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変った数学の先生たち 馬場伯明
数学の先生たちにはちょっと変った人たちが多かったような気がする。

長崎県立口加(こうか)高校で、久間利治先生(久間章生代議士の父)は、授業中、幾何の問題を解くために黒板に向ったまま、45分間立ちっぱなしのこともあった。

だが、途中で生徒に「自習」と告げ、解けたら「こん問題やぁ、むつかしかったなぁ」とけろっとしている豪傑先生だった。

アンチョコ(指導要領本)読み(準備)をしていなかったためだろう。久間先生は一切予習をせずぶっつけ本番だけだったという「校内伝説」が残っている。

戦後の混乱により、一流の企業人からやむなく転職した(という)先生にとっては、「高校の数学程度に準備がいるか!」という自らに対する誇りがあったのだ。

増田慶蔵先生は、天才型の数学教師(と私は思っていた)。着想、問題の解き方、スピード、すべてにおいて唖然とするほどであった。もっとも、数学が嫌いで苦手の私だったから、過信だったかもしれない。

ある日、増田先生が国語の授業の後、消し忘れの板書を消しながらいった。「字(の上手さ)と頭(の良さ)は反比例する!」。達筆のH先生(国語)に比べ、増田先生の字は「ミミズが何とか」のにょろにょろ字だった。

しかし、あまりに自信たっぷりに平然といわれるものだから、こっちはすっかり信用してしまった。字が上手くない人に出会えば、このような人が頭がよいのだなあと、つい思ってしまう。(両先生とも鬼籍、合掌)

大学に入るとさらにびっくり。教養部の数学の講義に、耳が隠れるほどの長髪の人が遅れてやってきて、教壇に立ち何かブツブツいい始めた。

黒板に数字や数式を書く訳でもなく、また、ピタゴラスやポアンカレなどの大数学家を紹介する訳でもない。内容が解らないので受講をやめた。この人が森毅(当時助教授、現在京大名誉教授、79歳)であった。

しかし、期末の試験だけは受けた。試験問題が一風変っており、「1+1=2か?」である。以下、私が書いた答案の概要を記す。

《 「1+1=2か?」ですって。国立大学の助教授が小学校1年生並みのことを大学生に問うとは・・・。頭がおかしいのではないか。

授業すべてに出席しているわけではないので、出題者(先生)の意図が読めないけれども、「1+1=2」はそれ以上でも、それ以下でもなく、正真正銘「1+1=2」である。 以上 》(私は講義には最初の1回しか出ていない)

このままでは赤点である。どうせ赤点ならばと、頭をひねり、次のような「ごたく」を並べた。

《 (1)「1+1=2」の「1+1」を「男と女」に置き換える。「男+女=子供」となる。したがって、「1+1=n(n:整数0≦n)」となるので、答えは「2」であるとは限らない。

(2)「1+1」つまり、「1」の上に「1」をそのまま重ね合せ合体すれば「1」にしか見えない。また、2つの「1」を縦に積み上げてもやはり「1」のまま。だから、「1+1=1」が成り立つ。

(3)「1+1」の2つの「1」を45°傾けて「+」の間にくっつければ、プロペラのような、「8」を寝せたような記号になる。つまり「∞:無限」となる。

(4)「1+1」を90°傾けてくっつければ「王」となる。ハッと気づけば「1+1」は王様になっているのである。

数学においても、固定観念にとらわれない自由な発想、すなわち、学問の自由の精神を堅持し、物事に対し勇気を持って「(あの人・この事象は)裸の王様だ」とはっきり主張することが大切である。以上 》

森先生の採点は、幸運にも何と80点以上であった。「ラッキー」と思ったが、それでも、その後も森先生の講義を受けることはなかった。

卒業後、私は森先生(教授)に会ったこともなく、ましてや数学の専門分野が何であったのかも知らない。ところが、森先生は、数学者としてではなく、世評・文化評論家として出版界やマスコミで有名になった。

森先生は飄々とした人柄に見え、その物言いは軽妙・洒脱である。くだけた著書がいろいろ出版されるので気軽に読んだ。毒にも薬にもならないような一種の空気みたいな本である。たとえば次の本など。

「年をとるのが愉しくなる本」(ベスト新書 ¥819)
「ええかげん社交術」(角川新書 ¥600)
「元気がなくてもええやんか」(青土社 ¥1,680)

ところで、本業以外でブレイクした数学者に、ベストセラーとなった「国家の品格」(新潮新書 ¥680)の藤原正彦(御茶の水女子大学理学部教授)がいる。本来、政治学者や哲学者がいうべき正論を、大上段に構え、まっすぐ主張したことで、「面、一本」を取った格好となった。

岡潔(数学者、1901〜1978 奈良女子大学教授、文化勲章受章)は「変っている」といっても、神棚の上の上にあり、完全に別格である。数学者としてのすごい業績(私には評価はできない)とは別に、孤高の哲学者とも称された。

先に発行された「日本の国という水槽の水の入れ替え方 憂国の随想集」(成甲書房 2004/4 ¥1900)を読めば、まっとうに生きられた岡先生の覚悟がひしひしと伝わって来る。敬礼!

わが竹馬の友である酒井勝弘(埼玉工科大学工学部教授、数学・原子力工学)は、かつて(高校時代)、旺文社全国統一模擬試験において、数学100点を連発した。

私たちは、彼を「天才」と呼んだ。たとえ国語(古文等)が40点であったとしても・・・。「源氏物語」の恋の曼荼羅世界は彼の(数学的な)理解の埒外にあった。

数学の先生たちには変った人が多いような気がする。だが、その変人性は天才に通じている。子供のような純粋さで、可愛げがあり、世間から超絶している。昔の人はいった、「バカと天才は紙一重」と。

世間の垢にまみれてきた常識人である私は、依るべき何の砦(数学等の専門分野等)も築くことはできなかった。

彼らの生き方に、たまに憧れることがあっても実行することはできない。ただ、少し離れて、恨めしく、眺めるだけ。(2008/7/3 千葉市在住)

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