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木戸・元『毎日』主筆の回想録に拍手 岩見隆夫
『毎日新聞』で社会部長、編集局長、主筆を歴任した木戸湊さんが、『記者たちよ ハンターになれ!』(新風書房)というタイトルの回想録を先日、出版した。表紙は緑の草原を獲物を狙って疾駆するチーターの写真をあしらっている。

木戸さんの四十年間の記者生活で残ったスクラップ帳が百冊余りになったそうで、それを繰りながら拾い上げた十一のエピソードをつづったものだという。末の娘さんにパソコンで清書してもらったら、

「お父さん、自慢話が多いわね」とチクリとやられて頭をかいた、と〈まえがき〉にあった。

だが、私は読み進みながら、何度となく胸にぐっとくるものがあった。エピソードなんて軽い読み物ではない。重たい記者ドラマばかりだった。木戸さんは私より少し若い同僚記者だから、よく知っている。熱血漢で筋を通す非妥協的な人柄にも、ある時期、接した。

しかし、十一の秘話はどれも初耳だった。ああ、そんなことがあったのか、と驚き、心揺さぶられながら読ませてもらった。うらやましくもあった。正直、記者魂の差を感じる。

昔、駆け出しのころ、NHKテレビに『事件記者』(一九五八−六六年)という人気番組があった。推理作家の島田一男さんが戦前の記者経験をもとにシナリオを書いたとかで、私も欠かさず見た覚えがある。だが、木戸さんが書いた実話は、迫真力において『事件記者』のストーリーを超える。フィクションはフィクションでしかない。

どれを紹介しようか、迷ったあげく、第七章の、〈「守秘」VS「報道の自由」−梅川事件の舞台裏〉にした。その理由はおいおいわかる。

三十年前の一九七九年一月二十六日に発生した梅川事件のおぞましさを、記憶にとどめている中高年の人は少なくないはずだ。目をおおう、とはこの事件のことだった。

木戸さんの手記によると、犯人の梅川昭美(当時三十歳)は大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店に猟銃をひっさげて乱入し、

「いまから十数えるうちに五千万円を出せ」とわめきながら、まず一一〇番していた行員を射殺、数分後に駆けつけた住吉署の警官二人を射殺した。

さらに、「支店長はどいつや?」

と怒鳴り、名乗り出た支店長を至近距離から射殺、以後もカッとするたびに猟銃を乱射しながら、血まみれでうめく行員の耳を同僚に切り取らせたり、支店長席に陣取った自分の回りに素っ裸にした女子行員らを座らせて〈人間バリケード〉を築いた。また、射殺した四遺体に舌打ちしながら、

「寒いからあいつらに灯油をかけてタキ火にしろ」などとうそぶき、客、行員ら約四十人を人質に立てこもったのだ。

以上が犯罪史上もっとも凶悪とされた事件の概略、信じがたい地獄絵というほかない。木戸さんは大阪府警詰めのキャップだった。

◇自由で民主的な社会を保つ 真実に迫ろうとする記者たち
四十二時間後、特殊部隊が突入して梅川を射殺、事件は解決した。話はこのあとである。

解決から四日後の二月一日付『毎日新聞』朝刊に三枚の写真が掲載された。一面トップはチロルハットにサングラス、猟銃を抱えて支店長席にふんぞり返る梅川、社会面には机に正座させられうなだれる人質たち、血のりがべったり床に広がる梅川の射殺跡、震えるほどの決定的スクープ写真だった。

だが、この瞬間から『毎日新聞』と大阪府警のきわどい攻防が始まる。写真を府警から極秘に入手した記者たちの活躍は省略するが、警察庁と府警の首脳陣は写真流出に激怒し、地方公務員の守秘義務違反の共犯(そそのかし)で『毎日新聞』を徹底捜査する方針を固めたのだ。

「身内から犠牲者が出てもやむを得ない。まず『毎日新聞』をやっつけろ」となった。

木戸キャップはあわてる。接写した写真とフィルム、克明に記された記者たちの夜回り帳をバッグに入れて、国鉄(当時)大阪駅のコインロッカーに隠し、そのカギを五キロ離れた南海電鉄難波駅のコインロッカーに入れ、難波駅のカギはなじみのバーのママに、

「黙って一カ月……」と頼み込んで預けた。以後、タクシーで両ロッカーに百円玉を入れて回るのが木戸さんの日課になった。

一方で吉田府警本部長を毎晩訪ね、「あの手この手でネタ元に迫るのが新聞記者のサガです。なぜなら、真相を知りたい数百万の読者がいるから」などと説得したが、本部長は沈黙したままだ。攻防戦は十日続き、終わった。

「情報合戦でわれわれは負けたんだ。本日をもってこの件は打ち止め。新聞記者とは、かくありたいものだな」と本部長が幹部会議でつぶやいたという情報が入る。虎口を脱した木戸さんたちはその深夜、おでん屋で祝杯をあげ、写真を入手した記者は本部長発言を知って涙ぐんだ。

後日談がある。いずれは警視総監、といわれた吉田さんはまもなく勇退、木戸さんは得点より失点にウエートを置くお役所人事に憤りを覚える一方、吉田さんへの申し訳なさがつきまとったそうだ。

のちに、吉田さんから手紙をもらった。

〈……スクープ写真には度肝を抜かれましたが、貴方にも私にとっても一生の思い出となりましたね……現職中のことは多くを語らずが信条です。今後とも大阪府警に変わりないご支援を〉

−。

実は、いちばん紹介したかったのは第一章〈「人の情け」が身にしみた名誉毀損事件〉だった。記者三年目に遭遇した痛快な特ダネ始末記である。それを割愛したのは、梅川事件にみる記者根性を多くの人に知ってほしかった。

新聞の斜陽が言われる。だが、真実に迫ろうとする記者たちの黙々の日々がなければ、自由で民主的な社会は保てない。その断面を赤裸々に書き残してくださった木戸さんの出版に拍手だ。(サンデー毎日)

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