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「オバマのアメリカ」ウォッチ始め(上) 松尾文夫
「シカゴ育ち」のオバマ大統領のプラグマチズムに注目しよう。

いよいよ「オバマのアメリカ」の始動です。高い支持率のなかで、1月20日のワシントンでの就任式には、100万人を越す市民が集まると予想されています。アメリカの歴史の中でも例を見ない高揚感と期待感のなかで、黒人初のオバマ大統領の登場です。折からの100年に一度といわれる経済危機の中で、その一挙手一投足を全世界が固唾を呑んで見守っています。

この「アメリカ・ウォッチ」も、その戦列に加わりたいと思います。ケネディとニクソンが初めてのテレビ討論で対決した1960年大統領選挙戦を共同通信外信部の新米記者としてカバーして以来48年、13回のアメリカ大統領選挙戦を直接間接に取材、ウォッチしている経験を生かした、オリジナルな分析をお届けしたいと思っております。

● ブログ更新遅れの理由
しかし、その前に前回の2008年10月4日付けの第17回で「金融危機でオバマ巻き返す、マケイン再浮上には狭い道」と題して報告して以来、約2ヶ月間にわたって更新を怠っていたことをお詫びしなければなりません。

アメリカ在住の友人からは、体調を崩したのではないかとの電話が来て、恐縮しています。やはりこの間、何をしていたかを報告しておきたいと思います。これからのオバマ・ウォッチにも役立つことになると思うからです。

一番の理由は旅を重ねたためです。

2008年10月19日から27日まで米ケンタッキー州レキシントンで開かれた第五回ジョン万次郎草の根サミットに参加したのに先立ち、大統領選挙戦の激戦州、オハイオ州のシンシナチー市周辺を取材し、さらに草の根サミット出席後、ワシントンに飛び、日米の専門家との懇談、メリーランド大学図書館プランゲ・コレクションを訪問する強行日程をこなしました。

このオハイオ州シンシナチー市周辺は、2004年のブッシュ再選の原動力となったいわゆる宗教右派の根拠地で、私は4年前の同じ時期に訪れ、色々な地元の関係者を取材して、ブッシュ再選を予測できたところでした。

今回は、明らかに様子が変わっていました。4年前にはカール・ロブ大統領補佐官と組んでオハイオ州でのブッシュ勝利に貢献したといわれる宗教右派の大物に会っても「マケインはもともと保守派として信用していなかった。パイリン知事を副大統領候補に選んだので、やっと納得して運動を始めた。

しかし、カール・ロブは4年前、ブッシュが再選されたら、同姓婚禁止の憲法修正案を発議すると約束しながら、実行せず、裏切った。今度は顔も見せない」と文句ばかり言っていて、まったく盛り上がりに欠けていました。彼らが住む市郊外の瀟洒な住宅地を回ってみても、何軒かの庭先にオバマ支持のプラカードが見られ、オバマ勝利の可能性を肌で感じました。

もちろん、マケイン敗北は2008年9月15日のリーマン・ブラザース破綻に端を発する金融危機の大波をかぶり、8年間のブッシュ失政のツケを一気に払わされることになった結果であることは間違いありません。 

それのみならず、「ブッシュの8年」の構築者であったカール・ロブ氏が、歴史的にも共和党大統領候補にとってはその勝利が至上命令といわれてきたオハイオ州で、地元の宗教右派と不協和音を奏でていること自体、共和党の自滅現象を物語っていたと思います。

既に「図書館」部門に収録されている月刊文藝春秋2008年12月号巻頭随筆欄に寄稿したエッセイ「1968年の米大統領選挙」で1968年以来40年ぶりのアメリカ政治の“分水嶺” の到来を予測したのもこうした材料をもとにしています。 2008年11月5日、日本時間でのオバマ当選直後、このあたりをブログにまとめておくべきでした。

● ザルツブルグ、ドレスデン、ベルリン、アウシュビッツへの旅
しかし、続いて11月10日からオーストリアのザルツブルグで開かれた「ザルツブルグ・グローバル・セミナー」に招かれたため、9日には成田を発たねばならず、その準備の中で果たせませんでした。

このセミナーは、戦後間もない1947年、ハーバードの学生3人が大戦への反省から、欧州の有識者との対話の場としてはじめ、以来途切れなく続いている常設のセミナーで、458回目だという今回のテーマは「世界の中でのアメリカ:その役割についての新しい戦略」。つまり、オバマ新アメリカ大統領に世界は何を求めるのか、についてオバマ陣営に近いアメリカ代表を軸に、欧州各国、EU関係者、それにアジアからは日本、中国、ベトナム、インド、それに中東、中南米などからも含め約60人の参加者が5日間、サルツブルグの観光スポットにもなっている湖に面したレオポルツクローン城に5日間缶詰になり、議論してきました。

オバマ大統領の登場を、経済危機を筆頭に世界を覆う閉塞感から脱却するチャンスとして期待する空気が支配的でした。しかし、同時に参加者中最年長である私が、ベトナム戦争時のワシントン、及び南ベトナム現地での取材経験をもとに、「オバマ選挙運動のスローガン、”イエス・ウイ・キャン“ は国内的には結構だが、海外で実行に移されると、危険だ。 ジョンソン大統領がベトナム戦争の深みにはまったのも、国内での”偉大な社会政策”の大成功の自信が災いした」と述べたのに対し、アメリカ代表からも賛成する声が出て、やや安心した次第です。

そして、ザルツブルグでのセミナー会議終了後、汽車でドイツに入り、4年前の拙著「銃を持つ民主主義」発表以来、私が唱えている「ドレスデンの和解、日本版」実現のためにもと、かねてから願っていたドレスデン訪問を果たし、5日間滞在しました。

私と同じ世代の爆撃生存者をはじめ、1995年2月13日のドレスデン爆撃50周年をアメリカ、イギリスとの和解の場とした当時のドレスデン市長ら多くの関係者から話を聴けました。この取材では、在京のドイツ大使館の好意あるはからいで、ゲーテ協会の支援を受けました。

このドレスデン訪問の結果についてはいずれ報告するほか、新書にまとめる計画です。しばらく時間をください。

ドレスデンの後は、壁崩壊後初の訪問となるベルリンにも足を延ばしました。 東西べルリン時代の広大な非武装地帯を生かして建設されたモダンな新国会議事堂など統一ドイツのシンボルに接したほか、ベルリン自由大学の学者と戦後和解の課題についての日本とドイツの違いについて論じました。

汽車で約二時間西に移動するだけで到着するオーデル川を渡り、ポーランド側にも入り、20世紀初頭以来たびたびの戦火と国境線の移動で、今も定着に不安を抱くという住民の心を癒す運動を続けているポーランド実業家の話も聞きました。

そして更にこの機会を生かしてと決心し、ポーランドの古都クラコフ経由、あのホロコーストの舞台、アウシュビッツとビルケナウの両強制収容所跡を見てきました。ガイドの案内で見学中、雪が降ってきて、ひときわ壮絶な空気にさらされました。

この旅から帰ってきたのは2008年11月末でした。オバマ新政権の組閣をウォッチしながらアメリカ情勢の分析をキャッチアップに努めるうちに、年末の雑事が到来、ついついブログ更新が遅れた次第です。

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