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河野太郎さんにも派閥はできる 岩見隆夫
自民党の総裁選で健闘した河野太郎さんについて、少し書きたい。投票の前、世間では、「ひょっとして河野がいくんじゃないか」

という声が結構多かった。世論調査でも、異端児といわれる河野さんが、当選した谷垣禎一さんを抑えてトップに立っていた。自民党の危機の深さが並でなく、よほどの荒療治をしないと、と世間も見抜いていたからだろう。

引退したお父さんの洋平さん(元自民党総裁、元衆院議長)が政界入りしたのは一九六七年一月の衆院選で、そのころから私は河野さんを知っている。まだ四歳だった。

洋平さんがプリンスといわれながら、自民党を離れて新自由クラブを旗揚げしたのが七六年、河野さんはこの時十三歳、中学生である。のちに、

「親父が新自クを作ったのが当選三回、三十九歳の時ですから、若いころは過激にやっていたのだなあと思います。ぼくもうかうかしておられません」

と語った。いま、河野さんは当選五回、四十六歳である。

祖父の一郎さん(元農相、元建設相)も押しの強い実力者だった。反吉田で新党結成を覚悟したことがある。首相の有力候補とみられながら六五年、六十七歳で急死した。一郎、洋平、太郎と河野一族には反逆の血が流れている、と言っていいだろう。

ところで、〈ごまめの歯ぎしり〉は、河野太郎さんが十三年前、衆院議員に初当選した時から国会報告紙とメールマガジンを出してきたタイトルだ。政治活動のリポートである。小泉政権のころ、首相官邸から発行されるメルマガに次いで、二番目の読者数を誇ったという。

〈ごまめの……〉は、力のないものがやたらいきり立つさまをいう。ごまめはカタクチイワシの乾製品のこと、つまり、河野さんは自らを力のないものに見立てていた。新人のころの命名だから仕方なかった。

しかし、メルマガの内容は最初から戦闘的で、だから読者も増えたらしい。たとえば、二〇〇〇年六月二十六日付、前日、森政権下で行われた衆院選の結果について、次のように書いている。

〈一二〇〇〇一票をいただき、ぼくは当選しました。しかし、現在の自由民主党の限界を露呈した選挙戦でありました。二七一議席から二三三議席に激減した責任を誰がとるのか、この敗因をどう分析するのか、党勢をどう立て直していくのか。

これだけ大敗しておいて、まさか執行部の誰も責任をとらないですまされると思ってもらっては困ります。モナカだかオナカだか知らないが、自分の首を守ろうとする前に、真の政治家ならばやることがあるだろう。

だいたい、二二九議席が責任ラインなんて、ふざけるな。森続投などと言われても、それを決めるのは派閥の領袖ではない。我々が決める〉

モナカ、オナカは当時の野中広務幹事長を皮肉ったもので、森喜朗首相の続投にイチャモンをつけている。これが夕刊紙で報じられ、自民党内に波紋を広げたりした。そのせいでもあるまいが、森さんは翌年四月に退陣している。

◇自民の敗因は国民不在 世代を超えた共同責任
さらに、河野さんは〈ごまめの……〉をまとめて『河野太郎の国会攻略本』(英治出版)という本を出した。六年前のことだ。この本のプロローグで、

〈私の戦いの相手は、既得権を守りたい自民党や野党の長老であり、国益はどうでもよくて省益だけを考えている官僚であり、古くさい国会の慣例であり、売れればよいというメディアです〉と闘争宣言をしている。

今回の総裁選出馬までに、以上のような流れがあった。早くから自民党長老を標的にし、代表格として森喜朗さんをヤリ玉にあげた。敵味方を峻別する過激な手法である。

森さんはかつて洋平総裁を幹事長として補佐した因縁もあり、人情論として息子による森攻撃は理解されにくい。しかし、河野さんはまったく遠慮がなかった。

森さんら長老を〈腐ったリンゴ〉と激しく決めつけ、「残すべき自民党と、切り捨てる自民党を明確に仕分けることが、この総裁選の大きな役割だ」

と退場を迫ったのだ。派閥を拠点にした長老支配が自民党政治を衰弱させ、国民からは見限られた、という基本認識に立っている。しかし、そうだろうか。

派閥に似たグループは民主党にもできている。河野さんがもっと大きくなれば、周りに河野さんを担ぐ集団が必ずできる。それが派閥だ。派閥というグループ化が悪いのでなく、悪いとすれば派閥の活用法である。

また、長老もさまざまだ。世代で政治家の善しあしを決める態度は根本的に間違っている。

「若いリーダーで党再生を」というならわかるが、長老世代は去れ、と短絡的に迫るのは、まったくおかしい。老・壮・青の総合力を抜きにして、党の立て直しなどできるはずがない。森さんは新聞インタビューで、

「河野太郎さんは父親の作ったグループ(麻生派)の中にいて、一番世襲の恩恵を受けた人だ。自分がどうやって当選してきたかは隠して、言いたい放題だ」

と腹立たしさを隠さなかった。息子の年齢の河野さんに〈腐ったリンゴ〉呼ばわりされたのでは、立つ瀬がないだろう。長幼の序などあったものではない。

地方の党員投票で河野さんが善戦したのはよくわかる。河野さんの若さと劇薬的な過激発言が、大敗のあとの茫然自失症状に気付け薬の効果を与えたからだった。森さんのあとに小泉純一郎さんが登場した時と似た空気を感じた。

だが、自民党の敗因が今度の総裁選で十分に論議されたとは思えない。第一原因は派閥政治や長老支配ではなく、自民党が国民の真の味方でなかったからだ。それは世代を超えた自民党議員の共同責任である。

責任のなすり合いではだめだ。河野さんはまだ若い。(サンデー毎日)

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