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二・二六事件と「八日組閣」 古沢襄
花岡信昭さんがメールマガジンで「”八”は縁起の悪い数字?」の記事を書いている。中国の留学生の間で話題になっているという。しばらくは花岡さんの記事を引用させていただく。

<中国ではこのところ、大きなニュースが相次いでいる。まず50年ぶりの大雪。これが降り始めたのが1月25日(1+2+5=8)。次にチベット騒乱。これは3月14日(3+1+4=8)。そして四川大地震が5月12日(5+1+2=8)。なんと、すべて8になる。

「八」というのは中国では末広がりで縁起のいい数字とされてきた。だから北京五輪の開幕も8月8日だ。それも2008年。四川大地震が起きた5月12日から五輪開幕までは、88日。この不気味な符合も話題だという。>

日本の政治家は末広がりの「八」が好きである。安保騒動後、岸さんの後の総理大臣になった池田勇人さんは、とくに「八」の字の縁起を担いだ。

池田内閣の成立は昭和35年7月19日だが、その年の暮、12月8日に内閣改造を行っている。「池田は八の縁起を担ぐ」と言われたものだ。三年後の昭和38年12月に池田氏にとって最後の改造人事を行ったが、9日になってしまった。

池田氏と熊本の旧制第五高等学校で同級生だった荒木満寿夫氏に「池田さんは何で八の縁起を担ぐのか」と聞いたことがある。池田氏は京都大学をでて大蔵省に入ったのだが、デューリング皮膚病という奇病に罹ってしまった。

全身にカサブタができて、痛くて痒くて眠れない日々が続いた。大蔵省を休職して広島県に戻って闘病生活を送った。荒木氏は「池田は大崎島の八十八カ所巡りの巡礼をしていた」と教えてくれた。この時に好物だった肉も絶ったという。奇病に罹らなければ縁起を担ぐ心も起こらなかったのかもしれない。

八が縁起がいいというが「そうかな」と私も中国留学生のように首を傾げる。池田さんのように信心深くない。昭和9年7月8日に岡田啓介首相が組閣人事を行った。この内閣は昭和11年2月26日の二・二六事件に遭遇している。

戦前の政治史で八の日に組閣したのは岡田内閣だけである。それがえりに選って、末広がりどころか、クーデター事件に見舞われてしまった。足し算の「8」は初めて聞くことだが不思議な符合である。

それにしても二〇〇八年八月八日の北京オリンピックで何も起こらねばよいが・・・。一抹の不安がある。

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