<< 日本の政局のキホンを解説する 花岡信昭 | main | 中国がメキシコ便の受け入れを停止 古沢襄 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |







改めて「マッカーサー憲法」 岩見隆夫
あす、62回目の憲法記念日、施行の日である。

戦後生まれの評論家、松本健一は00年12月7日、衆院憲法調査会に参考人として招かれ、意見を述べた。この時、松本は

「私は国民憲法と第3の開国、というふうなテーマでお話をさせていただきたい」と、同会でのほかの参考人26人の陳述と違って、<国民憲法>という新しい言葉を使っている。

幕末維新・第1の開国のあとの明治憲法はテリトリー(領土)ゲームの時代、終戦・第2の開国による現憲法はウエルス(富)ゲームの時代の憲法だった、とした。

そして、冷戦構造解体によって89年以後始まる世界史の新たなステージ(第3の開国)では、いままでの軍事力や経済力と違って、固有の文化を主体としたアイデンティティー(自己同一性)ゲームの国民憲法が必要だという。

戦後派らしい軽やかな位置づけだ。長らく9条(戦争放棄)の賛否を中心に続けられた、重苦しいような改憲論議の呪縛から解き放たれた感じがある。

だが、世論調査では8割以上が憲法改正を容認しているのに、もうひとつ世間の熱気が伝わってこないのはなぜなのか。松本が言うような<時代と憲法>についての共通認識が熟していないことと、やはり現憲法誕生のいきさつがモヤモヤしたままだからではなかろうか。

最近は<マッカーサー憲法>と言われなくなったが、戦後の日本を占領統治した連合国軍総司令部(GHQ)の司令官、マッカーサー元帥と憲法の関係を簡単に整理しておきたい。

マ元帥が東久邇内閣の副総理格だった近衛文麿国務相を呼んで、

「憲法は早急に改正して自由主義的要素を十分に取り入れねばならない。婦人の参政権と、労働者の権利を認める必要がある」

とせっついたのは終戦まもない45年10月4日、すぐに天皇陛下に報告すると、天皇は「おまえ、やれ」と命じたという。しかし、その5日後に幣原内閣が発足、幣原喜重郎首相はマ元帥の意向を聞き、

「そんなことを日本政府に命令するとはけしからん。近衛公は新しがり屋だから、出すぎている」と憤慨した。幣原は改正に気乗り薄だった。

しかし、マ元帥は幣原とも会見して、「強要はしないが、日本のためだ」

と命令調だ。以後、松本烝治国務相の手で改正作業が進むが、GHQ、天皇、近衛、政府の間で微妙な経過をたどった。

翌46年正月、保守的な松本試案ができあがる。だが、GHQは拒否。独自に作成されたGHQ草案をみると、天皇の象徴制、戦争放棄のほかに、国会の1院制、土地の国有化などが記されていた。日本側はこのとっぴな案に驚愕(きょうがく)する。幣原がマ元帥と会見、再考を求めると、

「ソ連や豪州が日本を恐れ、天皇制で激しい意見がでている。私は天皇制を維持したいから、早く(GHQ案を)受け入れることが必要だ」

と妥協の意思がない。特に象徴制と戦争放棄は2大原則だ、とマ元帥は譲らない決意を示した。

条文ごとの大詰めの調整は3月4日、GHQの部屋で行われたが、マ元帥も閣議も徹夜になった−−。

以上の詳細は52年4月から毎日新聞に連載された<占領秘録>に記されている。現憲法は完全にマ元帥ペースで作られた。評価はともかく、占領中の<押しつけ>であることははっきりしている。(敬称略)

杜父魚ブログの全記事・索引リスト
| - | 11:09 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |







スポンサーサイト
| - | 11:09 | - | - | pookmark |







コメント
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2018/04/18 3:59 PM |
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://kajikablog.jugem.jp/trackback/950381
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>

SEARCH

SELECTED ENTRIES

RECENT COMMENT

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE