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青春とは悲惨である(下) 平井修一
吉岡はパイプを愛用していた。吉岡が詩集を自費出版する際に石倉が埼玉県の印刷所まで車で取りに行ってやったこともあって、2人はやがて気の置けない友達になったが、ある日、吉岡は「僕が一番気に入っていたパイプだけど、この前のお礼に」といって使い込んだパイプを石倉に贈った。

店の客が途絶えると2人は椅子に坐り、パイプをふかした。吉岡はパイプの話、パイプ煙草の話、いろいろな喫煙具の話など、うんちくを石倉に披露した。

「アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』に面白い話が出ているよ。海泡石っていう石でできたミアシャム・パイプは最初は真っ白なんだけれど、これを1年くらい吸っていると琥珀色になるんだね。

手垢がつくと跡に残るから、パイプに包帯をして吸うわけで、そろそろ色がついたかなと時折、そろそろと包帯を解いて色を楽しむわけだけれど、ある時、1カ月で琥珀色にしてやろうと、ミアシャムパイプをもって男が部屋にこもった。朝から晩まで吸い続けたんだね。

その後、1カ月ほどしても彼が部屋から出てこないのでみんなが部屋のドアを壊して入ってみると、彼は死んでいた。なんと体中すっかり琥珀色になっていた。そばにあったパイプの包帯を取ってみると、なんとこちらは真っ白のままだった」

石倉は吉岡にならってパイプを愛用するようになった。

やがて哲学や文学の話も多くなってきた。吉岡は石倉がこれまで接したことのない本を数多く読んでおり、話題が豊富だった。

「荘子を読んだことがあるかい。この中で『胡蝶の夢』というのがあって、『昔、荘周夢に胡蝶となる。翔々然として胡蝶なり。俄然として覚むれば即ち荘たり。知らず、周の夢に胡蝶となるか、胡蝶の夢に周たるかを』というのがある。

荘子が夢で蝶になったのか、蝶が夢を見て荘子になったのか、そのどちらなのか分からないという話なんだけれど、物ごとにはいろいろな見方があり、とらわれることなく自由の境地に遊ぶことが人間の心の持ちようとして大切だということだよ」

一方、中原はジャズレコードのコレクターとして結構知られていたようで、ジャズ歌手がわざわざ彼のところにレコードを聞きに来ることもあった。新しいレコードが出ると近所のレコード屋がすぐに持参し、そのほとんどを中原は購入していた。

「金を使う時、これならレコードが何枚買えるか、とついつい換算しちゃうね。もう、惰性で集めているようなものだけれど」と中原は苦笑した。石倉がジャズにちょっと興味があるのを知ると、コルトレーンの最後の来日公演の模様や、彼が事故死した時に殉死したファンの話など、うれしそうに話してくれるのだった。

「石倉君、クリフォード・ブラウンていうトランペッター、知っている?知らない? いいなあ、君は。

これからジャズをいっぱい楽しめるんだから。僕はもう惰性というか、重荷というか、ジャケットを1回も開いていないレコードもたまってきちゃって。

長田弘の詩に『クリストファー詩編』というのがあってね、クリフォード・ブラウンのことを詠んでいる。『ああ、ぼくは、死んだクリフォード・ブラウンのことを実に懐かしく想いだす』っていう書き出しでね」

吉岡がその話を引き取って、

「うん、最後がいいね。『夭折こそはすべての若い芸術家を駆りたてる、もっとも純粋な夢、ぼくたちの夢のなかの夢であるもの』。夭折っていうのはいいね。短すぎる彼の晩年、なんていう言葉は美しいけれど、長い晩年なんていただけない。長生きするものじゃないよ」

石倉にとって初めての、もうひとつの世界が開かれていくようだった。石倉の混乱的な思考に吉岡や中原が違う価値観、世界観の種、あるいはパンドラの箱のように悩みの種を植えつけたようだ。

それと並行して石倉は虎ノ門の救援対策社に次第に足遠くなり、唯一裁判を残して「革命」とマルキシズムから徐々に離れていった。

様々な価値観があることは分かりはじめたが、自分のそれは何か。石倉は分からない。仕事は慣れるにしたがって単調になってきた。午前9時ぎりぎりに出勤し、11時55分に昼食に出かけ、近くの店でスパゲティかピラフか蕎麦を食べ、喫茶店でコーヒーを飲み、あるいはそこでトーストサンドを食べ、12時50分になると東急線ガード下のアーケードにある本屋で新刊をざらっと立ち読みをする。

慌てて店に戻ると1時を5分ほど過ぎており、中原の母親から「12時前から昼休みをとらしているのだからちゃんと1時には戻ってもらわないと困るわよ」という嫌みの一言をもらう。午前と午後の2回、軽トラックで配達に出かけ、それ以外は店員として働く毎日である。

ある日、石倉は近所の工務店に配達に出かけた。注文した品物を届けるトラック運転手は、工務店にとって横柄に構えてよい相手であり、時には視線を上げることもなく無言のまま指で荷物の置き場所を指示されることも少なくなかった。

その日、経理の中年女性は品物をどこに置けとも言わないし指示もしない、納品書を差し出しても受け取らない、そのまま立っていると、うるさそうに書類入れを数回指さすだけで、石倉がその引き出しのどこに入れてよいか分からずにいると、

「何突っ立っているのよ、2番目の引き出し。まったくぼさっとしているのだから」露骨に軽蔑する目を向けて石倉を怒鳴りつけた。

石倉はショックだった。これは独立した人間が独立した人間に対する対応ではなく、まったく人格を無視していると思った。

「このクソばばあ」と、石倉は心できたなく罵り、車に戻ったが、不快感は納まらなかった。

「こんな人間がこの世にいるのだ……」

石倉は車を発進する気力も失せ、ハンドルに手を載せたまま考えた。

「俺はこんな奴のために革命を目指していたのか……」

「……人間を解放するなどということが、このババアを解放することだと?」

「冗談じゃない。こんな奴とは口をききたくもないし、見るのもいやだ。勝手に地獄に落ちるがいい。死ね、馬鹿野郎」

憎悪を向き出しにし、激情のままに罵ってみたが、しばらくすると石倉の心は消沈して来た。

「愛すべき人間、救われるべき人は、俺の助けや革命などを全く必要とせずに、心豊かに静かに生きている。その一方で救われる価値のない奴等がばっこし、俺を不快にさせる……世の中は俺を必要とせず、社会に俺の居場所はなく、この世界に俺の生きる意味もなく、生きている実感もこの現実世界の中にはない……」

石倉はぐったりした。

こんな、石倉にとっての強烈な「事件」もあって、ナカハラに勤めはじめてからわずか3か月後の6月には、なんの展望もない仕事が苦痛になってきた。昼間はぼーっと過ぎ、店を出た午後5時からようやく自分のようやく自分の時間、自分の世界が始まるようであった。

朝陽の代わりに西陽を受け、小鳥のさえずりの代わりに街の喧騒を耳にしながら、石倉は8時間の労働による倦怠感と疲労を抱きながら、街をぶらつくでもなく自分の部屋に戻り、ベッドに体を横たえるのだった。

やがて暗くなると60ワットの電球を灯し、本を開き、読みはじめる。その本以外のすべてがスクリーンに幕が引かれるように静かに消えてしまうようで、夜更けになるにつれて別の世界が唯一、現実と化してくるようだった。

石倉はその中で初めて胸いっぱいに呼吸でき、目覚めた気分になり、生きた心地がするのだった。しかし、それも長続きはしない。読書に疲れ、部屋を見回せば陰気くさいだけであり、再び気が滅入ってくるのだった。

憂鬱な毎日をさらに憂鬱にさせるのが裁判だった。石倉は毎月1回は裁判のために千葉に行かなければならなかった。今の彼の生活や宙ぶらりんな思考の中に、三里塚での戦いは遠い過去のようで、実際に自分がかかわったことを現実として思い起こさせるのは裁判以外になかった。

石倉は三里塚に、あるいはそこで暮らした自分にノスタルジアを感じる時はある。4000メートル滑走路の中に気高いまでに弧塁を屹立させる天浪団結小屋、笑うと白い歯と片隅の金歯をのぞかせる岩山地区の農民たち、甘い出がらしの麦茶、歩哨の夜明けに飲む甘いインスタントコーヒー……。郷愁こそ覚えるが、裁判は容赦なく石倉を刑事事件の被告として形而下的な現実世界に引き戻すようだった。

裁判は石倉の過去を裁き、刑を下す退屈な儀式だった。100日間の未決勾留は実刑そのものであり、それで片はついたはずであり、その上にまた裁判に出頭することは虚しく思えた。

過去と精神的に継続性がない、あるいは価値観が変わった被告にとって、裁判はなおさら消耗が激しく、被告席にいる石倉は脱け殻のように感じた。公判の前と後にもたれる集会での被告団幹部のアジテーションはどこか別世界のことのようで、いたたまれない思いがした。

裁判が回数を重ねるにつれ、統一公判から抜け分離公判に移行する被告が増えていった。様々な事情によることは察せられ、特に九州や北海道など遠隔地の被告にとって、毎月1泊2日をかけて千葉地方裁判所に通うことは精神的、物理的に石倉とは比較にならぬ負担である。

石倉も分離公判を選び「反省の念」を示し「情状酌量」を請えば、1カ月も経たないうちに判決が下り、実刑判決は免れないものの数カ月ほどの禁固刑、あわよくば執行猶予付きとなり、前科なん犯という烙印は押されるが一定期間の後にすべては過去のものとして終わるだろう。

なぜ、そうしないのか。石倉の住む川崎から千葉は近かったこともあるが、三里塚とそこにいた自分をきっぱり過去として整理するには郷愁があり過ぎたし、何よりもケリをつけるだけの思想、価値観が石倉にはなかった。

また、分離公判をここで選んだら、彼が黙秘し3カ月間閉じ込められたことの意味がなくなり、屈辱的な独房暮らしのすべてが無意味だったことになってしまうと思った。変節した自分だが、せめて被告団の片隅にいることで三里塚と自分自身の矜持を石倉は保ちたかった。

結局は権力奪取に敗れたのだと石倉は思う。敗者は再び立つことはない。関係をすべて断ち切り、人間世界の煩わしさから解放され、静かな精神世界に自分の居場所を求めて後退したい、自分自身の内部に沈潜したい、自分だけがすべての世界、コミュニケーション手段である言葉をも越えた境地で一人で生きていきたい、「だからそっとしておいて欲しい」と願うのだった。

動物が肉体的、精神的に窮地に陥った時、一切の行動を停止し、あたかも死んだようになるという。

石倉は擬死により外界を遮断するシェルターを造り、その中で自分とはなにか、存在理由、生きる意味を発見し、自分自身との自己同一、アイデンティティを得て心の平穏、バランスを得たいと願った。しかし、それはまた容易な道ではなく、血まみれの壮絶な退却戦のようでもあった。

石倉は孤独だった。気の置けない友人あるいは恋人がいたのなら心は随分と救われたろう。孤独の中で自分自身と向き合う作業は、心のバランスをおかしくさせかねない。

しらふだろうが、アルコールの力を借りようが、いつでも石倉の思考が到達する結論は「何もかも混沌なのだ」ということだった。あらゆる価値観がうず巻く中にあって、これというものはひとつもなく、すべてを受け入れることも、すべてを拒否することもできるという、不安定な思い。

こんな状態が数カ月も続けば、混沌こそがすべてであり、切れ味のよい価値観、世界観を見いだそうとすることが馬鹿ばかしく、かつ虚しくなるほどであった。

混沌の上に超然と自己を確立する、あるいはそんなことにとらわれずに淡々と生きるには、石倉はまだ幼かった。夢もなく希望もなく、未来もなく、ただただ混沌だけが確かなように思えるのだった。

こうして若者は人間嫌いになり、やがて口数少なくなり、自分だけの殻、自分だけの世界に退行していくのだろう。

自己中心的で傍若無人的でありながら被害妄想的で依頼心が強く、自己蔑視と他者蔑視が交錯し、厭世的でありながら孤独でさびしがり屋で傷つきやすいという、青春のど真ん中に石倉はいた。

孤独な思考に疲れ果てた石倉は、ある日曜日にハイキングに出かけた。孤独をいやすためにではなく、居直って孤独を楽しもう、そこに美学を見いだそうと出かけて行った。日帰りではなく、1泊のコースを選んだ。

月曜日は結果的にナカハラを休むことになり、中原の母親から嫌みを言われるだろうが、もうどうでもよかった。部屋の隅に埃まみれになっていたキャラバンシューズを取り出し、家を飛び出した。

午前11時、郊外へ向かう電車は、密集した住宅地を抜け、次第に畑と潅木の多い武蔵野の奥へと向かっていく。背広姿のような、ちんまりとした建て売り住宅の小さな群れが終点の駅まで続いていた。

石倉の前に坐る母子は大きな紙包みを棚から下ろし、母親は2人の幼児におもちゃのような靴を履かせようと、なだめながら、こまごまと下車の用意をしている。終点に着いた時、既に時刻は2時になろうとしていた。家路に着く人も多い。

ここからさらに石倉は山奥に向かう単線のディーゼル電車に乗り換えた。たった2両の赤と黄色の列車は、排気筒が高く突き出してはいたものの煤によって黒ずみ、もの寂しい印象で、山の中腹をうねって行く軌道の両側はうっそうとした杉が光を覆い、薄暗い。

終点で降りた時には数人の乗客しかおらず心細かったが、改札を抜けるとひなびた駅舎の前の広場は梅雨明けの西日に照らされゆらゆらと燃え立っているようだった。

山麓まで続いているのだろう、まっすぐに伸びた道は陽炎の中で霞んでいる。石倉はなにかしら心がなごんだ。大きく息を吸い込み、味わうようにそっと吐いた。

登山口から急な昇りが続いた。この時間に登り始める人はなく、彼は下山者と多くすれ違った。「こんにちは」と声をかけられた時、最初彼は戸惑った。他人から挨拶されることは初めての経験だった。

この山の中に来てまで世間的な呪縛から逃れられないのか、といささか厭な思いだったが、やがて挨拶を交わしていくうちに彼は自分から声をかけはじめ、それを快く思う自分に気づいた。「寂しいならなぜそう素直に言えないのか、1人でいるよりも2人でいるほうがよいのだ」と石倉は思った。

夕刻、野宿を覚悟していた石倉の前に山小屋が現れた。ランプの光の下で体を横たえると、天浪団結小屋の日々、何の疑問もなく一心不乱に斬壕用の地下トンネルを掘り続けていた日々が思い出され、鼻の奥がつんとしてくるのだった。「来て良かった」石倉は目を閉じた。
   
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| 平井修一 | 15:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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