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ともすると飛び出す金正日死亡説(下) 古沢襄
3回目は2004年11月25日、ソウル汝矣島の証券街で広がった銃撃死亡説だった。内容は「金総書記に粛清された張成沢(チャン・ソンテク)労働党第一副部長(金正日の妹の夫)の息子が撃った銃弾に当たり死亡した」というもので、軍幹部4人が中国に亡命したという尾ひれも付いていた。

しかし、国家情報院は同日、死亡説に「根拠はない」との判断を下し、騒動は一日で幕となった。当時、韓国に亡命したファン・ジャンヨプ元労働党書記が「北朝鮮のナンバー2は張成沢だ」と述べると、張成沢氏が労働党第1副部長を退くという出来事もあった。このうわさが誤って伝わり「銃撃説」という騒動に発展したものだ。

一方外部には知られなかったが、北朝鮮内部で死亡説が流れることもあった。北朝鮮政府幹部だった脱北者は「1980年代後半に死亡した呉振宇(オ・ジンウ)人民武力部長が金総書記に贈られたメルセデスベンツで木に衝突する事故を起こすと、翌日には幹部の間で金総書記が死亡したといううわさが広がり非常事態となった」と証言した。その後、「呉振宇氏の事故だった」とする内部発表がありうわさは解消されたという。

護衛部隊出身の脱北者は「金総書記に対するうわさは、ベールに包まれた最高指導者の全てに関心を持つ住民の口が発信源になっている」と指摘した。

大部分の住民は金総書記の夫人が誰で、子供が何人いるのか具体的には知らない。全てが封印されているため、全てが好奇心の対象になる。脱北者のうち相当数は中国や韓国に来てはじめて金総書記の私生活を知ったという。

中国在住の朝鮮族住民によると、北朝鮮国境の丹東で最近、北朝鮮からやって来た役人や訪問者の間で隠れて読まれている本は藤本健二氏が書いた『金正日の料理人』だという。>

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