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守谷城趾の「縄張り図会」 古沢襄
わが家からマイカーで15分とかからないないところに守谷城趾(守谷市守谷字城山)がある。沼地にぽっかり浮かんだ典型的な中世の”浮き城”。私が十五年前にこの地に居を定めた時は人口が三万にも満たない守谷町だった。旧市街地の昔は広大な沼の底だったと知らされたものである。

それが東京中心地まで一時間以内という地の利を得ていることから、発展に発展を重ねて六万人に近い茨城県下では一番の人口急増地域になった。数年前に市制をしき、つくばエクスプレスが開通してからは、浅草まで四十分という便利なところになっている。

だが私には賑やかになった守谷市よりも、平将門が関東制覇の馬を走らせた古戦場に魅力を感じている。その根拠地のひとつだった守谷城趾を散策して、強者たちの夢の跡に想いを馳せている。

市街地の開発が急ピッチで進んだ結果、古戦場の城趾がだんだん片隅に押しやられていく姿をみるのは寂しい。新しくこの地に移り住んだ人たちは、それこそ”生活が第一”、四車線道路に両側に立ち並んだ洒落た飲食店で、都内と同じ様な家族連れの休日のひとときを楽しむことに余念がない。

茨城県は北海道に次ぐ道路延長距離を誇っている。それだけに交通事故が全国でもトップ・レベルとなった。私の住む”みずき野市街地”の近くを四車線のふれあい道路が東西に走っているが、さらにもう一本の四車線道路が平行して近く完工する。その周りに飲食店が立ち並び、ジャスコ、西友などの大型店舗も林立する様だ。

これでは十八年住んで脱出した横浜と変わらない。東名高速道路の渋滞ぶりに音をあげたのが、横浜脱出のひとつの理由なのだが、この地に殺到する自動車の急増ぶりをみていると、いずれは同じことになりそうである。

便利になるのは良いが、過度に便利になると失われるものがでてくる。しかし、市場原理が万能の世の中では、集中と効率化が繰り返される。そんなことを考えていたら、知人の中村紀介さんから守谷城趾の「縄張り図会」に参加するので、前日の二十三日に泊めてほしいと言ってきた。

「縄張り図」は専門用語。やくざの”縄張り”ではない。城郭用語のひとつで、城郭の構造、設計、プラン。それを平面図に起こしたものを「縄張り図」と称している。

他に「根小屋(ねごや)」という専門用語もある。一般には分かりにくいのだが、中村氏と牛久城趾を探索した時に教えて貰った。牛久城趾は関東でも珍しい中世の城の面影を遺している。私有地の竹林に覆われているから、乱開発を免れたのであろう。

中世の城は小高い丘の上に戦闘用の砦を築いている。普段は山麓に館を設けて城主はそこに起居していた。これが転じて山麓の集落を「根小屋」と呼んだ。根古屋ともいう。茨城県下には約1000の中近世城郭跡がある。多くは乱開発によって姿を消したものが多いし、そこに住む人たちすら知らないでいる。

だが中近世史の研究家にとっては貴重な歴史遺産となっている。地方史の研究家たちがグループを作って「縄張り図会」が持たれている。中村氏の申し出には喜んで応じた。できれば守谷城趾の「縄張り図会」に参加させて貰いたいものだが寒さ次第。文化遺産を大切にする草の根運動があることだけは、地元の人に知っておいて貰いたい。

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