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日朝「密室利権外交」小史(上) 伊勢雅臣
■1.北朝鮮で姿を消した金丸信・元副総理■
1990(平成2)年9月、金丸信・元副総理と田辺誠社会党副委員長をリーダーとする訪朝団が、平壌北東の名勝地・妙高山の別荘で金日成主席と会見した。会見が終わって、一行が汽車で帰ろうとすると、北朝鮮側から「金丸先生は少し遅れます」との連絡があった。

しかし、金丸が姿を見せないまま、汽車は発車した。一行は大騒ぎとなったが、あとの祭りであった。

実は金丸は、会見後、北朝鮮側から「主席が、二人でお話ししたいとおっしゃっています。少しお残りください」と耳打ちされていたのである。すべては北朝鮮側の筋書き通りだった。

その晩、金日成は金丸だけのために、特別の宴席を用意した。同席したのは、北朝鮮側の通訳ファン・チョル、そして日朝双方の警備員だけで、日本側の通訳は同席していなかった。この密室会談で何が約束されたのか、日本側にはまったく記録は残っていない。

のちに金丸が政治資金規正法違反で捜査された際に、刻印のない金の延べ棒などが見つかり、北朝鮮との国交樹立や経済援 助の開始を試みた代償として北朝鮮側から貰ったものではない か、との噂が流れた。

わが国の対北朝鮮外交は、国民に公開された正規の外交交渉ではなく、一部の政治家や外交官が、北朝鮮から利権を餌に一本釣りされて、密室の中で話を進めるスタイルが跋扈してきた。金丸信はその代表的人物の一人である。

■2.金丸の感激の涙■
金日成と金丸信が二人だけの宴席で何を話したのか、北朝鮮問題の専門家・重村智計氏は、ファン・チョル通訳を含む日朝の関係者からの長年の取材によって、以下のような内容であったと推定している。

会談の冒頭で、金日成は次のように話を始めた。

金丸先生のご先祖が、わが国から渡られたことは、よく存じております。私どもとしては、本当に嬉しく思うばかりです。ご先祖やご両親、ご家族の方々は、日本で本当にご苦労なされたことでしょう。その苦労を乗り越えて、金丸先生が日本を指導する大政治家になられたことは、わが民族の誇りとするところであります。

これを聞いた金丸は、感激の涙を流した。北朝鮮の優秀な工作員が、金丸の生い立ちから家族関係、身辺事情まで詳細に調べ上げていた。

2人だけの宴が佳境に入った頃、金日成が切り出した。

先生は、自民党の指導者であり日本の政治を動かしておられる。朝日正常化実現に、力を貸していただきたい。早急に実現していただきたい。

金丸は「正常化交渉は時間をかけたらどうか」と答えたが、金日成は「いや、すぐにも正常化交渉をしたい。国交正常化が必要だ」と詰め寄った。

金丸は「それほどおっしゃるなら、そうしましょう」と応えた。

■3.金丸の「80億ドル」の約束■
金日成は逸る気持ちを抑える様子で、聞いた。

日本の正常化(経済協力)資金は、どのくらいの規模になりますか。金丸は、しばし考え込むような様子を見せた後に、答えた。

ご存知だろうが、韓国には、有償・無償合わせて5億ドルの経済協力資金を出した。これを基準にして、大蔵省は 50億ドルというだろう。

金日成主席の声がややはずんだ。「50億ドルですか」

金丸は、少ないと言われたと思った。しばし腕を組んで考える様子で、言葉を続けた。

大蔵省が50億ドルというなら、お国(北朝鮮)は100億ドルを要求できる。交渉が行き詰まれば、中間の75億ドルで妥協する。それに、政治加算は可能だ。

これは、80億ドルくらいならなんとかできるという含みを残した。当時の80億ドルは、およそ1兆円になる。

金丸の約束に、金日成は満面の笑みを浮かべた。2週間前に、 金日成は中国の瀋陽で、トウ小平と秘密会談を持ったが、トウは「多くても50億か、60億ではないか」と予想していたのである。

■4.金日成が正常化交渉を急ぐ理由■
金日成が、なぜ「すぐにも正常化交渉をしたい」と急いでいたのか、金丸はその理由をどれだけ理解していたのか。

この前年、冷戦の終結とともに、東欧諸国で次々と共産主義政権が倒れ、ルーマニアのチュウシェスク大統領夫妻の処刑まで起こった。次は北朝鮮かと、金日成は考えたに違いない。

1990(平成2)年6月、ソ連のゴルバチョフ大統領は韓国との国交正常化に合意し、それを北朝鮮に通告するために、シェワルナゼ外相が9月2日に平壌入りしていた。金丸訪朝のわずか3週間前である。

シェワルナゼ外相は、韓国と翌年1月から国交正常化する方針を伝え、それが北朝鮮にとっても悪いことではないと強調した。韓国を説得して、在韓米軍の撤退を促し、核兵器も撤去させると述べた。

北朝鮮のキム・ヨンナム外相は、「韓国との正常化は、朝ソ 同盟を崩壊させる。核兵器を開発しないとのソ連への約束は解 消される」と脅した。

翌日、シェワルナゼ外相は金日成主席との会談を求めたが、キム・ヨンナム外相は拒否した。怒りに震えるシュエワルナゼ外相は予定を変更して、翌日平壌を去った。

■5.金日成の焦りを読めなかった金丸■
シェワルナゼ外相は4日に東京に到着し、日ソ外相会談に臨んだ。この場で、日本の外務省は、同行したソ連外交官から、平壌での会議の内容を詳しく聞いた。

さすがに核兵器開発の件までは、ソ連側は教えてくれなかったが、北朝鮮がソ連という後ろ盾を失って、苦境に陥りつつあることは、分かっていた筈である。すでに息子・金正日の放漫な国内政治により、10万人もの餓死者まで出ていた。

金日成は、日本との国交正常化を急ぎ、巨額の経済協力資金を得て、この苦境をなんとか乗り切ろうとしていたのである。

また韓国にも接近を図り、金丸訪朝の20日ほど前に、ソウルで南北首脳会談を開催していた。

このようにソ連や中国という後ろ盾を失いかけると、日本や、韓国に接近するのが、北朝鮮の伝統的な「振り子外交」であった[1,p101]。大国の狭間でなんとか生き延びようという小国の 悲しい性(さが)といえよう。

金丸がこうした国際情勢を理解した上で、わが国の国益第一に交渉していれば、「すぐにも正常化交渉をしたい」と焦る金日成に応ずる必要はなく、こちらから金額を提示したり、わざわざそれを吊り上げるような事もしなかったはずである。

■6.核開発中止を求めず■
もう一つ、金丸がまったく考慮していない国際情勢があった。米国はこの時すでに北朝鮮が核開発をしているという疑惑を日韓両国に伝えていたのである。

米国は、北朝鮮において使用済み核燃料の再処理施設と思われる建物を衛星写真で発見していた。この再処理施設は、核兵器用の純度の高いプルトニウムを製造するためのものである。その衛星写真は、日本政府にも提示されていた。

北朝鮮はすでに中距離の「ノドン」ミサイルを配備していた。このミサイルに核弾頭を積めば、核ミサイルができる。韓国や日本はその核ミサイルの脅威を直接受ける範囲にいる。

米国はさらに、北朝鮮が核ミサイルをパキスタンやイランなどに売却する事を恐れていた。そうなれば世界は多くのならず者国家が核武装する時代を迎える。

金丸は金日成に直接会いながら、核開発の中止を求めなかった。日本が巨額の経済援助を実施したら、その資金の一部は核開発に回されたであろう。

自国の安全保障すら考えず、なおかつ世界の核拡散の脅威に対して知らぬ存ぜぬでは、政治家失格である。金丸が帰国後、米国と韓国から激しい批判を受けたのも、当然であろう。

■7.拉致問題に言及せず■
金丸訪朝団の成果がゼロだったわけではない。スパイ容疑で抑留されていた貨物船「第18富士山丸」の船長と機関長の帰国が実現した。

しかし、拉致問題に関しては訪朝団のメンバーは誰ひとり議題にしなかった。当時すでに、日本人拉致工作員・辛光洙(シン・ガンス)は原勅晃(ただあき)さんの拉致を認めていた。

また大韓航空機爆破事件の金賢姫(キム・ヒョニ)が、自分に日本語を教えたのは拉致された日本人女性だと、明らかにしていた。

こうした事実に基づいて、訪朝団は金日成に対して、拉致被害者の釈放を迫るか、せめて事実解明を要求しても良かったはずだ。拉致は息子の金正日が主導してきただけに、この時点で金日成を動かせば、その後の事態は大きく変わっていた可能性がある。

しかし、この点については、社会党の方が主犯だろう。当時の社会党は「拉致はない。韓国の情報機関のでっちあげだ」と主張していた。まるで北朝鮮の代弁者である。

いずれにせよ、国民の生命と安全を守るという使命感のかけらもない一行だった。

■8.金丸の失脚■
この訪朝の結果として、自民党、社会党、朝鮮労働党の3党が共同宣言を調印した。その第1項は次のように謳われていた。

3党は、過去に日本が36年間朝鮮人民に与えた大きな不幸と災難、戦後45年間朝鮮人民がうけた損失について、朝鮮民主主義人民共和国に対し、公式的に謝罪を行い十分に償うべきであると認める。

戦前の36年間の朝鮮統治ばかりか、戦後の45年間にも日本が朝鮮に損害を与えており、それを謝罪し、償うべきとの論理は、北朝鮮側の主張を丸呑みしたものであろう。日本国民の理解を絶するものであり、訪朝団は「土下座外交」と強く批判された。

さらに政府代表でもない一介の国会議員が勝手に賠償支払いの約束までした事への批判も浴びせられた。結局、共同宣言は自民党の承認を得られず、反故とされた。

訪朝の1年4カ月後、平成4(1992)年1月、金丸は自民党副総裁に就任した。しかし、東京佐川急便から5億円のヤミ献金を受け取っていた事実が発覚し、同年中に党副総裁と衆議院議員を辞職した。翌年には脱税容疑で逮捕され、自宅捜索を受けたところ、数十億円の不正蓄財が見つかった。北朝鮮からと噂 された謎の金の延べ棒は、この一部であった。

■9.「北朝鮮へのパイプ」の末路■
密室利権外交には、同類の相手役が必要だ。金丸訪朝団の帰国に伴って、金日成との会談で通訳を務めたファン・チョルの名前は、日本の政界で「北朝鮮へのパイプ」として知られるようになった。利権を求める政治家が、頻繁に電話するようになった。

ファン・チョルは一介の通訳に過ぎなかったが、日本とのパイプ役を買われて党の工作機関「統一戦線部」に抜擢され、北 朝鮮外務省を押しのけて、対日外交を担当するようになった。

ファン・チョルは平成12(2000)年8月に東京で行われた日朝交渉に、副団長格で参加した。ところが交渉の冒頭に姿を見せただけで、姿を消した。警察や公安当局が、ファン・チョルを尾行した。

ファン・チョルは日本の政治家や朝鮮総連幹部、北朝鮮のエージェントと見られる人物たちと窃かに接触し、ボストンバックを札束で一杯にした。しかし、帰国の日に羽田空港に現れたファン・チョルのボストンバックには何も入っていなかった。

帰国したファン・チョルを待っていたのは、北朝鮮の秘密警察「国家安全保衛部」の過酷な取り調べだった。この後、ファン・チョルは消息を絶った。自民党の実力者は何度も電話をかけたが、教えられていた電話番号は、誰も出なくなっていた。

ファン・チョルを取り立てていた「統一戦線部」担当のキム・ヨンスン書記は、海外に数億ドル規模の秘密口座を隠し持っていた。日本や韓国からの賄賂や秘密資金の一部を、自分の懐に入れていたのである。

キム・ヨンスンも秘密警察の取り調べを受けたのだが、「統一戦線部」担当の肩書きを外されただけだった。責任をすべてファン・チョルにおしつけて、自分だけ助かったとの観測が流れた。

いずれにせよ、金丸とファン・チョルという日朝密室利権外交の双方の役者は、悲惨な末路を迎えたわけである。

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