばかりで、首脳同士として初の顔合わせである。

主要テーマは日本の防衛力の増強だった。「強いアメリカ」を標榜(ひょうぼう)する大統領が、高度経済成長をなしとげた日本に対し、応分の負担による協力を求めたのだ。

その上で発表された共同声明は「日米両国の同盟関係は、民主主義、自由という共有する価値の上に築かれている」との文言を盛り込んだ。

ところが会談後、ワシントンで記者会見した鈴木から、奇妙な発言が飛び出す。共同声明の「同盟」に軍事的意味合いは含まれないというのだ。

鈴木は自民党の総務会長歴がやたらと長く「和の政治」で棚ぼたのように首相になった。当初から外交がアキレス腱(けん)になると危惧(きぐ)されていた。

それにしても、安全保障条約を結んでいる日本と米国との同盟に、軍事的意味が含まれないわけがない。首相の発言としてまことにお粗末だった。

だが鈴木は帰国後も同様の発言をくり返す。しかも自らの責任で発表した共同声明を「私の意図が反映されていない」とまで言い出す始末だった。鈴木としては「軍事色強まる」などとした日本の一部マスコミの報道に驚き、日米関係より国内での「評判」を気にしたものとみられた。

当然のごとく米側は安保条約をなおざりにするような発言にあきれ、不快感を示す。日米関係に亀裂が生じた。その危機を救ったのが、伊東正義外相と高島益郎外務事務次官のコンビだった。

高島が「軍事的関係、安全保障を含まないというのはナンセンスだ」と、異例の強い調子で批判する。伊東も「軍事同盟が含まれていることは当然だ」と応じた。

それでも鈴木が「抵抗」を示すと伊東は5月16日、高島の辞表を受け取った上で外相を辞任する。「混乱の責任をとる」というのが表向きだが、実際は怒りの辞任だった。そのことは、ある評論家から理由を聞かれ「銑次の心境だ」と答えたことでもわかる。

銑次とは前年、昭和55年のNHK大河ドラマ『獅子の時代』(山田太一作)に登場した平沼銑次という架空の主人公である。伊東と同じ会津出身の元下級武士で、明治になり事業を興すなどするが、持ち前の反骨精神で時の権力者と対立をくり返す人物だった。

伊東も高島も決して親米一辺倒ではなかった。伊東は後に日中友好議連会長もつとめている。それでも職を辞してまで、首相に「諫言」したのは、外交、とりわけ同盟関係にある国とのそれは、筋を通さねばならないことを強く言いたかったからだ。

鈴木も伊東の辞任で発言を事実上撤回するが、日米関係に落とした影は濃く、鈴木が翌年退陣する遠因になったともされる。

もう言うまでもないだろう。鳩山由紀夫首相の外交は、鈴木首相よりも大きな汚点を歴史に残そうとしている。米軍普天間飛行場の移設問題で日米の合意をほごにし両国関係は破綻(はたん)寸前になろうとしている。中国の習近平副主席の来日では中国の横車を許し、対中屈服外交に染まってしまった。

この「暴走」を止めるには、政府や民主党に伊東のような、あるいは銑次のような硬骨の士が出てくるしかない。

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