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気になる存在・与謝野馨 古沢襄
数日前、90歳を迎えた辻トシ子さんが、電話で「与謝野さんが喉頭ガンにならなかったら、総理大臣になっていたのにネ」と惜しんでいた。吉田内閣以来、戦後政治を政権の中枢近くでみてきた人の言うことだから重みが違う。

同じ様なことを小泉首相も言っていた。「(与謝野が)落選していなければ自分ではなく与謝野が総理になっていた」と述べている。与謝野は2003年の総選挙で東京の選挙区で民主党の海江田万里に敗れて落選していた。

与謝野 馨(よさの かおる、1938年8月22日 - )・・・歌人与謝野鉄幹・晶子夫妻の孫。父親の与謝野秀(しげる)は鉄幹の次男で外交官。麻布中学校・高等学校を経て東京大学法学部を卒業して日本原子力発電に入社。1968年に中曽根康弘の秘書となった。

四年後の1972年、旧東京一区から自民党候補として出馬したが落選、その四年後の総選挙で初当選して政界に出た。村山内閣で文部大臣として初入閣。第二次橋本内閣の官房副長官、小渕内閣で通商産業大臣に就任。

だが平成12年4月の総選挙で民主党の海江田万里に敗れて落選。官僚出身ではないが、エリートだから大衆受けしないのかもしれない。しかし政界の玄人筋では与謝野株がジワジワと上昇するという不思議な存在感があった。

平成15年の総選挙で再び海江田に敗れたが、比例区でようやく復活当選。この時に小泉の「落選していなければ自分ではなく与謝野が・・・」の発言が飛び出した。与謝野を高く評価した小泉の下で自民党政調会長、第三次小泉改造内閣で内閣府特命担当大臣(金融・経済財政政策担当)に就任。

二年前に発足した安倍政権のもとで、自民党税制調査会会長に就任したが、10月に口内に痛みを覚えて入院し喉頭ガンの告知を受けた。退院後、自宅療養していたが、昨年四月から政治活動を再開、八月の安倍改造内閣で内閣官房長官に就任。まだ声がかすれることもあったが、緊迫する政局が与謝野を放っておかない。

選挙に強くなくガンから再起した政治家と言われながら、総理大臣の声がかかる人物というのは、この人だけであろう。趣味も多彩、自作のパソコンを数台も持つ政治家。囲碁の腕前はアマ七段で、政界最強とも評されていたが小沢一郎との対局で負けた。

福田首相も混迷政局に困り果てると総理官邸に与謝野を招いて、二人だけで相談する機会が多くなった。伊吹幹事長や町村官房長官にとっては、与謝野は気になる存在なのかもしれない。

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