<< 缶詰はナポレオン命令 渡部亮次郎 | main | マルチ票は欲しいが、消費者も怖い 古沢襄 >>
「ボロから富へ」「冨からボロへ」 平井修一
経済学者のポール・クルーグマンとは何者か、「反ブッシュの論客で計画的インフレ論者」くらいの理解しかなくて、そのうち著作を読んでみようかと思っていたら、ノーベル賞を受賞した。小生は遅れをとってしまった。

<スウェーデン王立科学アカデミーは13日、08年のノーベル経済学賞を米国人でプリンストン大学のポール・クルーグマン教授(55)に授与すると発表した。自由貿易とグローバル化による影響を説明し、貿易理論を刷新したことが授賞理由>毎日新聞 2008年10月14日 東京夕刊

どんな理論をもっているのか分からないが、世界不況の危険をずいぶん前から警告していたから、その予測は当たったのである。彼の論を学ぶ価値はあるはずだ。

小生は自分を振り返って「ケインジアン・マルキスト」と勝手に思っていたが、別に珍しい存在ではないらしい。秋の陽射しが気持ちよかったので本棚から本を取り出してハタキ(死語か)を手に曝書(辛うじて変換可)していたら、、伊東光晴「ケインズ」1962年、レオ・ヒューバーマン「アメリカ人民の歴史」1947年(WE, THE PEOPLE, Leo Huberman)があった。

伊東先生はこう語る。

<ケインズの場合、国家はいつの場合も「救いの神」であった。不況と失業を国家によって解決しようというものであった。そこに自由主義(市場原理主義=平井の注)経済に代わる、新しい政策が生まれた。

マルクス主義者は、資本主義である以上、資本の利益を排除しては行動し得ないことを強調する。その中間に位置するのが「ケインズ左派」と「新左翼」といわれるマルクス主義者である>(伊東光晴「ケインズ」)

財政出動的で、かつ財政規律的でもある小生の位置はなんでもありの、こういう惑いの人か。国民の多くは皆こんなものではないか。皆「ケインジアン・マルキスト」というのはあながち間違いではないだろう。今日は自民(尊王開国)、明日民主(反米鎖国)の揺れる心。

ヒューバーマン「アメリカ人民の歴史」はすこぶる面白く、小生は晩年のヒューバーマンに手紙を書いた。高校生の頃だと思う。返事が来て「日本の若い読者がいるのはうれしい」とあった。

彼はマルキスト経済学者である。1929年の大恐慌を「資本主義の欠陥」として辛らつに描いているが、ビックリするのは今の金融不安とそっくりなことだ。米国人はその相似を心底恐れているはず。長いが、とてつもなく興味深いので引用する。ご容赦を。

<17世紀の初期のアメリカは、1929年の黄金時代のアメリカとはすっかり違っていた。かつては、わずかに野蛮人や野獣しか住んでいなかったところが、世界中で前代未聞の豊かな国土になった。

この300年間に起こった大変化は、昔のスリラー作家ならきっと大いに喜んだろう。この物語に「ボロから富へ」といった標題をつけたことだろう>

これが前奏である。ネコはネズミをいたぶる。この辺がマルキストの嫌味なところである。鳩菅をみていると自分を見ているようで嫌悪したくなる。

<さて、1929年10月以後には、この標題は「冨からボロへ」と読まれねばならなかっただろう。1930年から32年までのあの恐ろしい不況の時期に、世界で一番金持ちだった国は、「すっかり叩きのめされた国」になってしまった。

合衆国のすべての地方が苦悩の中に陥っていた。労働者も農民も専門の技術者もすべてが恐ろしい打撃を蒙ったのだ。

大都市では、ますます増えてくる何百万人もの人々が、ありもしない仕事口を求めて街路をほっつき歩いていた。

農場では、作物はいたずらに山のように積み上げられて、価格は下落した。豊作を目の前にして飢饉が起こったのだ>

そしてすさまじい金融不安。

<銀行は、将来に備えて倹約し貯蓄してきた数百万の人々の夢と期待にそむいて、次から次へと扉を閉ざした。1932年の不況のどん底には、銀行は1日40行の割合で破産していた。・・・市営のゴミ捨て場には人々が群がった>

29年の国民総生産は810億ドル。32年は400億ドル。給料も半分、就業者も半分になってしまった。輸出入額は3分の1に。

<1929年にアメリカを世界で一番金持ちの国にした経済制度は、すっかり泥沼にはまり込んでしまったのだ。・・・一体なにが起こったのだろう。・・・

工業は、生産の側よりもむしろ金融の側に従事している人々によって経営されていた。その結果、投機のばか騒ぎへ突っ走る傾向が強くなるので、経済の現実とはますます離れてくる。

なぜなら、支配権を握っている人々にとっては、金を儲ける一番たやすい方法は、金融を巧みに操作することだからだ。

こうして、ひとつのインチキ会社の頭の上に、今ひとつのインチキ会社を積み重ねるという、持ち株会社のきちがいじみたつぎはぎ細工がでっち上げられ、ついに避けることのできぬ清算の日がやってくる>

規制緩和、財テク、ストックオプション、MBO、TOB、抵当証券、ヘッジファンド、インチキローン・・・そしてリーマンショック。80年間、我々はなにも学ばなかったのだ。経営者がのほほんと生き残るのも変わらない。

<ところがそこで損をするのは、支配席についている大企業家たちではなく、なんの科もないのに仕事口を失い、自分の稼ぎが粉々に打ち砕かれるのをじっと見ている労働者や、価格下落の矢面に立つ農民や、発起人にうまうまと引きづり込まれた小規模の投資家や、突然抵当の支払いを要求される家主なのである。賛成しかねる事業の拡張に対して責任のあるものはたった一人もいなかった>

国際ルールに則りコントロールされた資本主義の構築へ人類は叡智を結集すべきときである。 

杜父魚ブログの全記事・索引リスト(10月1日現在2358本)
| 平井修一 | 20:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







スポンサーサイト
| - | 20:59 | - | - | pookmark |







コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://kajikablog.jugem.jp/trackback/884665
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>

SEARCH

SELECTED ENTRIES

RECENT COMMENT

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE