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金融危機、民主拙攻が「追い風」 花岡信昭
麻生太郎首相(68)は政権発足後の支持率が思うように上がらず、苦しい政権運営を強いられていたが、ここへきて反転攻勢の兆しが出てきた。

それも米国発の金融危機と民主党の国会対応の「拙劣さ」に助けられたというと語弊があるかもしれないが、内外のこの2つの要因が大きい。

■解散より景気対策優先
世界同時株安で、東京株式市場の日経平均株価も1万円を割り込むという異常事態となった。麻生首相が国会審議で「国民は解散よりも景気対策を望むだろう」と述べたことも、政局がらみの思惑を超えた意味合いを持つに至った。

国際経済に日本は大きな影響力を持つ。その日本が世界的な金融危機をよそに、国内政治の事情だけで衆院解散、総選挙を行い、政治空白をつくるというのでは、国際経済に対する責任を果たせない−といった主張もそれなりの説得力を持つ。

麻生政権発足後、ご祝儀感が残っているうちに一気に解散、総選挙をやってしまおうというのが、当初の自民党の戦略だった。

それが、内閣支持率は期待よりも10ポイントほど低く、そこに中山成彬(なりあき)前国土交通相(65)の「失言騒ぎ」による辞職なども加わって、早期解散戦略の見直しが迫られていた。

■「小沢独裁党」
金融危機に加えて、民主党の国会対応のまずさが麻生首相には追い風になりつつある。

臨時国会の召集当初は、代表質問終了直後の解散も喧伝されていたのだが、麻生首相が補正予算成立にこだわり、これに民主党が折れた。

予算案は衆院可決、参院否決となった場合、衆院の議決が優先される。参院で結論が出ない場合、衆院通過後30日で自然成立となる。

したがって、民主党は参院で早期に否決し、事実上の成立容認という対応に出るだろうとみられていたのが、予想に反して衆院で政府案に賛成した。今月中旬には成立の見込みだ。解散先送りを回避しようというねらいによる。

予算案への賛否について、民主党は小沢一郎代表(66)に対応を一任、小沢氏の指示で賛成に回った。これも、政府提出予算案への賛否という重要な案件に対して、党内論議を抜きにして小沢氏に委ねるというのでは、「小沢独裁党のイメージをつくり出してくれた」(自民党幹部)ことになる。

■「早期」か「越年」か
民主党は、ガソリン税の暫定税率が1カ月間失効したことによる地方の税収不足を補填(ほてん)する関連法案の成立も容認した。民主党の反対でガソリン税の税率維持ができなかったのだが、その当時のことを忘れたかのような対応だ。

インド洋での海上自衛隊の給油支援継続についても、新テロ対策特別措置法改正案の成立に「協力」することになった。衆院可決、参院否決、衆院再可決という手順をスピーディーに行うことになる。

衆院本会議での趣旨説明も不要というのだから、これは徹底している。すべて、小沢氏の早期解散戦略に基づいている。

インド洋での給油支援に対し、民主党は「憲法違反」とまで断じ、昨年は徹底して法案に反対した。このため期限切れとなり、自衛隊の補給艦は一時帰国を余儀なくされた。

それを今回はあっさりと容認してしまおうというのだから、一般には分かりにくい対応だ。

自民党は解散を先送りして「麻生カラー」を徐々に浸透させていく構えで、「解散越年論」まで出ている。攻守入れ替わった感もある政局だが、「麻生vs小沢」決戦はいよいよ白熱化してきた。

<<麻生首相 「真正保守」掲げる>>
月刊誌『文藝春秋』11月号への麻生首相の寄稿が注目されている。「強い日本を! 私の国家再建計画」というタイトル。

麻生首相が政権発足直後の解散、総選挙を想定していたというところが、最大の売り物のようだ。文藝春秋は10日発売だが、締め切りは前月の25日。その時点ぎりぎりの麻生首相の心境を垣間見ることができて、おもしろい。

筆者はこのくだりに注目した。

<いよいよ、私が見定めてきた「真性保守再生」の幕開けの秋(とき)がきたと感じる。歴史の教訓から学び、破壊より建設を、混乱より安定を追い求めるのが真正保守の神髄である>

麻生首相が「真正保守」と形容して、自身の政権像を描いて見せたのである。ここは、今後の麻生政権を見ていくうえで重要なポイントだ。保守層の自民離れを食い止めるための核心部分をついていると思えるからである。

ちょっとタイミングはずれたが、以下、筆者の拙稿再掲。「時事評論」654・655合併号(9月20日号)である。

<<福田政治が問われたもの・保守層の離反を招いた理由>>
福田首相の突然の退陣で自民党は総裁選に突入した。麻生太郎氏が最有力とされ、麻生新政権のもとで解散、総選挙となるのであろう。

いずれ「福田退陣、麻生後継」という展開になるであろうことは予想されていた。麻生氏が自民党幹事長への就任を受諾した時点で、「密約」があったかどうかはともかくとして、政治的には「ポスト福田は麻生」という流れが固まった。

臨時国会の最中に事実上の「禅譲」局面が現実のものとなると見られていたのだが、福田首相はこの時期を自ら早めたわけだ。

「福田政権下では選挙は戦えない」といった声が自公与党内に公然と出てきたのだから、福田首相としてもプライドが許さなかったということだろう。

退陣表明1カ月前の内閣改造人事も、支持率を劇的に回復させる効果は持ち得なかった。福田首相はなぜ低支持率にあえがなくてはならなかったのか。

自民党内の事情からすれば、総裁選で当時の9派閥のうち麻生派を除く8派閥の支持を得た。派閥の締め付けが以前ほどは効かなくなっているから、麻生氏に予想以上の票が流れたが、党内の政治力学からすれば、磐石の態勢だったといえる。

そのうえ、麻生氏を幹事長にしたのだから、今度は党内全派閥が支持するという「総主流派体制」が出来上がったはずであった。それも一般には通用しなかった。

福田首相の地味な個人的キャラクターが時代にそぐわなかったといった側面はあるだろう。平時ならば、落ち着きのある名宰相といわれたかもしれない。なにせ、自民党の伝統派閥・福田派の創業者の直系なのだ。

安倍前首相がバッシングを浴びながら病気退陣に至ったのはなんとも不幸な経緯であったが、小泉、安倍と続いた政権は「保守らしさ」を有していた。

小泉氏は「8月15日の靖国参拝」を当初から打ち出したし、安倍氏が「真正保守政権」の担い手として待望されたのは周知の事実だ。

だが、福田首相は何を勘違いしたのか、安倍氏が打ち出した「保守的課題」をすべて棚上げ、先送りしてしまった。集団的自衛権の解釈変更、憲法審査会の本格論議、日本版NSC(国家安全保障会議)の設置などなど、厄介なテーマはことごとくお蔵入りさせてしまった。

靖国参拝について「相手の嫌がることはしない」と言明したのは、福田首相の体質そのものをあらわしていたといっていい。外交というのは、相手の嫌がることをやって、握手しながら足では蹴り上げるという世界である。

その基本スタンスをはなから投げ捨ててしまったのだから、中国など狡猾外交を得意とする国にかなうわけがない。北京五輪開会式に嬉々として出席したのも、福田首相ならではであった。

小泉氏の功績は、靖国問題をテコに保守層を目覚めさせたところにあったのではなかったか。無党派層全盛時代といわれるが、実は日本には厳然とした保守層が存在する。その保守層はふだんはサイレントマジョリティーといえる存在だが、触発されることがあれば動く。

福田首相はその保守層に「自民離れ」「福田離れ」の雰囲気をかき立ててしまった。保守層の期待にまったく沿わなかったのだから、それも当然だ。

麻生新政権ということになった場合、問われるのは何か。「保守回帰」現象をどう後押しし、現実のものとするかということに尽きる。

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