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政治取材の現場は・・・ 花岡信昭
「政府高官」発言が政治問題化した。政治取材の現場がこれを引き起こした。信義を喪失した政治メディアの堕落を憂う。

「西松献金」問題で民主党の小沢一郎代表の公設第1秘書が逮捕されたことに関連して、この「政府高官」は5日、自民党には拡大しないだろうという見通しを述べた。

これが重大発言だというわけで、まず、朝日が「政府高官」に対して名前を明らかにして報道したいと申し入れ、これに内閣記者会が同調した。

その結果、「政府高官」が誰であるか、瞬く間に政界に知れるところとなり、河村建夫官房長官は8日、テレビで漆間巌官房副長官であることを明らかにした。

民主党は漆間氏を国会で追及するとしている。「国策捜査だ」といきり立った鳩山由紀夫幹事長は「内閣のど真ん中と検察との間でやりとりがあったとしか思えない」と言っている。

さて、この一連の経緯をどう見るか。

政治取材の現場では、記者会見のほかに「懇談」という決まりごとがある。懇談にはメモを取っていい「メモ懇」、発言者の名前を特定しないで報道する「オフレコ懇」、内容を明らかにしてはいけない「完全オフレコ」などがある。

通常、いわれている懇談は、首相官邸の場合、官房長官は「政府首脳」、官房副長官は「政府高官」、首相秘書官などは「政府筋」などとして報じていいことになっている。

官房副長官はわれわれが現場にいたころは「政府筋」だったはずだが、漆間氏のような「大物」が来たためか、「政府高官」と呼ぶようになったらしい。

漆間氏は警察庁長官経験者で、その体験をもとに記者団に事件の今後の見通しを喋った。いわゆる背景説明というものだ。

オフレコを前提としての懇談なのだから、終わってから、発言者を公開するように求めるというのは、信義に反する。河村官房長官も、テレビという公共の場で漆間氏であることを明らかにしてしまってはいけない。政界で知られてしまった上でも、どこまでも「政府高官」でおし通さないと、筋を曲げることになる。

懇談というのは、長い間の政治取材の現場が積み上げてきた「知恵」である。建前本位の記者会見だけでは、ものごとの裏側、背景はわからない。そこを補うために、会見のほかに懇談という手法が導入された。

だから、「〇〇官房長官は・・・と述べた。これについて政府首脳は・・・を明らかにした」といった記事が出ることがある。両方とも同じ人なのだが、あえて発言者を特定しないことで(業界では分かるのだが)より突っ込んだ言及が可能になる。

国民の知る権利を担保するための手法なのだ。それを根底からひっくり返すようなことをメディア側がやってはいけない。自分で自分の首を絞めるようなものだ。

これをやられたら、「政府高官」は今後、あたりさわりのないことしかしゃべらなくなってしまう。それでは政治報道の深みがなくなる。

民主党やほかの野党が「政府高官は漆間氏だ」と政権攻撃に使うのは、この世界のことだから当然といえば当然だ。政治メディアはその片棒をかついでしまったのである。
 
漆間氏は国会から呼ばれても、「政府高官にお聞きください」と突っぱねればいい。

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