<< 小澤一郎の勘違い 渡部亮次郎 | main | 中国の知的財産丸ごと乗っとり策 桜井よしこ >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |







庶民感情とは違う世界のお話 古沢襄
日本人には源頼朝を嫌い、源義経を惜しむ庶民の美学がある。戦後政治でいえば吉田茂よりも緒方竹虎を惜しむ庶民感情があった。勝者に靡くよりは、敗者に深い哀惜の心を抱く心情というのは、長い歴史の中で培われた日本人の特性だったといえる。

水に落ちた犬を叩くというのは日本人のものではない。死者に鞭打つ振る舞いには、日本人は眉をひそめる。カネに執着する者は卑しいとされてきた。

ロシアに二度渡り、シベリアの土となった抑留者の墓参をした時に、州政府の役人は「独ソ戦で死亡したロシア人の遺骨を求める風習は、われわれにはなかった。戦後、半世紀を過ぎようとしているのに、日本人は捕虜(ロシア人はそう呼ぶ)の墓を毎年、拝みにやってくる。学ばねばならない」と感動を隠さなかった。

シベリアに祈る

州政府の副長官は女性だったが、朝、バスで出発するわれわれを部下を連れて見送りに来てくれた。いつまでも手を振って、別れを惜しむロシア人を見て、庶民感情には国境がないという思いを深くした。

シベリアの北にタイシェットという小さな街がある。今ではシベリア原油を送るパイプラインの発進基地として知られる様になったが、当時はホテルひとつない寂れた町であった。そこの町長はわれわれを歓迎して、自ら紅茶のサービスをしながら、この地で亡くなった日本人抑留者の話をしてくれた。すでに十年以上も昔の話となった。

今も続く墓参の旅はロシア人に深い感動を与えている。

支那事変や大東亜戦争の緒戦で勝ち進んだ日本人には、この感情が欠落していた。勝者の奢りが為せる技といえる。敗者になって、この感情が初めて復活している。

関係のないことだが、今の民主党の代表選びをみていると、小沢支配に揺れる様は、日本人の庶民感情とは違う世界のお話の様にみえる。

杜父魚ブログの全記事・索引リスト
| - | 05:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







スポンサーサイト
| - | 05:58 | - | - | pookmark |







コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://kajikablog.jugem.jp/trackback/954204
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>

SEARCH

SELECTED ENTRIES

RECENT COMMENT

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE