<< 日本外交の敗北 花岡信昭 | main | 国家独占資本主義のススメ 平井修一 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |







歴史は繰り返す 古沢襄
日本も”暗いトンネル”に入る・・・電通OBの竹中哲太さんが遊びにきたので、自然とそういう話になった。トンネルを怖がっていては前に進まない。入った以上は出来るだけ早くトンネルを出るということであろう。

10年前の日本のトンネルはあまりにも長過ぎた。政治の無策がそうさせた。宮沢喜一さんは日本の政治家では、1930年代の世界恐慌について一番知見を備えていた。

世界恐慌とは1929年10月24日にニューヨーク株式市場(ウォール街)で株価が大暴落したことに端を発した世界規模の恐慌である。日本では1927年3月から昭和金融恐慌が発生していた。

宮沢さんはこの1927年経済恐慌に詳しかった。

当時の日本経済は第一次世界大戦時の好況から一転して不況に見舞われていたが、日本の特殊事情として関東大震災の処理のために発行した震災手形が膨大な不良債権と化していた。

そこにもってきて日本の金融システムの整備が完全ではなかったことがあげられる。発生した不良債権の処理が適切に為されず金融不安を起こした。大正期からこれらシステムの不備は認識されていたが、充分な手当てが為される前に恐慌が発生したといえる。

発端は1927年3月14日の衆議院予算委員会で片岡直温蔵相が「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました」と実際には破綻していなかったにも関わらず失言して、昭和金融恐慌の引き金となった。取り付け騒ぎが発生、若槻内閣は総辞職に追い込まれている。

蔵相失言もさることながら、根底には震災手形が膨大な不良債権と化していて、その処理が迅速に行われいなかったことにある。その意味では1990年代の不良債権処理や今回の米国におけるサブプライムローンの処理と相通ずるものがある。

この当時の野党は「いまだ経営している銀行について破綻を宣告し、混乱を招いた」と片岡蔵相の失言を追及するのに急で問題の根元を洗い出す姿勢がみられない。国会は紛糾して乱闘騒ぎまで起こっている。

迅速な処理とは何か。国民の税金である公的資金を投入してでも、早期に事態を解決する政治の決断であろう。このことを一番知っていた宮沢さんだったが、政治的な決断が遅れ、処理金額が膨らんで、しかも不況のトンネルが10年間も長引いた。

ブッシュ米大統領も同じ轍を踏もうとしている。

杜父魚ブログの全記事・索引リスト(10月1日現在2358本)
| - | 08:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







スポンサーサイト
| - | 08:40 | - | - | pookmark |







コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://kajikablog.jugem.jp/trackback/883424
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>

SEARCH

SELECTED ENTRIES

RECENT COMMENT

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE