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自由民主党の耐用年数 渡部亮次郎
私は日本社会党支持者の両親から生まれたが、学校や記者生活を通じて,いわゆる革新政党所属政治家のいやらしさを徹底的に見せ付けられたので、両親とは反対の政治行動をとってきた。自民党内閣(福田赳夫)の外相や厚相の秘書官を勤めた事もある。

自由民主党は私が大学在学中の昭和30(1955)年11月15日、当時の自由党と日本民主党が合併して成立した。戦前の2大政党の1つである「立憲政友会」の流れを汲んでいる。

民主党を率いていた革新官僚上がりの岸信介は初めからマッカーサー憲法の改正を主張。それまで吉田茂に率いられていた自由党は経済優先主義の立場からそれには積極的ではなかった。

それでも戦後の一時期を除いて自民党は結党以来ほぼ一貫して議会で多数を占め、与党の立場にある。しかし2008年で既に結党以来53年。対米追従型の親米保守政党は耐用年数がきたのか、いずれも離党して行った小沢一郎や初代総裁の孫鳩山由紀夫から政権交代を迫られている。

これに対し、総裁・総理大臣に就任したばかりの麻生太郎は、毎日新聞に依れば10月13日夜、帝国ホテルの会員制バー。極秘に公明党の太田代表を呼び出して「総選挙は11月30日投票でお願いしたい」と告げていた。民主党の押せ押せムードをはね返して勝てると思い込んだのである。

しかし、9月下旬に続いて自民党が実施した追加の選挙情勢調査で「自民党198議席」という衝撃的な予測が届いた。公明党と合算しても衆院の過半数には届かない、と出たので、結局、衆院解散は先送り。納まらない民主党は国会で硬直した態度で対決するようである。

かつては、地方の建設業界(ゼネコン)に対して一定の公共事業を発注するなど特定利権があるものの富の再分配政策(リベラル)を行い、地方の経済を回していくことを重視し、「一億総中流」を唱えるなど平等を重視する経済左派の「保守本流派」が主流であった。

農山漁村や小都市など地方を基盤にしており、新住民層が多い大都市やそのベッドタウンでは日本社会党(社会党)や日本共産党(共産党)と票の奪い合いが続いていた。自民党が頼っていた専業農家は絶無。公務員か会社員の「兼業農家」なのだ。

平成期に入ると経済不況でそれらの諸政策も行き詰まり国と地方も莫大な財政赤字を抱えるようになって建設族の「保守本流派」は人材を野党に流失(最近では郵政民営化問題で大量離党)して影響力を失い始めた。

近年の自民党(1990年代後半以降、特に小泉政権以後)は東京大都市圏を中心とする大銀行・大企業・外資系企業の利益を特に重視する金融族のネオコン型新自由主義派が圧倒的に主流となっているとされる。

また、旧来の地方の組織的動員よりも、東京のマスメディアを利用した大都市圏における候補者個人の大衆的人気に依存している面が大きくなってきている。

2000年代になると自民党は2005年衆議院の小泉郵政改革選挙でこそ大勝したものの、2007年には参議院選挙では民主党に惨敗した。小泉の構造改革路線により疲弊した地方の自民党離れによるものだった。

更に、公明党とその支持母体である宗教法人創価学会の選挙協力による組織的動員なしには選挙戦を戦えない不安定な状態になっているのが自民党の現状である。創価学会嫌いのため自民党支持を止めた人も多い。

自民党内部では早くから危機感が漂い、その都度、党改革の動きがあった。だが本格的なものはその都度、不発に終わっている。『ぬるま湯』に漬かりすぎ、出るに出られぬ『煮え切らなさ』がもはや体質と化しているのだ。

結党から21年経った1976年 6月25日 河野洋平ら6名[が離党、新自由クラブ結成。(だが、なんの発展的動きをしめせないまま10年後の1986年8月15日解党して終わった)。

この動きは自民党にとっては「綻び」に過ぎなかったが、決定的な傷は1993年6月23日、竹下派の小沢一郎ら44人の離党だった。その2ヵ月後、細川内閣が発足する核となった。自民党は初めて野党の悲哀を味わうが、村山党首を担ぐ事によって『自社』政権と言うあられもない姿で政権に復帰した。

長いこと「落ち目の三度笠」を続けてきた自民党。2007年 7月29日の第21回参議院議員通常選挙で、野党第1党である民主党に大敗。結党以来初めて参議院で第1党から転落、安倍、福田政権が政権を放棄して今日に至ったわけである。

とは言いながら、民主党の最大の弱点は党首に小沢を担がざるを得ない求心力の弱さである。小沢は自民党内から最初に離脱した新自由クラブが離脱の最大理由とした田中角栄体質そのものを特質としている。民主党は旧田中角栄党であり、さらに旧社会党と言う鵺みたいな政党である。だから小沢自身「民主党に政権担当能力は無い」と高言したではないか。

従って仮に政権を奪取してもすぐに対米姿勢など路線や感情の対立が始まる事は必定。野党に回った自民党からの仕掛けもあって政権発足後、すぐに政党再編成に逃げ込む事だろう。

国際情勢の急変は日本のそうした政変の連続を許しておく筈は無い。割を食うのは有権者という名の国民である。いずれにしても自民党の耐用年数は過ぎている。年金チョンボ、患者放置、親殺し,子殺し、等々がその証拠。だが、民主党はアテにならない。投票する政党が無い。出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(文中敬称略)

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