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定評があるミッチー一族の結束 古沢襄
ミッチー一族とは家族ぐるみで親戚付き合いをしたので、渡辺喜美氏が自民党を離党した時には複雑な思いでテレビをみていた。ミッチーの実兄・嚆夫さんは健在な筈だが、賛成したのだろうか、私の旧友で喜美氏の叔父に当たる幸雄さんが生きていたら、多分渋々と賛成したのかもしれない・・・などと考えるばかりであった。

ミッチー一族の結束の固さは定評がある。ミッチーが県会議員に出る時には、一族が山林を売って選挙資金を作ったと幸雄さんは言っていた。だが喜美氏の離党に際しては、一族に相談した気配がない。

一人の政治家の回りを血縁で固めるのは時代遅れだという。だが一寸先は闇、海千山千・魑魅魍魎が跋扈する政治の世界である。最後の頼みは血縁の間の信頼感となる。同じことを福田赳夫さんの回りでもみてきた。その血縁ですら時には寝首をかかれる。

ミッチーが亡くなって喜美氏の代になると周辺の人たちも代わっていった。いつまでもミッチーの尾を引きずっている様では、ボンボンの二世議員から脱することはできない。一番変わったな、と思ったのは、事務所に出入りする一族の姿が減って、むしろマスコミ関係者が足繁く訪れる様になったことである。

ミッチーを支えた嚆夫さんが引退したことも影響がある。戦前の中野学校出であった嚆夫さんは、戦後も多彩な人脈を持っていた。アフガンでソ連軍と戦っていたムジャヒデイン兵士をパキスタンのキャンプで教練していた日本人柔道家を、東京八重洲口の旅館で紹介されたりした。

こういうドロドロとした関係は、私たち老人の旧世代ではお馴染みなのだが、政策新人類の喜美氏には、むしろ反発があったのかもしれない。第一に考えたのは、ミッチー時代の終わりということだった。

離党の噂が出た頃、ひとつの風評が流れた。渡辺喜美氏の選挙区から民主党が対抗馬としてH氏を擁立するという。このH氏はミッチー時代からの政敵。自民党の清和会(町村派)の議員。だが麻生首相に反逆し、脱党すれば民主党は対抗馬を立てない・・・巧妙な揺さぶり作戦といえる。

政権交代というのはお題目ではない。あらゆる権謀術策を弄してでも敵方を破ろうとする。だが、これは単なる風評だった。民主党は対抗馬を立てないことを早々と決めている。逆に自民党がH氏を公認して喜美氏にぶつけるという奇怪な噂が流れだした。

麻生政権に対して早期の解散・総選挙を執拗に求めるのは、民主党と連動していると自民党内では不評だが、自民党でもない民主党でもない第三の政治勢力を作るためであろう。私の旧友である屋山太郎さんが後見人についた。

このまま一匹狼的存在で終わらせたくはない。パフォーマンスはほどほどにして、同じ志を持つ仲間の結集が出来るか、どうか。それが出来れば、小泉劇場ななぬ喜美劇場も夢ではないが、道は険しい。

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