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サミット議長への悪夢 渡部亮次郎
福田康夫首相は洞爺湖サミットでの議長に執心しているのは父の赳夫首相(故人)が日本で初めてのサミット(東京)開催を目前にしながら果たせなかった、その夢を果たしたいからだ、とマスコミはかしましい。

しかしそれは赳夫首相が幹事長大平正芳との「密約」を一方的に反故(ほご)にして大平の名誉を傷つけた果てに、大平に総裁選で敗北したからである。私は目撃者だ。NHK]政治記者から赳夫内閣の外務大臣秘書官だったからだ。

田中角栄内閣がその金脈で倒れた後、レフトの三木武夫が金銭のクリーンを名目に後継に指名されたが、田中にその後襲い掛かった

ロッキード事件による逮捕に不満を持つ田中は昵懇の大平正芳やライバルの福田赳夫を語らって三木政権を潰した。

これがいわゆる挙党協による三木潰しである。田中は早くから大蔵官僚(主計局長)上がりの福田をライバル視し、悉く争い、結局は総理総裁レースでは自分が制したものの、福田にその椅子を譲る気は持たなかった。

しかし今は三木潰しが先である。自分が表に出るわけに行かないから

<1976年8月19日、反主流(田中派、大平派、福田派、船田派、水田派、椎名派)6派が中心になって自民党議員277人で挙党体制確立協議会(挙党協)を結成させ、代表世話人に船田中元衆議院議長が就任した。

挙党協は三木首相に対して退陣要求を突きつけた。この時、三木政権に協力する派閥は三木派と中曽根派だけという状況であった。

挙党協は反三木では一致していたが、三木退陣後の構想については福田赳夫と大平正芳のどちらが次期首相になるかで絞りきれていないもろさが存在していた。

三木首相は1976年9月10日、臨時国会召集を決める閣議で衆議院解散で対抗しようとする。一方、挙党協に参加している15名の閣僚は、解散の文書に署名しないことで対抗する。

三木首相は解散に反対する閣僚15名を罷免してまでして、解散権を行使することも考えていた。結局、三木首相は閣僚を罷免してまで解散権を行使せず、執行部は9月15日に内閣改造で一旦は、決着を付けた。

その後、三木は解散権を行使できないまま、日本国憲法では初の任期満了による総選挙となった。挙党協議員は自民党公認を受けたものの、挙党協は党本部と別に選対本部を設置し、自民党分裂選挙の様相を見せた。

総選挙で自民党は過半数割れする敗北を喫し(無所属候補の追加公認後に過半数を維持することが出来たが、それでも改選前8議席減の惨敗であった)、三木内閣は責任を取って退陣した。

その後、福田赳夫と大平正芳はポスト三木を福田とする大福密約を締結、大角両派と福田派がポスト三木の総理総裁に福田赳夫で一致し、挙党協の総裁推薦候補を福田とする。福田は総理総裁に就任し、福田内閣が発足した。

なお、この抗争中である9月6日にベレンコ中尉亡命事件が勃発したが、政府が三木おろしで忙しくてそれどころではなかったので対処に不都合が生じたという。>(ウィキペディア)

この密約を私は後に確認したが、要するに福田の任期は「2年」でこの間大平は「幹事長」として「協力」するとなっていた。しかし福田の後継者の事は書かれてないものの「大平は福田の総裁就任に協力する」となっている以上、後継が大平であるのは当然だった。

2年経ったところで行われる総裁選挙に福田は立候補せず、大平の筆頭推薦人になってくれるものと大平は思っていた。ところが福田からの電話は「立候補する」だった。大平は「なにッ」と立ち上がった。

マスコミは最後まで福田優勢と言い続けたが、福田惨敗。負けず嫌いの福田の吐いた科白「天の声にもたまには変な声がある」。翌年東京の迎賓館で開かれた東京サミットの議長を首相の大平が勤めたのは当然だった。

首相の首席秘書官だった康夫に父は「密約」のことを知らせていなかった。赳夫は多分三枝夫人にも告げてなかったろう。恥ずかしいことだもの。しかし男と男の約束を反故にするような男にサミット議長をする資格は初めから無かったといっていい。

それなのにいわゆる「40日抗争」や不信任案賛成などを仕掛けて大平を死に追いやった福田父子の罪は永遠に消えない。大平の怨念が洞爺湖サミットに顕れないも限らない。文中敬称略 2008・04・07

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