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余はいかにしてアカになりしか 平井修一
メルマガ「頂門の一針」の主宰者・渡部亮次郎氏からメールをいただいた。

<私は両親が左翼だったから左翼に染まらずに済みました。平井さんは何が最初、左翼に染まったきっかけだったのですか。最近の若者に教訓を与えて下さいませんか>

小生・平井は20歳の1年間、マルクス主義に染まっていた。それまでは台湾独立運動、韓国の自由化促進を支援していた。即ち台湾については反・蒋介石(国民党)。

韓国については反・朴正煕(パクチョンヒ)で、「あまりにも圧政がひどすぎる、もっと自由化、民主化したらいい」という、それぞれの国の事情が分からないままに青年らしい「正義感」から「義憤」を募らせていた。

大学で台湾独立運動の支援を進めようと思っていたが、このような社会運動、政治運動に関心を寄せるのは1970年当時はマルクスにかぶれた連中ばかりで、学生の世論を岩波「世界」と朝日「ジャーナル」がリードしていた。

韓国については「ごもっとも」というが台湾については皆、中国共産党シンパだから平井は一人で台湾独立運動をしていたが、それは孤独で、地味すぎる。「現代史研究会」というサークルを立ち上げたが、集まったのはマルクスかぶればかり。そういう時代だった。

日共系(代々木)と反日共系(新左翼)の違いも分からぬままに、小田実などが率いるべ兵連のデモや集会に参加していったが、それに伴ってマルクス主義系の本を乱読するようになった。

宗教のようなもので、論争になったときにマルクス、レーニン、トロツキーなどの本をいっぱい読んでいるほうが有利なのだ。「おい、資本論を読んでから言えよ」「マルクスはドイデ(ドイツイデオロギー)でこう言っているぜ」

「君の意見は分かった。ところで君自身はどう行動するのかね」なんて偉そうに言って相手をへこましたり、煙に巻いたりできるのは快感だ。

今から思えば「ただのバカ」で、朝日・岩波・GHQの自虐史観でない、きちんとした(冷静な)歴史を学んでいれば、20代の10年を裁判で悩まされることはなかったろうと思う。

ノンセクトの小生を中核派へ誘ったのは「一番の親友」で、結局、現代史研究会の10人のなかで逮捕、起訴され、10年裁判を味わったのは小生だけだった。

「一番の親友」もそれなりの苦労をしたが、「平井君一人に苦労をさせてしまった」と忸怩たる思いがあるのだろう、小生が「ガンになった、さようなら」と手紙を出したら九州から見舞いに来てくれた。

この、とりあえず暇な時間だけはある闘病生活のおかげで小生は歴史を学び直し、「日本人」を取り戻すことができた。幸いにも病気は回復し再就職もできたが、その会社の社長は「一番の親友」である。人生の綾というやつか?

アカになり初めてから、アカからの脱色まで、ずいぶん長いように思っていたが、振り返ればこの一文で総括できるのか。

人生を誤らないための教訓:

 1)戦前の改造社はもとより岩波書店、大月書店、朝日新聞社、中日新聞社、西日本新聞社、北海道新聞社、共同通信社、NHKなど「商売&工作員としてのマスコミ左翼」に気をつけよう。

本が売れ、共産主義が普及するのなら白を黒と平気で主張する。最初から色眼鏡で歴史を見ている。

 2)思想家、評論家、政治家は、有権者・消費者を含めたスポンサーの言いなりになる。距離をもって付き合ったほうが良い。理性を忘れて惚れてはいけない。

 3)日本語でうまく説明できないために外国語を乱用する者がいる。それらは基本的に亡国の工作員と心得るべし。リストラクチャー、リエンジリニアリング、スキーム、レジーム、ゼロサム、デリバティブ、ストックオプション、ジェンダーフリー、エコ、ジェノサイド、ワークアンドライフバランス、ドメスティックバイオレンス・・・ほとんどインチキである。騙されるな。とことん意味を問え。

 4)平和、環境、融和、平等、人権、博愛、共存、共生などの口当たりのいい言葉に惑わされてはいけない。ほとんどが「自分のために都合の良い言葉」で、そこには「命がけでその言葉のために己を捧げよう」という意識はない。

知行合一ではなく、ただの言葉の遊びである。信用してはいけない。フランス革命は「平等、人権、博愛」のもとにギロチンで殺しまくった。

 5)この世は「愛と善意」ではなく「嫉妬、憎悪、悪意、策略、謀議」に満ちていると思ったほうがいい。中国共産党が「自衛隊に援助に来てほしい」と言ったのは「どういうシナリオか」と英知を集めて考えるのが外交だ。「相手の厭がることはしない」「相手の望むことは二つ返事でする」というのは、ただのバカである。

 6)己の一生は己で責任を取れ。「裸にて生まれてきたに何不足」とトップ屋の梶山季之は言った。市井の民ではなく、いやしくも言論で、あるいは暴力で天下国家に異議を唱え、あるいは反逆したのだから「老後は面倒を見てくれ」なんて言うな。餓死する覚悟をせよ。

 7)己の人生のすべての責任は己にある。財布に10万円がないのは己の責任である。1000億円の資産をかかえて途方にくれても己の責任である。どうすべきか。人生は回きりである。1

「恋はいつでも初舞台」と役者は唄ったが、人生も「初舞台」だ。きっちりと静かに「舞台下手に去る」覚悟をすべき年齢にやがては若者も達するのである。ま、今は必死の子育て時代だから以上のことはぴんとこないだろうが、ご参考までに爾言う。

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| 平井修一 | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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