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可愛いリンゴとカンカン娘 平井修一
盆踊りの季節になった。母校の小学校のスピーカーから「これがぁー、銀ぃ座ぁのーカーンカン娘ぇー」と聞こえてきたので、小生は危うく失禁しそうになった。

「銀座カンカン娘」って、「リンゴの唄」で敗戦を嘆いた後で、「泣いても悔いても始まらないわよ、もう明るくやるっきゃないじゃない」と「青い山脈」とともに居直った歌だと思っていたが、まさか平成20年の御世、盆踊りで聞くとは予想もしなかった。世はサプライズに満ちている。

「リンゴの唄」は今でも小生の鼻をツンとさせる。(作詞:サトウハチロー)

♪ 赤いリンゴに くちびる 寄せて 黙って見ている 青い空
りんごは何にも 言わないけれど リンゴの気持は よくわかる
リンゴ 可愛いや 可愛いや リンゴ

これが敗戦後、わずか4年の昭和24年、「銀座カンカン娘」はこう高らかにアメリカナイズされた新時代を謳歌するのである。(作詞:佐伯孝夫)

1 あの娘可愛いや カンカン娘 赤いブラウス サンダルはいて
  誰を待つやら 銀座の街角 時計ながめて そわそわにやにや
  これが銀座の カンカン娘

2 雨に降られて カンカン娘 傘もささずに 靴までぬいで
  ままよ銀座は 私のジャングル 虎や狼 恐くはないのよ
  これが銀座の カンカン娘

3 指をさされて カンカン娘 ちょいと啖呵も 切りたくなるわ
  家(うち)がなくても お金がなくても 男なんかに だまされまい
  ぞよ
  これが銀座の カンカン娘

4 カルピス飲んで カンカン娘 一つグラスに ストローが二本
  初恋の味 忘れちゃいやよ 顔を見合わせ チュウチュウチュウチ
  ュウ
  これが銀座のカンカン娘 これが銀座のカンカン娘

占領下の日本で、占領したアメリカの文化を高らかに歌い上げた。GHQソングだろう。

多分これは誰も書いた人はいないと思うが、小生、過激派の兵隊として泥沼の戦争を1年間やっていたが、疲れ果てていたので「戦争の勝ち負けはどうでもよか、死のうが生き残ろうがもうどうでもよか、とにかく決着をつけたい」と思っていた。

大東亜戦争の末期、最後の2年間は食料も不足していたので兵隊さんはもとより都市部の日本人は生活に往生し、生き苦しく、かつ不満も言えないので息苦しかった。

仮令敗戦でも「終戦」であり、ほとんどの国民はホッとし、次の人生へ向かってギアをシフトした。誰もこれを責められない。そんな資格はない。

ただ、「もう60年以上たった、昭和20年のポツダムのクビキから離れて、普通の国になることを考えてみませんか」と小生は訴えている。

それでないと日本はメルトダウンして消えてしまいますよ、と小さな声を発信している。どうぞ、くたばる前に日本再生の兆しでも得られたら「夕べに死すとも可なり」。

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