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仲がいい”犬猿の仲” 古沢襄
凄惨なチベットの騒乱を目の当たりにして、至極仲がいい”犬猿の仲”のお話をするのは気がひける。だが日本人はチベットのことを、どれだけ知っているのだろうか。残酷のようだが、チベットの騒乱は中国の強大な警察・軍事力によって制圧されるだろう。そして一過性の日本人はチベットのことを忘れてしまう。

七つの海に雄飛したイギリス人と違って、日本人は同じ海洋民族でありながら三百年近い鎖国の歴史を背負っている。島国に閉じこもっていて、他国に無関心なところがある。外国に行く時は、日本人だけで固まってゾロゾロ・・・。

なにせ日本人でありながら日本の歴史を知らない若者がぎょうさん増えている。他国の歴史にも無関心。海外ツアーが花盛りだが、相手国の歴史なんて知ろうともしない。それでいて世界第二の経済大国。力まかせのアメリカ人は嫌われるが、日本人もけっこう嫌われている。

北西アジアの歴史に興味を持ってきた私は、古代トルコ民族が遠くシベリアのバイカル湖にまで足跡を刻んでいたことを現地で知って感動した。ブリヤート・モンゴルのDNAを調べると北方系日本人と共通するものがある。同種のブリヤート・モンゴルは日本人と変わらない風貌をしている。

話を戻そう。今、問題となっているチベットでは「蒙古人の祖先は犬」と信じられている。一方、蒙古では「チベット人の祖先は猿」なそうである。まさに犬猿の仲なのだが、蒙古人とチベット人は至極仲が良い。

モンゴルの英雄・ジンギス汗は”蒼き狼”の子といわれた。モンゴル神話では蒼き狼と白い牝鹿とが天の命でやってきて、生まれた最初の人間が「バタチカン」。蒼き狼の名はポルテ・チノ、白い牝鹿の名はコアイ・マラル。作家・井上靖は「蒼き狼」の小説を書いたが、ジンギス汗の征服欲の根源は、蒼き狼の血だとした。

ポルテ・チノの狼血が、ジンギス汗に流れ、殺戮の征服欲の根源になったという説は「モンゴルの秘められた史(ふみ)」という歴史書に依拠している。井上靖は小説を書くに当たって、この狼始祖史料を使っていた。

実は、もう一つの犬始祖伝説がある。ジンギス汗は、むしろ蒼き狼の血統ではなくて、黄色い犬の血統だという。

草原の民である遊牧民族には、こような狼始祖や犬始祖の「獣祖神話」が多い。豊かな牧草地をめぐって遊牧民の間では、争乱が絶えなかった。戦いに当たっては「獣」のごとく勇敢で、残忍になることを祈った。「獣の掟」の中から「獣祖神話」が生まれたのではなかろうか。

面白いのは古代漢民族や朝鮮半島の古代民族には「獣祖神話」がない。あるのは「感精(かんせい)神話」。感精とは超自然力の天降る霊物などを意味する。大陸から渡ってきた稲作文化に支配された日本にも「獣祖神話」がない。あるいは縄文文化にあった「獣祖神話」が消滅したのかもしれない。

さらに話は一転するが、北西アジアの古代史研究は遅れている。むしろ、これまでの日本の研究が進んでいるといってよいのではないか。「獣祖神話」に関する研究論文もかなり出ている。

その受け売りになるが、モンゴル民族の始祖神話には「彼らの始祖は犬から生まれた」とか「木から生まれて犬に養われた」という犬祖神話が多い。ところが古代トルコ民族には狼祖神話が多いという特徴がある。

ジンギス汗は”蒼き狼”はトルコ系の狼祖神話ではないかと私は勝手に想像している。

五世紀のはじめからモンゴル高原の北部に住み、アルタイ山脈の西方に「高車・丁零(こうしゃ・ていれい)」という古代トルコ民族がたてた遊牧国家があった。その始祖伝説は狼に関するものである。

匈奴(きょうど 紀元前209〜)の君主・単宇(ぜんう)に二人の娘がいた。容姿が極めて美しいので、天に嫁がせるため高台に四年置いたが、ある日老いた狼がやってきて、穴を掘って住みついた。姉は畜生を嫌って高台を去ったが、妹は狼の妻となり、子を産んで高車・丁零という国家を成した・・・狼始祖伝説。

匈奴がモンゴル種なのか、トルコ種なのか定説がない。だが高車・丁零の建国神話でみるかぎり匈奴も古代トルコ民族が多数を占める連合体だった可能性が強い。

高車のことを中国の史書は「高輪の車を使用する丁零族」と書いている、この言葉から背の高い丁零族が想像できる。漢人が驚く背の高い丁零こそは、最古の古代トルコ族といわれている。

言語学者は「トルコ→テュルク→テイレイ」と読み解いている。高車丁零の後身に「鉄勒(てつろく)」という強大な国家が現れ、やがて突厥(とっけつ)国家が誕生する。「→テツロク→トッケツ」と読み解くと、ジンギス汗が現れる(十二世紀)前の北アジアは、狼始祖神話を持つ古代トルコ民族が強大な勢威をふるっていたことが想像できる。

突厥(とっけつ)は六世紀から頭角を現し、東は興安嶺から西はウズベキスタンのソグド地方に至る空前の地域を制圧、古代トルコ大帝国を建設した。しかも北アジアの遊牧民族史上はじめて文字を用いて、オルホン碑文を残している。しかし、支配する領土が余りにも広大だったから、この遊牧帝国はアルタイ山脈を境として、東西の両帝国に分裂している。

突厥にも狼の始祖神話がある。鉄勒の末期に隣国と戦って、ただ一人生き残った十歳の男の子が、牝狼が住む洞窟に匿われ、それと交わった。やがて十人の男児が生まれ、その子孫が繁栄して突厥帝国を作ったというものである。この下りは「周書」や「隋書」、「北書」に出ている。

東西に分裂した突厥(582)は、西突厥が739年に滅び、東突厥も744年に滅亡。いずれも唐の太宗の時代である。十二世紀になってジンギス汗が現れるまでの北アジアは、群雄割拠の時代だったが、東の「金」と西の「西夏」が栄えている。女真族の国である金の始祖神話には、日本の羽衣伝説に似たものがある。

その昔、長白山の湖に三人の天女が舞い降り、水浴びをして遊んだ。その時、カササギが赤い実をくわえてきたのを、一番下の妹の天女だけが食べてしまった。妹は身ごもり、そのために再び天にかえることもできなくなった。

そして天女は赤子を生んだが、その子は、大変聡明で利発な子に成長し、やがて川を下っていって、人々を治めるようになった。それが、女真族の始祖プクリ・ヨンジュン。

西夏はチベット系タングート族が作った国だから、狼始祖神話も犬始祖神話も持っていない。草原を制圧した「古代トルコ民族=狼」の時代が終わり、十二世紀のジンギス汗が登場が迫っている。「狼=トルコ民族」から「犬=モンゴル民族」へ舞台役者が交代しようとしている中で「猿=チベット民族」をモンゴルが勝手に作ったのかもしれない。

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