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記者会見とは何か、わかってない 岩見隆夫
恥ずかしながら、次のような記者体験がある−。

一九六六年の九月から十月にかけ、佐藤政権は〈黒い霧騒ぎ〉にあえいでいた。新任の荒船清十郎運輸相が、職権を乱用して選挙区の埼玉・深谷駅に上越、信越両線の急行上下四本を停車させたり、上林山栄吉防衛庁長官が自衛隊のYS11機で統幕議長ら最高幹部を引き連れお国(鹿児島)入りしたりとか、閣僚の間の抜けたような不祥事が続発したからだ。

新聞各紙は新しいタネを掘り出しては佐藤栄作首相の人事責任を追及し、自民党の一部には政権交代を求める動きも出て、雲行きがあやしくなっていた。愛知揆一官房長官ら首相を支える面々はイライラのしどおしだった。

当時、官房長官の私邸では週に一、二回、午後九時ごろから〈夜の記者懇談〉を開くのが慣例になっていた。記者会見の変形である。

その夜も懇談が始まった。酒豪で知られる愛知さんは当然酒が入っている。記者側もシラフではないから、普段なら打ちとけた本音のやりとりが交わされるところだ。

しかし、愛知さんは連日の新聞報道が腹に据えかねていたのか、突然、「新聞が悪いんだよ」と怒り出した。駆け出し記者だった私が、

「それはおかしい」と抗弁すると、愛知さんは、「なにっ、おかしいのは新聞だぞ」とむきになる。

「違いますよ……」と口争いしているうちに、愛知さんはすっくと立ち上がり、「表に出ろッ!」と私をにらみつけた。仕方ない。私も席を立ったところで騒然となり、双方止めが入って、懇談は中断となった。翌朝、長官側からお呼びがあり、

「昨夜は失敬」でケリになったが、しばらく〈表に出ろ事件〉と話題にされた。

それから六年後、こんどは愛知さんらが仕えた佐藤首相が、退任の記者会見で、「新聞は偏向しているから嫌いだ。出て行け」と記者を追い出し、テレビカメラだけに語りかける一人会見をする。世に名高い〈出て行け事件〉だ。

二つの事件でわかる通り、記者会見にしろ懇談にしろ、会見者と記者側にある程度の信頼関係がなければ成立しない。また、対立、緊張の関係にあっても、双方に〈対話〉の意思があれば成り立つのだ。

言い換えれば、記者会見はあくまでも双方向であり、一方的な情報伝達手段ではない。会見側の一方的なもの、と考えているとすれば、とんでもない思いあがり、錯覚だ。

◇情報めぐる〈勝負の場〉 政府が勝手に打ち切り
鳩山内閣が九月十六日の閣僚懇談会で申し合わせた官僚の記者会見禁止方針を読んで、まずそのことを思った。記者会見を毎日こなしていながら、記者会見とは何か、がわかっていない。申し合わせは、

〈府省の見解を表明する記者会見は、大臣等の「政」が行い、事務次官等の定例記者会見は行わない。ただし、専門性その他の状況に応じ、大臣等が適切と判断した場合は、「官」が行うことがある〉

としている。メディア側が国民の〈知る権利〉を守る立場から総反発したため、鳩山由紀夫首相は、閣僚の指示があれば事務次官も認めると修正したが、原則禁止の方針は変えていない。

〈知る権利〉に反するとの批判はその通りだが、それを持ち出す以前に、政府の申し合わせは重大なルール違反を犯していると言いたい。

過去、数えきれないくらい繰り返されてきた事務次官の定例会見は、政府側の都合や温情でやられたのではなく、記者側の了解のもとに、政府情報をめぐる〈真剣勝負の場〉として設定されてきた。会見での失言で事務次官ポストを棒に振ったケースもある。つまり、双方向の機能と緊張が保たれてきたのだ。

ところが、民主党政府は何を勘違いしたのか、記者側の了解を取らずに、一方的に禁止措置を取った。記者会見を続けるのもやめるのも政府の権限と都合でできる、というおごり高ぶった態度ではないか。

冗談ではない。政府と国民をつなぐパイプとして長年続けられてきた慣行を、政府側が勝手に断ち切るのは反国民的な振る舞いだ。鳩山さんも平野博文官房長官も、専制主義的な政治家とは思わないが、政権交代の気負いのせいか、民主主義の機微に触れることに気付いていない。

次に、平野長官は、「新政権の目指す政治主導という考え方に立っている」と禁止の理由を説明した。〈政治主導〉という新政権の大眼目には全面的に賛成だ。しかし、それと事務次官の記者会見禁止は何の関係もない。次官会見によって政治主導が侵されるのではないかという先入観と恐れを抱いているようで、随分と自信のないことである。

〈府省の見解を表明する記者会見は、大臣等の「政」が行い……〉と申し合わせにあるが、だからといって次官会見を禁止することはない。以前に次官が官僚の矩を超えて〈見解〉を述べたケースがあれば、そうならないように協議、指導することこそ政治主導であって、むしろ府省内部での大臣の主導力が試される場面ではないのか。次官会見を封じるのは、官僚になめられるだけで、姑息な自衛策とみられても仕方ない。

一万回をゆうに超える記者会見に参加してきた私の経験では、行政側が嫌がっても、「会見だ、会見だ」と強く要求して実現したことが何度となくあった。定例だけでなく、聞くべきものは聞く、というのが記者会見の当然の姿である。〈禁止〉などという言葉はなじまないし、民主主義国であってはならない。

政治主導は開放的に、力強く、試行錯誤を恐れずにやってもらいたいのだ。申し合わせは廃棄しなさい。(サンデー毎日)

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